第40話

思わず石榴の言葉を遮って、オレは声を上げた。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「石榴っ!」

 凜火りんかも何故か慌てた顔で石榴を見つめている。

「理事長が、オレを、あそこから助け出してくれたんですか……」

 それってつまり、オレを助けてくれた「超一流の戦律師」って、まさか……

「私というよりも、私の部隊が、です。私は直接現場には立ち入っていません」

「…………そう、ですか……」

 跳ね上がった鼓動が、消沈していく。でも、有力な手掛かりなのは間違いない。当時の指揮官が石榴なら、オレが探している人も、いつかきっと見つかる。今はそう信じよう。

「話を続けてもいいですか?」

「あ、はい。すいません……」

「環境省は《第拾弐ディストラクション》後、極秘裏に各地の《アガルタ》を調査していました。他に伝説級怪異が封じられている場所を特定していたんです。その中で最も《賢者の石》が老朽化した《アガルタ》、それがここ《第参アガルタ》でした。救出されたはずのアオハくんは、ここに「予備」として運ばれ、無期限拘留することが決定されました」

 オレは地下施設で戦律師に憧れ、そして凜火と出会った。ようやく、オレの半生が繋がった。

 ……瓦斯鬼がすきの話は本当だったということか。でも、奴はどうやってその情報を?

 オレの顔色を察したのか、石榴が口を開く。

「私が、瓦斯鬼少佐に教えたんです。一年くらい前でしょうか」

 公園で石榴が口にした「半分味方のつもり」という言葉は、そういう意味だったのか。でも、「……どうして、今になって」

「首輪の締め付けが緩くなってきたんです。私に圧力を掛けていた《第拾弐ディストラクション》当時の環境省トップの大部分が政界を引退、あるいは死去しました。一方で私は伯嶺の理事長に天下りして、独立した地位を築きつつありました。ようやく、反旗を翻せると、そう思ったんです。伶仗くんに連絡を取り、秘密裏に入手した当時の資料を見せました。これで、彼に対する不義理を返せると……」

 石榴の表情が歪む。

「ですが、結果は知っての通りです。彼は私が提供した資料をもとに収容所のテロ攻撃を計画、実行に移しました。直前で察知した私は、彼が第参の伝説ヘカトンケイル級怪異について情報を得ないよう図書館に隠されていた暗号文書を処分するなど手を回しました」

 この言葉で、さわりが言っていた消えた文献の謎が解けた。

 さわりは文献が消えたのは収容所事故の証拠隠滅だと思っていた。でも、実際には逆だった。瓦斯鬼のテロ計画を妨害することが目的だったんだ……

「彼の攻撃に乗じて私も収容所に潜入。彼に再度説得を講じましたが、無駄でした。幸いにして、彼は隠匿された《第参アガルタ》本来の賢者の石を見つけ出すことができませんでした。その上、凜火がアオハくんを連れ出したので、それ以上彼は計画を進められずに撤退。その後しばらく沈黙を続けていたのですが……」

 結局、また活動を再開した、と。

伶仗れいじょうくんへの不義理を返すなどと言いながら、私は中途半端な立場をとり続けていました。彼がテロを計画していることを知った時点で、軍警察に通報すべきだったのです。それなのに……」

 ミラー越しに、石榴がオレを見る。

「新学期前日、初めてアオハくんと会ったとき、伶仗くんと私が写った写真を見たのを覚えていますか?」

「え? あ、はい」

 あの写真を見たから、今日瓦斯鬼に見覚えを感じたのだった。

「あれはわざとです」

「は?」

「あのときアオハくんが、伶仗くんの写真を見て彼を知っている素振りを見せたら、あなたたちを監禁するつもりでした。伶仗くんを、庇うために」

 ……マジかよ。

 ギリ、と石榴が奥歯を食いしばる。

「この事態は、私の優柔不断が招いた結果です。二人にはほんとうに申し訳ないことをしたと思っています」

 オレたちを乗せた車が、「これより《国定第参アガルタ魔導研究開発区》」の看板をくぐり抜ける。風景から民家が消え、道幅は広く、車通りは少ない。

 石榴はアクセルを踏み込む。

「ここから先は私が責任を持って事態に対処します。軍警察にも通報しました。もう、伶仗くんの好きなようにはさせません」

 ヴン、と石榴がギアを上げ、車は加速する。

「……当面の間、あなたたち二人には不自由を強いることになりますが、どうか安心して学生の本分を果たしてください」

「は、はい……」

 それは良いんだけど、速くない……?

「こっちが気遣ってあげたのに、都合良く利用してくれやがって、あの男……」

 ふと、低い声で石榴が呟いた。ハンドルを素早く切って、前を走っていた車を追い抜く。あ、あの……、石榴さん……?

「私、あの男に仕合で一度も勝ててないんです。でも今なら、気持ち良くズタズタにできますよ……。うふっ……あー、愉しみ、愉しみだなぁ。うふ、うふふ……!」 

 ミラー越しの石榴の顔がドス黒い笑みに染まっていた。何故か股間がヒュッ、と寒くなった。

「怖い怖い怖い! というか速い!」

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