第21話 デジャヴって大抵そんな気がするだけ

 建物の中に頭を突っ込めば、再び悲鳴が上がった。

 今度は耳の近くで聞こえたものだから、皆の怯え具合もよく分って申し訳なさが先に立つ。


 すみませんね、御邪魔致します―。ウチの愚兄持って帰りましたら、ちゃんと屋根も戻しますんでね。もう少し辛抱願いますよ。

 兄上ったら、こんなにも迷惑かけて……ホラ、どこなの。早く出てきなさい!




 兄上と思わしき人影に目星をつけたなら、お口を大きくあけまして、舌の先をぴーっと真っすぐ伸ばしま……ってアダーッ!!

 ちくりと、舌先に小さな針が刺さったような痛みが走り、思わず舌を引っ込める。


 おうおう何をなさった兄上さんよぉ。

 一度顎を引いて、真ん中の目でもって睨んでみる。すると、今度はその目ん玉に痛みが走った。


 いや、痛いよ!!

 思わず悲鳴上げて顔も引っ込めたよね。屋根を放り出して、反射的に触手で患部を覆った。


 またかよ! このパターン二度目だよ!! 短期間で二回目潰しってどういうことなんだよ!! いくら何でもひどすぎるだろ……

 あー、なんか目の中でゴロゴロする……? 目ヤニかな……あ、良かった涙と一緒に出てったらしい。


 おぃ兄上ぇ!! 何しやがる!! お前さんは本当にろくなことをしないでございますね! 俺たちにブラック労働させるわ、親友は殺しかけるわ、俺をメタモルフォーゼさせる最終トリガーの役目を果たすわ……


 ああ、だめだだめだ!! おちけつ俺。深呼吸だよ俺。

 今、瘴気噴出でもしちゃったら、取り返しがつかないことになっちゃうんだからな。




 大きく息を吐いて心を落ち着かせたなら、気を取り直して次の作戦だ。

 また目つぶしされちゃたまんないから、ベロ摘まみ作戦は諦めて、少々危険だったけれど今度は触手の方を中に突っ込んでみれば、こっちにもちくちく何かで刺して来よる。

 口の中を刺されるよりはましだけど、なんだか不快な痛みである。サボテンの手入れをしようとして、手に棘が刺さりまくるときのむしゃくしゃ感にも似てるかも。


 あー、はよ大人しく捕まってくれないかな。

 建物が今の俺に対して小さすぎるものだから、触手を突っ込むと中身が見えなくなってしまうのだ。手探りもとい、触手探りするしかなかった。


 うぅん……なんだかイライラすっぞ。こうも逃げられると……痛ッ! うわ、どこいった? ああもう、隅に逃げるんじゃないよ! あああ、民衆の方に行くのはもっとアカンて。あ、このやろ、ちょこまかと……いたた、痛いってもう……

 ウワァー! コンチクショー!!


 ……アッ。




 しまった。

 イライラがついに”怒り”の範疇に入ってしまったか、スキルが発動してブワッと全身から瘴気が噴射されてしまった。

 直ぐに気づいて、放射時間を一瞬で食い止めることが出来たからか、建物が腐ることはなかったけども、さっきまで叫んでいた中の人たちがぴたりと静かになってしまった。


 ヤッベ、今度こそ殺っちまったか……?


 とりあえず、建物の中に突っ込んである触手の先に基点を置き、ヒトガタに変わって建物の中にダイナミックにお邪魔することにした。






 ……おっふ、死屍累々。


 初めに出た感想がそれというのは、大分まずいものがある。

 けれど、人々が折り重なって倒れ伏している光景を目にしたのなら、そういう感想にもなるだろう。


 でもみんな死んでないみたいだし、とりあえずセーフです?

 皆グロッキーな顔して転がってるけど。うめき声挙げて、船の上から海に向かって、キラキラマーライオンしてる人みたいな顔色してるけど。

 取り合えず生きてるならセーフなんです。セーフったらセーフ!!




 倒れ伏す人々の間を歩いて、縁と思わしき謎の糸のような概念の指し示す、兄上の気配のする場所までたどり着けば、股の下から黄色い液体を滲ませて尻もちをついている兄上と、それを守るようにこちらに剣を向けている男がいた。


 え、まって、その剣なんか光ってませんか??

 って、あー! 兄上お漏らししてる……ばっちい。それからえっと……そちらの光る剣の人はどちらさまで……?


「其方は……! 私が確かに止めを刺したはず……まさか、心の臓を刺された後に、祟り神へと至ったというのか……!?」


 その台詞に思い至る。もしかして君、俺を刺した下手人君か!


 あの時は、まさか後ろから刺されるとは思ってもなかった。なんなら、殺意高過ぎ包囲陣にちょっと感服していたくらいだ。

 オババ情報で、トリカブトが入ってるような、最強クラスのヤベェ毒飲ませといて、それで殺し損ねても確実に殺ろうって君が配置されてたんだからさ。


 だけれど、でもこんな大勢の前で、「自分が犯人です」だなんて暴露しちゃっていいのだろうか。

 兄上の方も、「罪のない兄弟の皇子様殺っちゃいました」だなんて、普通に禁忌である。それの擁護をしたとなると、ねぇ。


 グロッキー状態とはいえ、この場にいる大体の人は起きてるってのにね。






「ええい、寄るでないわ! この化け物めぇ!」


 一歩近寄れば、下手人君は光る剣をぶん回して威嚇してくる。

 普通に危ないので止めてほしいところである。


 ラ○トセーバー持ってテンション上がる気持ちは分かるけれど、そんなにぶん回して……人に当たったら危ないでしょ! この屍(死んでない)の山作っちゃった俺が言えたことじゃないけどさ。


 もしかして、蛇形態の時にちくちく陰湿に差してきたのは、兄上じゃなくて下手人君だったりするのだろうか。その勇気には脱帽するけれど、ひとまず落ち着いて欲しい。こちとら丸腰だぞ。


 あーあ、俺も剣持ってたらよかったのにナー……ってあるぅ!?


 クセでいつも剣の差してあった左の腰を触ったら、フツーに感触があった。

 というかよく見れば、今着ている装いが、死んだ瞬間のものと何ら変わっていなかっ……あ、まってウソ。鎧がスケイルメイルに変化してる! 防御力めっちゃアップしてそうじゃん!


 きぬと袴が真っ赤に染まってるのは、自分から流れ出た血で染まっちゃったとか、そんな感じだったりして!

 いやー、心臓刺されたからね。どっぼどぼ血が噴き出して、己の血だまりの中に浸ってたくらいだし。キレーに染まっちゃってら!




 それはさておき、武器があるのは助かった。柄を掴めば、その感触はいつもと変わらず良く手に馴染む。相棒の変わらぬ有様に、口の端が緩むのを感じる。

 早速すらりと抜き放てば、その刀身が黄緑色に光っていた。


 って、こっちもヒカッテルー!?!?

 驚いて剣を見やれば、触手と呼応するように点滅した。


 あー、はいはい、理解した。多分この剣の素材、俺のイルミネーション部分と同じだ。相棒よ、いつの間にそんなグレードアップをしたんだ。ちょっと嬉しいかもしれないぞ。

 だけれどシチュエーションがいけなかった。なんか下手人君とおそろいみたいでちょっと嫌だぞこの状況!


 複雑な気持ちで刀身を眺めていると、突然雄たけびを上げながら下手人君が突っ込んできた。




 あっぶねーなコイツ! 不意打ちなんて卑怯だぞ!

 焦らず刺突を後ろに一歩下がって避けて、突き上げられたその剣を弾き飛ばしてやる。


 ほーっほっほっほ! 俺のによります剣技ナメんなよ! 俺がすごいのではない。体がすごいのだ。


 この体、もとよりハイスペックだが、剣を扱う時に特に動きやすくなる。動かし方がなんとなく分かるというか、体が勝手に動いてくれますというか。

 多分、このラスボス君というキャラクターの特性なんだと思う。原作の、”カガチノミコトは剣の天才”という設定が反映されているんだろう。なんというか、武器適正により親和性120%的な。


 元からそうだったのが、メタモルフォーゼして更に扱いやすくなってしまった感覚がある。

 HAHAHA、能力進化はどうでもいいから、ラスボス進化の方をしたくなかったなァ。




 武器をなくしてへたり込んだ下手人君の横を通り過ぎて、兄上の元へ行けば、彼は失禁したうえ顔じゅうの穴という穴から汁を垂れ流して、壁のすみっこにへたり込んでいた。

 後ずさりしていった結果、壁に当たっちゃって逃げ道がなくなってしまったのだろう。濡れた股から続く、床に引かれた一本線がそれを物語っていた。


 さてと、こいつを回収しなきゃなんないわけだけど、どーすっかねぇ。運ぶ手段がない。

 流石にこんな奴を口に入れたくはなかった。だってばっちいもん。

 触手で掴むにすれど、なんかもう触りたくもない。だってばっちいもん。


 どうするか迷いつつ兄上を眺めていたその時である。背後から唐突に上げられた、裏返った叫び声にビビり倒して固まってしまった。


 そんなのだったから、声と同時に迫り来る、ドスドスと床を踏み割りそうな荒々しい足音にも対応できなかったのである。

 硬直していた体の中央、ざくりと胸に衝撃が走った。




 下を見やれば、どこかで見たような光る鉄の刃が、ぴょこりと胸から生えていた。




 ……あれ、コレデジャヴ~~~! 刃さんちわっす!

 オイ誰だよ、さっきスケイルメイルで防御力上昇とか言ってたやつ。普通に貫通しとるやん。


「ふ、ふはは、ふはははは! やったか! 今度こそやってやったぞ!!」


 耳元にて、爆音の下卑た笑い声をブチ込まれた。うるさい。

 それと下手人君よ。それってフラグっていうんだぜ。


 あと、笑ってるところ悪いけどさ、痛いです。痛くて痛くて痛くて、どろどろとした気持ちが湧いてくるんだ。

 それで、痛いと気分が悪くなるんだ。頭の中が、ある一つの感情で一杯になる。


 焦げ付くような胸の痛みは、果たして貫かれた心臓のものだけであろうか。

 感情が大きくなるにつれて、どろどろとしたナニカがあふれ出しそうになる。


 ここでソレをぶちかましちゃったらまずいのに。

 でも、でもさ。もう、抑えきれそうにないんだ。




 ……お前、またやりやがって。


 震えるほどに握りしめた剣のむき出しの刀身が、真っ赤に染まり果てた。

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