第60話 棲み分けきっちりストレスフリー
『ねーえ、ジャジャマルさんや。人間が憎らしいんだろ? ならさ、姿も見たくないんじゃないのか?』
『もちろんでございます』
こういうのは俺だけで決めるのはよくないと、このゴタツキの当事者の一匹であるジャジャマルだけに向けて"声"を飛ばせば、間髪入れずに即レスが返ってきた。
『デスヨネー。でもさ、よく考えたら、お前の葦の湿原と人間の村ってお隣さんじゃん? ってことは、領土取り返しても、どっちみち鉢合わせは避けられないと思うのよ。でさ、そうなったら絶対にトラブること間違いなしじゃない?』
『それは……確かに』
因みに"声"でやり取りするときは心と心のダイレクトアタックが発生しているので、いくら外国語や未来語を使おうが、ニュアンスで伝わっている分意思疎通でトラブルを起こすことは無い。
でもやっぱりなー。今
その結末は、当然ながらバッドエンドルートだ。
『ならさ、もういっそお前らの方が引っ越しちゃえばいいんじゃないかと思ったわけよ。そしたら棲み分けもきっちりして、余計なトラブルは発生しないと思うんだな』
『しかし……何故我らが立ち退く必要がありましょう。奴らが立ち退くべきでは。それに、仮に我らが立ち退いたとして、その棲む先が無いではございませぬか』
んまぁ、やっぱりそう来るよね。俺もそう思う。
だけど、ここで退かないとなると何だか嫌な予感がするのだ。
実は、縁を
そしてそんな縁を受信する機関たる俺の角が、今ビンビンに反応しているのだ。人間側を追い出す方に話が転がると、角蛇達の命にかかわるような悪縁が舞い込んでくるような気がして仕方がない。
ちょっと迷ったが、やっぱり角蛇達の未来を守るためにも、ここは悪いけど蛇側に退いてもらうべきだという結論にたどり着いた。それが巡り巡って彼ら自身の命を助けることに繋がるはずだから。
未来のことだから不確かなことであるし、そもそも根拠が勘の延長線のようなものである時点でどうかとは思ったが、少しでも納得してもらえるよう隠さずに話すことにした。
誰だって「この選択肢を選べばよくないことが起こるかもしれない」なんて言われてから、嬉々としてそちらを選ぶようなこともないだろう。躊躇の一つや二つくらいは必ず生まれるはずだ。
『ねぇジャジャマル、あくまで勘でしかないんだけどさ、何だか嫌な予感がするんだ。お前が葦原を手放さなかった時、何やら良くないことが起こる兆しを感じてさ』
――具体的に言えば、
すると案の定、ジャジャマルは考え込むように唸った。
それを見計らって、すかさず今度は問題の解決策の方も提示しておく。
『それに新しい住処ならこの山とかどう? 薄暗くてじめじめしてて、お前たち好みのなかなかいい物件じゃない? あ、ホラ。あっちにいい感じの池もあるしさ』
そう告げれば、ジャジャマルは黙り込んだままになってしまった。
どう見ても不満気である。そりゃあそうだ、誰だって住み慣れた土地は離れたくないわな。しかも被害者側であるにもかかわらず、さらに追い立てられて被害を受けようとしてるんだから。
だけど、ここで葦原を取ってしまえば、彼らの方に死亡フラグが建ってしまうのだから現実はしょっぱいものだ。事件が片付いたら、なにかしらお土産でも持って慰めに行こう。
なお、ここまでの会話は全て俺とジャジャマルの間だけで為されたものであり、お互い表面上には全く出していない。状況としては、マタチと人間の集団が平伏したままに静寂が続いている。
それからまた暫くして、ジャジャマルは今までの会話内容を、この場の全角蛇達に”声”を通じて通達した。
皆で相談して決めるってことだろうか。なんて民主主義なんだこの群れは! いいぞ、相変わらず土の匂いを嗅いでいる人間達のことなんて気にせずに存分に話し合ってくれ!!
話を聞いた蛇達は各々で騒めき始めた。その突然始まった騒動に、人間側もそわそわとした雰囲気を出し始め、幾名かはちらちらと視線をこちらにやっている。
やがて双方共に落ち着き、蛇達から返って来た答えは全て”肯”だった。満場一致で葦原を出て、この山に住まうことに賛成したのである。
会議が終わり、全ての蛇達の視線がざっと人間側へとむけられた。
そのあまりに不気味な光景に、その時視線をこちらに向けていた数名がびくりと体を震わせた。
さて、蛇達に住処を出ていくなんて酷い決断をさせた
『面を上げよ、ニンゲン』
そう伝えれば、人間の皆様はおずおずと
おい、ヤロー共の上目遣いとか需要ねぇんだよ、ちゃきちゃき体を起こさんか。こっちは元人間なのに”ニンゲン”とか、高圧的に話しかけちゃってちょっと恥ずかしいんだよ。いよいよ俺も人外の道に染まってきちゃった感がしてすごく嫌だ。
まあ本当に人間歴よりも祟り神歴の方が上回っちゃったわけですけれども。……っと、今は集中集中っと。
『蛇の一族は葦原を出て、この山に住まうこととする。汝らは田を作るなり何なり好きにせよ』
「そ、それはお許しいただけるということなので……?」
『汝は誠に、左様に思われるか。随分とめでたき頭をされておられるようだ。私は決して許さぬぞ、我が眷属たちをかような目に遭わせてくれたことを。――社を作るのだ。この者たちを奉れ。そして二度と彼らが土地を奪うようなことをせぬと誓え』
「は、承りました! 寛大なご処置、感謝いたしまする!」
『その約束、ゆめゆめ忘れること無きよう。もしも約束を違うこととなったその時は、数多の呪や祟りが、汝らが村に降り注ぐこととなろう』
角蛇達のな!
「は!!」
マタチは腹から声を出して返事をしたが、彼の部下の中には何得の行っていなさそうな者たちがちらほらといたので、そういう奴らには体調不良の呪いを追加で掛けて見てるぞアピールをすれば、即座に顔を青ざめ俯いた。納得してくれたようで何よりである。
まったく、俺は
これで信仰心さえ捧げておけば、こいつらもきっと見境なしに復讐に走ることもないだろう。人間からの信仰心は、力付けたいなら最も手っ取り早い方法なんだから。強くなりたい願望のあるジャジャマルは、そのチャンスをみすみす蹴るような真似はしないはずだ。彼は抜けているところもあるが出来るリーダーではあるので、黒い感情に猛る部下をも統率し切って見せるだろう。
そんでもって人間側が約束を破ったその時は……知らん。その後はお前たちの問題として処理して欲しいもんだよ。だって俺、今回の騒動にゃ、本当は関係ないんだもん
角蛇達も、眷属のよしみということで介入はさせてもらったけれど、実は俺に対するメリットは全然ないもんな。むしろ余計な怨恨の中に巻き込まれそうですしおすし。
この世界が人間サイドを軸とした創作物そのものであるのならば、個人的にはあんまり人間と敵対したくないのだ。ラスボス君みたいにヘイトで刺されまくるような状態に陥りたくはないし、俺はそこまでお人よしというわけでもない。
角蛇達には悪いが、今回のお節介はここまでとさせていただこうか。
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