第17話 変☆身
修羅場だ修羅場。
視線彷徨わせながら恐る恐る窺う俺の前で、蛇の姿の幼い少女はニッコニッコ輝かんばかりに笑いながら立っていた。
守りたい、この笑顔! え、まって、なんかこわいその笑顔……
お、なんです、腕なんか振りかぶっちゃって……あ、え、ちょ、やめ、や、ア―――ッ!!
『さっさと覚悟決めて何があったか語らぬか!』
『みギャァ!!』
眉間の間に強烈な一撃がブチ込まれた。
あまりの痛みに首が撥ね上げられて、頭は強制鎌首モードで遥か高みの位置設置。気づけばとぐろを巻いてお山の上から高みの見物、わぁ壮観だねぃ!
『ぅゎょぅι゛ょっょぃ』
思わずこぼした俺悪くない。
だって激痛の上に視界が少し狭まったんだもん。たしかラスボス君って目が三つあったはずだから、今この幼い見た目の少女がやらかしたのは目潰しってことになる。
こわい……あんなに愛くるしい笑顔でやることえげつない……なんというバイオレンス。初手目潰しってアナタ……
ラスボスの超絶頑丈なはずの鱗装甲も、さすがに目までは対応していなかったようである。弱点突かれて、ダメージふつーにモロ入りました痛いです。
おめめがじんじんするよぉ!! このまま失明しちゃったらどうすんだよぉ!!
以外に滑らかな動きでもって自由意思で動かせた触手にて、額をそっと擦ってみる。
アレ、この触手、触り心地めっちゃいいやん。すっべすべ。
因みに今の俺の触手の色はオレンジ色になっている。もしかして、このピラピラした奴って俺の感情と連動して色が変わってるんだろうか。でもオレンジってどんな感情?
でもそうだったとしたら、原作じゃあラスボスくんたらずっと感情は”怒り”固定で動かずに赤のままだったってことになる。もしもこの考えがあってたんだったら、新たな発見ってことで俺の名が考察サイトの歴史に名を刻んでしまうかもしれない。あ、眼球再生した。
ところでこの位置に頭が来ると、またあっちの声が何も聞こえなくなるんだよなあ。
でもでもぉ、今張り飛ばされた直後で? なのにまた向こうに首戻すのってなんか怖いしぃ。だってまた目つぶしされるかもしれないでしょ? どぉしよっかなぁ。
ちらっと向こうの様子を盗み見れば、幼女ゲフンゲフン守り神様が笑顔で手招きしていた。『来よ』とのアナウンス付きで。
アッハイスイヤセッすぐ参りやす幼女パイセン!!
再び頭を近づけて見れば、場に揃う全員が揃って俺のことを凝視していた。
え、ヤダァ……なんだか恥ずかしい。
俺がでっかくなったからか、皆様米粒みたいにツブツブしてて、なんだかかわいらしくも見える。だけど俺には分かるぞ。さっきの守り神様みたいに眼球の前まで来てくれないと、皆の正確な表情は読み取れなくなってしまったけれど、絶対可愛らしい表情なんてしてないってな。
『えー、ゴホン。本日はお日柄も良く……?』
ヤッベ何話しゃいいのか分かんないよぉ。だってパッパにとっちゃ、戦に出たっきり数か月戻らなかった息子が大蛇になって戻ってきたんだよ?
……この状況客観的に見るとヤベェな。狂ってやがるぜ……!
”声”の出し方は、フュージョンした蛇さんの精神の方にやり方が入ってたから分かった。脳波ビビビーンっといったイメージで思念波を飛ばすらしい。要はテレパシーである。そのまましゃべろうとしても、蛇の声帯じゃあ音声での声は出ないのだ。
ドッキングをした今、奴の記憶は全て俺に筒抜けとなったのである。
フ……我をこのような姿にした罪、魂をもって償ってもらおうか……カスのミソカスになってもその知識搾り取って差し上げよう。そういえば味噌カスって、美味いよな!
でも対話方法の知識はあっても、続け方の方はないんだなこれが。チッ使えねぇな、ポンコツドッキング蛇太郎め。
ウワー気まずいぃ……沈黙が気まずいよぉ……!
「ほ、本当にお前、なのか……?」
困ってたらパッパの方から助け舟が出た。渡りに船です、ナーイスタイミング!!
『そうです御父上! 俺、カガチノミコト17歳でえっす☆ いやぁ、いろいろあってこんなことになってしまい、もー困った困った!』
触手を後頭部に当て、なっはっはと笑って見せれば、誰も笑ってくれなかった。むしろすっごい静まり返った。
ア、ヤッベ盛大に滑り倒したわコレ。ヤッチマッタナー。
『何があったのか述べてみよ、カガチノミコトよ』
救世主が現れた。
痛いほどに寒い静けさを破って、守り神様が呆れたような声音で言ったのだ。
何と素晴らしいフォローだろうか。感極まって涙が出そうなほどである。それに、経緯は俺も話さなければと思っていたところだったし。
だけれどその前に一つ、言いたいことがあった。
『あー……守り神様ー、実はこの体制結構かなーりキツいんですけど、村に入れるくらい小さくなる方法ってあったりしませんかね?』
実は、ちょっと前から割とアップアップしていた。
今、俺はお山から村まで首をピーンと真っすぐ伸ばしている状態であり、もうそろそろ背筋がプルプルしてきちゃって、いつ村を潰してもおかしくない状況だった。経緯全部話してる間なんて絶対に持たない自信がある。後いくらもしないうちに、力尽きてペチャンコだ。
たまらず相談してみたけれど、守り神様は何か考え込むようなそぶりをしてから、一つの答えを出した。
『ふむ、それならばヒトガタになればよかろう』
『ひとがた?』
『ほお、知らぬか。ならばここに首を垂れよ』
なんだかよく分らないままに指定された場所に頭をもってこれば、守り神様は俺の鼻先に手を添えた。
また目潰しされるのを少し警戒しながら伺っていると、その触れられた場所から、何かチリチリしたものが流れ込んでくるのを感じる。そうしてそのチリチリが脳みそまで達した時、どっと知識が頭の中に放出されたのだ。
すげー! なんかすげえ! 未知の感覚にテンションが上がる。
えー、何々? ぎゅーっと体を縮めまして……? フムフム、あ、でも山にとぐろを巻いてるこの状態だと、ヒトガタになったときに、着地地点が山頂になるね。ほーおほお。それはちょっと不格好だね。ならば。
流れ込んできた情報をもとに、その術を展開してゆく。
行使する感覚ごと受け渡されたものだから、力なんてものを感じたことも無かったド素人でもなんとかなりそうであった。
頭を村の広場につけて、そこを起点に肉体改造を始めれば、長ーい体が一気に頭に向かって吸い込まれてゆく。
しゅるしゅると、見る間に体の全てが全て頭部分にまとまっていく。横から見れば、メジャーをしまってるみたいにも見えるかもしれない。守り神様知識によれば、現時点で俺の体は、真っ黒でタールみたいなぐっちゃぐちゃのスライム状態になっているはずだ。
ヒトガタになるためには、「いちど蛇の体を崩して力の塊に変換、人の形に再構成」ってなプロセスを通るらしい。人の形になるなんて、ついさっきまで人間でしたしおすし。楽勝っすね。
腕を作り、足を作り、ぴりぴりと痺れるような感覚が体中をかけ潜ったのち、急速に感覚が戻ってきた。
つい数刻前に失った体、なのにもう懐かしさを感じる。
そうそう、この体よ。しっくりくるねえ。
屈んでいる態勢で再構築されたものだから、その場でゆっくりと立ち上がった。
振り返った視線の先に飛び込んできたものは、村のみんなの顔。
同じ目線の高さだ。松明の明かりに照らされて、しっかりとみんなの表情もよく見えた。
その全てが一様に、ぽかんと呆けたような顔をしている。びっくり仰天のまま硬直だ。ははは、なんだか面白い。
「ただいま!」
右手を天に突き上げ、左手を腰に挙げてポージング。にっかり歯を見せて笑ってみせるのも忘れずに。
なるべく陽気に、なんでもないことの様に。いつもと同じように、変わらないように。
次の瞬間、パッパが視界から消えたかと思えば、ものすごい衝撃が体の前面を襲った。
あまりの衝撃に、数メーターも吹っ飛ばされたかと思いきや、俺の体は誰かの腕の中にぴったりと納まっていたのだ。
熊にタックルを喰らったらこんな気分になるのだろうか。
に、しても苦しい。これが噂に聞くベアハッグ……くぅ、キョーレツ!
抱きしめられたのだと気がついた時、じんわりとあったかいものが胸に広がった。
そうと分かれば、こちらもこれ以上は茶化さずに素直に抱きしめ返す。
ぽかぽかと、春の陽だまりのごとく。
ちょっと気恥ずかしいけど、なんだかフワフワする。
「ごめんなさい」
その言葉はするりと口をついて出た。
戦続きで帰ってこれなかったこと。みんなが心配してくれた時に素直に名乗り出なかったこと。それから不可抗力とはいえ、こんな化け物に成ってしまったこと。
普通の人間からどう思われるかなんて、考えなくたって分かることだ。
祟り神がどんな存在であるかだなんて知識は、この世界の常識だ。
内に巣食う怨嗟の念に囚われて、理性無くすべてを破壊し死に至らしめるもの。全ての生あるものから忌み嫌われるもの。
そんな化け物に、俺は成ってしまったのだ。
もだもだした気持ちを全部閉じ込めて、やっと出てきたのが先の一言。
たくさんのことを謝りたかったけれど、出てきたのはたった一言だけだった。
さっきはするっと出たのに、今は何か言おうとしても言葉にならない。
もっとどうにかならんのか、俺。こんな一言じゃあ済まされないのに。もっと、伝えなきゃならんだろう。何か、何か――
焦る頭に、大きな掌が置かれた。
ぽんぽんと。その手は優しく頭を撫でる。
「本当だ、このバカ息子が」
耳元に落ちてきた言葉には、びっくりするくらい慈愛がこもっていて。
思わず涙が零れ出た。
腕の中で体を震わせて泣く、我が子の頭を優しく撫で擦りながら、王は祟り神と成り果てた息子のその経緯を想った。
一体何があったというのだろう。
祟り神とは、身を焦がすほどの恨みを抱いた後に成り果てるモノ。この能天気な息子が抱くような感情とはとてもかけ離れているように思えるが、実際成ってしまっているのだから、怨嗟の念を得るようなことが、事実起きてしまったのだろう。
そして、今もこの身の内にその感情が巣食っているのだろう。
――嗚呼、可哀想になぁ。
王は、息子が泣き止むまで赤子を寝かしつけるがごとく、優しく、優しくあやし続けた。
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