第44話 暇な時には時計を五分おきに見る

 俺が村に帰ったことで、パッパとマッマも俺の回収という残留思念が果たされたために、黄泉の国へと逝ってしまった。幽霊が下界に留まるためには、凄まじい気力と意志の力が必要となるのだ。目的もなくなった今、二人は下界に留まることは出来なくなって、魂の住処である黄泉の国へと旅立っていったのである。


 オババも再会してからわずか数日後に死んでしまった。寿命だ。

この古墳時代にとんでもなく長いこと生きたもんである。純粋に尊敬するわ。そもそも死亡率ハイパータカシ君のこのご時世、病死含む人生途中リタイア率がえげつなくて天寿が全うできる人が少ない中、老衰で逝けたとしてもみんな40そこらで死んでいくのが普通の世の中で、このオババ、おそらく90越えである。ハンパねぇとしか言いようがない。


 因みに、体からスーッと出て来たオババの霊体がとんでもないピチピチ美女の姿で現れたもんだから、しわしわ姿に慣れていたこちらとしては衝撃が深すぎた。「誰!?」とリアルで叫んだくらいにはビビった。ヒサメの方は懐かしそうにオババと話していたけれど。


 幽体離脱をしたオババ(という歳にはもうとても見えないんだけれども)を無事黄泉の国へ送り届けると、先に渡っていたはずのパッパとマッマも出てきて、お互いに数日ぶりではあるが再会を喜び合っていた。




そんな三人は今、黄泉の国を仲良く観光しているらしい。どんなに薄かろうが、俺に縁が繋がってさえいれば、それを辿ることでそのヒトがどこにいるかは大体把握できるってのが、ここ最近で得た俺の新たな特技だ。


 原作でラスボス君がやっていた、”縁媒介型呪”のスキル回線を応用したのだが、やろうと思えば、どんなにほっそい納豆の糸みたいな奴から極太の綱みたいな縁までしっかり辿れる、現在地丸わかりGPS機能を使いこなせるようになったのである。個人のプライバシー問題があるからそんなには使ってないけど。……ウソです。わりと頻繁に連絡手段として使ってます。

 とにかく、パッパたちを筆頭として、一度しかあったことの無いような顔見知り以下のヒトまで選り取り見取りの辿り放題なのである。

 親友あいつの以外は。


 あいつも薄情なやつだよなぁ。あんなに俺に会いたいとか言ってたんだから、幽霊になって会ってくれるくらいの気力ぐらい出せよな。あっさり転生しやがって。今度会ったら問い詰めてやる。

 ……まぁ、帰ってこなかった俺が一番悪いのだけれど。






『あーあ、これからどーしよっかなぁ……』


 蝉がみんみん鳴いてーら。空の青さの濃さに、白い入道雲に当たる陽光の乱反射がまぶしい。

 ……夏、なんだなぁ。夏って言ったら、夏休みを思い浮かべる。前世じゃ、こんな自由時間には漫画にテレビにゲームなどなど、普段の生活じゃ満足に楽しめなかったものを連続で何時間も耐久したりしてすごしてたっけか。そんな風に原作も読み込んだんだよなぁ。あの頃は探せばすーぐに娯楽が見つかったものである。




『ヒマだ……』


 言うつもりもなかったのに、その言葉は自然と口からぽろりと零れた。

 一度口にしてしまえば、だんだんと実感が湧いてくる。暇だ。暇である。とんでもなく暇なのである。


『……そうじゃの』


 守り神様が俺の独り言を拾って返事をくれた。守り神様もまた暇そうに隣で頬杖をついて、夏の景色を眺めていた。


 しかし、それっきり会話は途絶えてしまった。

 何を言うでもなく、ぼんやりとただただ村の営みを見つめるのみ。だがしかし、暇なのである。もうただ景色を眺めるのにも飽きてしまった。

 一度暇を実感してしまえば、後はひたすらに時間の進みが遅く感じるようになる。


『ヒマだね、アニウエ』


『ギギェ』


 膝の上に載っていた、バスケットボールサイズのまあるいクリーチャーのもちもちの体を摘まんで遊んでみれば、ソレは抗議するように大きな口の奥からくぐもった悲鳴を上げた。

 元兄上の低級妖怪こと、晴れて俺の眷属となった”アニウエ”である。


 事の責任を取って身元を引き受けるということで、元兄上のクリーチャーには俺の眷属となってもらうことにしたのである。俺の神気を注ぎ込んで神使の契約を交わせば、その頭頂部から二本のツノが生えて、元から結構な見た目だったのがより凶悪な見た目になった。

 ワァイオソロイダァ、ゼンゼンウレシクナイネ。


 内心、コイツと一緒に生活することに関して思うところはありまくりだけれども、どうやら兄上時代の記憶も無いようであるし知能も著しく落ちているようであったので、キモカワ系のペットとして認識することにした。名前はアニウエだ。


 両生類みたいな見た目の、丸いもちぷにぼでぇは大変さわり心地がよい。口を開けた時に見える、棘のような鋭い歯のびっしりと生えたグロい中身や、顔面に張り付くギョロリとしたでっかい単眼の見た目のインパクトを除けば、それなりに可愛らしく見えてきた。


 アニウエもちりは癒されるんだけれども、ヒマなことには変わりがない。たまーに社に向かって拝んでくれる人の願いがぴょーんと、メールの通知のような感覚で脳内にお知らせられるのは面白いと思ったが、それにも飽きてしまった。

 社と神域にパスをつないでから、お願い事メッセージが届くようになったんだよね。不思議。


 だけど、いくらヒマだといえども、昔やったように村の現役の子供たちに突撃しに行くわけにはいかない。かつては仕事を手伝いに行きつつ遊びにいったものけれど、今は何となく気分じゃない。手伝いもしないのに遊びに行くのはただの迷惑行為ってなもんである。彼らも重要な働き手なのだ。ここは現代基準でものを図ってはいけない。

 知ってる奴が皆大人になってしまった、というのも気分の乗らない理由の一つかもしれない。俺が一緒に遊びたかった子供達・・・は、もういないから。




 一番会いたかった奴はいないしなー。ヒマだなー。どっかの誰かさんが輪廻転生中でとってもヒマだなーッ!

 ……それにしても、輪廻転生って言葉にはなーんか聞き覚えがあるんだよな。


 あ、自称神のヤローが言ってたんだっけか。たしか、俺はあのヤローがやらかしたミスで発生したなんかのエラーで、あっちの世界での輪廻転生のシステムから外れてしまったってな話だったはずだ。それでお詫び転生という名目で別次元たるこの世界に吹っ飛ばされたのがすべての始まりで、その結果としてこんなことになってるんだったよな。


 あ、奴のこと思い出したら腹立ってきたな。思い出すだけでイライラで吐きそう。

 でも俺もだって成長してんだ。イライラで瘴気が自然発生したって、放出される瞬間に回収してしまえば漏れることもないってね! 俺は環境破壊魔から脱却したんだ。日々進化してるんだよ、貴様への呪いのプレゼントのレパートリーもな!!


 あ、自称神と言えば気になることがあるのだった。

 何でもないのを装って、アニウエをもちりながら隣の守り神様に問いかけた。


『ねぇヒサメ様。もしもさ、輪廻の輪を外れた魂がいたとして、それってどんな存在だと思う? ……です?』


『……外れることなど普通はないのじゃがな。だがそうじゃのう……そんなものを再び戻そうと思えば、高位神でも相当な手間がかかることとなる。もしそんな魂があったとすれば大問題じゃの』


『……大問題?』


『そも、輪廻の輪から外れるという事象は世界の仕組みに反すること。つまり、外れた時点でそこに矛盾が生まれるのじゃ。ハグレ魂はその存在自体が”歪”となり、放置すれば世界の均衡にも影響が出てくることとなる。じゃから、そんなことになれば何としてでも戻す必要があるのじゃが、それには相当の労力がかかるじゃろうの』


 ”歪”ってのが何なのかは知らないけれど、つまりは自称神よ。貴様、自分のしでかしたとんでもないミスの後始末がめんどくさくて別次元に問題発生源を送り込むことで、全ての責任を丸投げしたんだな。俺がこちらで死んだとき、その魂の管轄はこちらの神になるからね。


 そうかそうか。はは。祟ろ。

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