第16話

 オレとイリスは、演習場で向かい合っていた。

「なあ、やっぱり止めた方が──」

「うるさい! 今さら怖じ気付いたの!?」

 だめだ、完全に頭に血が上ってる。

 売り言葉に買い言葉でヒートアップしてしまったオレのせいでもあるけど……


 戦律師が兵士なら、防律師は現代版の風水師のような存在だ。

 怪異をはじめとする魔力災害を未然に防ぐことに特化している。都市計画や製造業など、現代のあらゆる場面で幅広く必要とされる職業だ。

 つまり、当たり前だけど戦闘向きではない。

 不安げなオレの表情を、イリスは「はっ」と鼻で笑う。

「わたくしより自分の心配をしたら? 今どき、防律師は戦えない、なんて時代錯誤も甚だしいわ。コテンパンにのしてあげるから、かかっていらっしゃい」

 イリスは好戦的な態度を崩さない。彼女を焚き付けてしまったのはオレなのだ。腹をくくって、オレは気を引き締める。

 ルールは攻守を分けての一対一。オレが怪異役の攻撃側、イリスが守備側だ。

 制限時間の五分以内に、オレがイリスに指一本でも触れたらオレの勝ち。時間切れか、オレが降参したらイリスの勝ち。

 バリケードが立ち並ぶ演習場で、オレたちは五十メートルほど離れて対峙する。

 イリスがタイマーを五分後にセットし、オレたちは開始の合図となる学校のチャイムを待つ。

 演習場の時計が長針を動かし、チャイムが鳴り響いた。イリスがタイマーをスタートさせる。

 オレの脚が地面を抉る。恵の作ったメイド服が魔力を吸い取り、オレの身体能力を拡張してくれる。小細工は不要、一直線にイリスへ突撃する。

「考えなしに突撃?」

 イリスが嘲笑を浮かべて、何かを空に放り投げた。ゴルフボールサイズの球体が、放物線を描いてゆっくりと迫ってくる。

 そんなの、今のオレなら余裕で回避できる! バリケードを蹴りつけ軌道を変えたその瞬間、ゴルフボールが月光のような光を放った。光は半径五メートルの範囲を呑み込み、オレもそこに巻き込まれる。

 その途端、身体がガクンと重くなった。

「お、わっ、っととと!?」

 な、なんだ……!? 

 重たい身体を引きずって、オレは慌てて光の中から抜け出す。すると、再び身体が軽くなる。それで気付く。

「そうか、重くなったんじゃなくて、戻っただけだ」

 あの光には、魔導回路の働きを阻害する効果があるらしい。それで、メイド服の機能が一時的にフリーズしたんだ。

「魔力ジャミンググレネード、ってとこか……って、わぁあ!?」

 イリスが次々とジャミンググレネードを放り投げてくる。オレはバリケードの間を右往左往して、効果範囲から逃げ続けた。これじゃ近づけないぞ!

 背の高いバリケードに隠れ、オレは頭を冷やす。このままオレが近づくことさえできなければ、自動的に時間切れでイリスの勝利だ。

 コテンパンにのす、とイリスは豪語していたが、彼女が凜火ほど戦闘に慣れているとは思えない。きっと、接近されるのを最も恐れているはずだ。あのジャミンググレネードにしても、自分を巻き込む範囲では使えないはず。

 ……結局、突撃しかないのか。もっと戦い方勉強しなきゃな。

「あと一分よ! このまま不戦勝かしら?」

 余裕を含ませたイリスの声が聞こえる。ぐぬぬ、くそ……!

 バリケードから飛び出して、オレは一直線にイリスに向かう。始めと同じ位置に立ち続けるイリス。逃げも隠れもしないその度胸は大したものだと思う。だけど、

「動かない的なら当てやすい!」

 流し込む魔力を倍増させ、オレは加速する。急加速にイリスが微かに目を見開く。オレ自身を一個の砲弾にして、投擲されたグレネードの効果範囲を置き去りにする。

 もらった──!

 視界の端に、月光色の輝きがちらりと見えた。

 バギンッ! もの凄い衝撃で目の前に星が散る。白く発光する半透明の壁に、オレの身体が阻まれていた。左右に立つバリケードに、発光する札が張られている。これ、さっきの……

「やった……!」

 障壁が展開できたことに、イリス自身も驚いたようだ。思わずといった笑みを浮かべるイリス。まずい、このままじゃ時間切れに……

「まだだァ!!」

 オレは牙を剥いて、目の前の障壁に喰らい付いた。頭の片隅に石榴の怒り顔がよぎるが、知るかそんなん!

 バチバチと障壁の表面が揺らぎ、イリスが目を剥く。オレは渾身の力で障壁を喰い千切った。

 バジュッ! 貼り付けられた札が煙を上げ、障壁が消失する。イリスが慌てて後ずさる。

 残り時間はあと五秒。

 オレは襟元のリボンを引き抜いた。魔力に反応して、特殊繊維が鋼の如き硬度を得て一振りの槍と化す。

 面白いギミック──仕込み武器で、詰め切れない間合いを埋める。

 勝利を確信したそのとき、イリスの姿が丸い何かで隠された。

 ──日傘?

 とっさにいつものクセが出た、といった動作でイリスが日傘を開いた。その表面に、オレの槍の穂先が触れる。その瞬間、槍とメイド服から急激に魔力が失われていくのを感じた。凜火に魔力を吸い取られるときの感じに似てる……?

 目の前で、日傘の表面が輝き出した。オレから吸い取られた魔力が熱に変換され──

 あ、やば……

 危険を感じたときには手遅れだった。月光色の光が弾けて、爆風がオレの身体を吹っ飛ばした。

 「うぎゃっ、ごっ、んぎっ!?」

 軽く十メートルは宙を舞い、スリーバウンドをキメ、ずしゃしゃー! とオレは地面に突っ伏した。

 

 ピピピピ……ッ!

 

 時間切れを知らせるタイマーの音が呑気に響き渡る。

「ほらご覧なさい! 戦律科程度にわたくしは負けないのよ! ひとりでも充分強いのよ!」

 青白い顔でイリスが声を荒げる。その姿は、勝ち誇っているというより、まるで自分に言い聞かせているような……

「これで分かったでしょ! 戦律師なんてものは、もう時代、おくれ……、あれ……」

 ぐらり、とイリスの身体が突然傾いた。ピンクブロンドの髪がふわりと広がり、そのまま彼女は地面に倒れこむ。

 それきり、イリスは動かなくなった。

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