ピロー・ミュージック
ようひ
カリフォルニケイション
セックスの後には必ず、音楽を流す。
ピロー・トークなど、つまらない。
そもそも身体を許している時点で、言葉など要らないのだから。
『Please excuse me but I got to ask……』
今回の事後も、私は勝手に音楽を流した。
お気に入りはトム・ヨークの『The Eraser』。
ヴォーカルのファルセット、ピアノのシックスコード、規則的なドラム音。
曲を構成するあらゆる要素は、疲れた身体にしみわたる。
優れたミュージシャンの条件は「ピロー・ミュージックに適しているかどうか」で決まる——下品な聴き方かもしれないが、私はそう思っている。
「あ」
台所で煙草を吸っていた彼が戻ってきた。
裸のまま、濡れていないベッドの縁に腰をかける。
「音楽、かけるタイプなんだね」
「悪かった?」
いいや、と彼は首を振った。
「ぼくも、オナニーをした後にはいつも音楽をかけるんだ」
「なにを聴くの?」
「洋楽ばかりだね。歌詞がわからないから」
私はティッシュペーパーで胸元の汗を拭いた。
「今までの彼氏はみんなバカにしてきたよ。そんなの聴いてないで話そうよって」
「それはバカな奴らだね。せっかくの音楽を活用しないなんて、セックスにコンドームをしないようなものだ」
「確かに。生でしたいって言う人ばかりだった」
「どうやら当たってるらしい」
サイドテーブルのほのかな灯りで、壁にふたつの影が浮かんでいる。
私が首を振ると、ひとつの影が同じようにした。
彼の影は静かに私を見つめていた。
「終わっちゃった」
次の音楽が始まる前に、私は曲を停止した。
心地のよいメロディの余韻が漂っている。
「ねえ、あなたのもかけてよ」
「ぼくの?」
彼は恥ずかしそうに頬をかいた。
「他人に好きな音楽を聴かせられる人ってすごいよ。ぼくなんか、お尻の穴を見られてるような気分になって、そわそわしてしまう」
「さっき見たけどね」
「心のお尻さ」
「じゃあ、それも見たい」
「性欲が強いんだね」
彼はスマートフォンに触れた。
会う前に聴いていたのか、すぐに音楽が流れた。
言っていた通りの洋楽だった。
レッド・ホット・チリ・ペッパーズの『Californication』。
「ロック好きなの?」
「大好きだよ」
「どのくらい?」
「君の音楽愛には負けるね」
ギターが悲しそうに鳴っている。
哀愁のあるサウンドは、ピローミュージックにうってつけだった。
「私、初めてよ。良さがわかってくれる人って」
「それはよかった」
「どうしてセックスのあとに音楽を聴くと気持ちいいのかしら」
彼は面白い話題だね、と言った。
「仕事が終わったあとのお風呂は最高でしょ」
「うん」
「音楽はお風呂なんじゃあないかな」
「熱々の?」
「たまにぬるくてがっかりしたり」
「あるある」
曲がサビに入った。
『Dream of Californication』に私の心が揺らされる。
「ねぇ」
「なんだい」
「どうして私たち、セックスしたのかな」
ほのかな灯りが、彼のほほえみを淡く照らしている。
「嫌だった?」
「そういうことじゃあないの。だって私たち、高校で同じクラスだった」
「そうだね。懐かしいな」
私たちは偶然、駅のホームで出会った。
久しぶりという興奮もなく、「あっ」という感じだった。
「まさか、こんなことになるとは思わなかったよ」
彼が煙草を吸いたそうだったので、私も一緒に吸った。
台所に行かず、ベッドの上で煙草に火を付けた。
「不思議ね。まるで高校生に戻ったみたいだった」
「もっと早くから話せばよかったな」
「でも、そのときまだ私、洋楽なんて聴いてなかった」
「ぼくもだ。バカみたいな音楽ばかり聴いてたよ」
あ、と思い出したように彼が言った。
「どうしたの?」
「ふと思ったこと、言っていいかい」
私たちは灰皿に煙草の灰を落とした。
「なんでセックスしたのかって」
「うん」
「ぼくたちが大人になったからだよ」
高校時代、私たちは同じ空間にいながら何も話さなかった。
話す機会も、話す意味もなかったから。
「子どもの頃にはわからなかった魅力にやっと気付いたんだ。洋楽とか、煙草とか、きみとかね」
高校生だった彼。
今いる彼は昔と変わっていた。低かった身長が伸びている。おかっぱ頭がツーブロックになっている。かけていた丸眼鏡を外している。あそこが大きいと知った。よくほほえむと知った。
「私も」
「きみはどうして洋楽が好きなの?」
「とつぜん好きになったの。理由はわからない」
「やっぱり、大人になったんだね」
部屋の壁に、煙の影がふたつ浮かんでいる。
「なんだかおかしいね」
「ぼくたち、あの頃のクラスメイト同士でセックスしたんだよ」
「そして一緒に音楽に浸ってる」
二曲目の音楽が終わった。
彼も次の曲が始まる前に曲を停止した。
私たちは声を揃えて笑った。
「気持ちよかったね」
「気持ちよかったよ」
こんな音楽の楽しみ方が、私は好きだ。
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