第16話 どうすんだよコレェ……

 王がいくら叫ぼうと蛇は微動だにしない。そればかりか、いつの間にか、出し入れさせていた舌の動きも止まっていた。


 傍からやり取りを見やっていた老巫女には、蛇が硬直しているように思えた。見れば、今まで明滅していた赤の光が、三つの瞳の赤光以外の全てを牡丹のような鮮やかな色に変えてしまっている。


 それをいぶかしく思うも、草に寝かされた皇子の側付きの処置に追われ、違和感は直ぐに老巫女の念頭から遠退いた。

 こ奴を生き返らせれば、自ずとあの皇子様の居所が分かるはずなのである。なんとしてでも助ける義務があった。




「おお、蛇の君よ、荒ぶる神よ、我らに教え示し給え! 我が子は、我が子は何処にあるのです!!」


 ついに崩れ落ちた王の隣で、后が叫んだ。目に涙を称え、ほろほろと頬に流しながら、常には出さぬ大声にて訴える。


 蛇は何も語らない。ただ、元より下げていた頭を更に垂れ、ついにはどっかりと地に着けてしまった。

 ぐったりと力を抜く蛇。その巨体に、土地を囲う柵が、いとも容易く押しつぶされてしまった。

 しかし、蛇が触れたそこが腐れ落ちることはない。




 これは、怒りをお納めになったのだろうか。

 王はあっけにとられて地に伏せた蛇の姿を見やる。鮮烈に輝く牡丹の光からは、怒りのかけらも感じさせない。先ほどまでこちらに向けられていた赤い視線も、今はどういうわけかそっぽを向いている。先ほどから身を焦がしていた禍々しき気の圧も、すっかりなくなってしまっていた。


 そのことにしばし安堵するも、すぐさま焦燥の念が蘇る。

 息子は、カガチノミコトはどうなったのだろう。尋ねても蛇は答えなかった。ここへ来てから一切言葉を発しないことから、もしかすればものを言うことが出来ないのかもしれない。

 しかし、この気配の強大さから高位のモノであるはずなのだが、はて。


 同じくその考えに至ったらしい最愛の人も、悲しげに眉を下げていた。


「ああ、カガチノミコト……あなたは一体、何処に……」






『その問い、妾が答えよう』


 后の呟きに、どこからともなく聞こえてきた”声”があった。




 びりりとした威圧を感じ、はっとした王がそちらを振り返れば、恐ろしくもどこか見知ったような気配をまとう、白い少女の姿があった。

 肩で切りそろえられた髪も、肌も、身にまとう装束も含め、全身どこもかしこも白い。ただ、その瞳だけが金色に美しく輝いていた。


 しかし、その影は人ではなかった。装束の裾から覗くは二本の足ではなく、蛇の長い尾。ずるりずるりとそれを地に這わせ、王の横を通り過ぎるその者の肌には、白い鱗が所々に点々と生えている。


 このお方は守り神様であらせられる。そう、すとんと腑に落ちた。

 代々この国に伝わる伝承に、守り神様は白蛇のお姿をしているとあったのだ。


 そのことに気づいた王は、すぐさまその小さな少女の姿をした蛇神に、平伏した。


『よい、面を上げよ』


「しかし」


『お主は息子の居場所が知りとうないのか』


 その声に王ががばりと顔を上げれば、蛇神はその鋭い牙の覗く口元に、淡い微笑みを称えていた。


「む、息子は無事でありましょうか」


『うむ、呑気に寝転がって居る』


 その言葉に安堵を感じたのは王だけではなかった。后も、老巫女も、その場にいた配下、民、全ての人が安堵に胸をなでおろした。


「そ、それでは愚息はどこに……?」


『うむ、この場におるの』


「、は」


 言われたことへの理解が及ばず、場は固まった。

 一足早く復帰した老巫女が尋ねる。


「わ、わしゃあ、ちと耳が遠くなってしまったようでして……あの、今、何と?」


『うむ、カガチノミコトはこの場に居ると言うておる』


 今度こそ誰もかれもが黙り込んだ。王は暫く口をはくはくと声もなく閉開させていたが、気を取り戻しても、やはり何を言えばよいのか分からずに、再び口を閉開させることとなった。


 すると、はぁ、とため息を一つついた蛇神は、とある方向へ向かってするすると進み始めた。


『いい加減にせぬか、カガチノミコトよ。皆の衆がこんなにも其方を案じておるというのに、だんまりか。もしや、心の内にてせせら笑うておるのか。ほとほと性根腐りはてた餓鬼じゃのう』


 神の通り道から外れようと、民が捌けてゆく。すると、自ずとソレに向かって一本道が出来上がった。

 その先に居たものを目にして、皆目を驚愕のあまり見開いた。


「そんな、」

「……まさか」


 誰ともなく、か細い声が漏れ出る。


『いつまでも這い蹲っておらずにしゃんとせんか、カガチノミコトよ』






 白き蛇神が向かわれたその先におわしましたるは、地に伏せ、身にまとう光を極彩色にくるくると明滅させ、何とも焦り申し上げておりまする黒き大蛇が在り居り侍りいまそかりで候。


 なーんちってアロハー! 俺、カガチノミコト!

 この度、無事にラスボスとして覚醒いたしまして全くめでたくなくドンドンパフパフ。一人エレク○リカルパレードでイルミネーションはキラッキラ、心はまるで夢の国さ、ハハッ☆


 じゃねえんだよ!!

 やっちまったよ……完全にラスボスになっちまったよどうすんだよコレェ……




 いやまてまて。ひとまず経緯を振り返ろうか。


 まずは蛇にメタモルフォーゼをとげて覚醒した後からである。

 乗っ取ろうとしてくるお節介蛇野郎の精神を速攻でひねりつぶして、俺がこの体の主導権をもぎ取ってやった。


 これに関してはマジで転生特典様様だった。コレが出来たのは、ひとえに転生特典様のおかげだと思う。体を乗っ取られてるのは、精神が健康とは言えないからね。

 とはいえ、こうなることについては転生特典様は全くお仕事をしてくださいませんでしたわよ、ええ。ラスボスになることに対しての抵抗判定は、選択肢すら下さらなかったんですのよこのお方!

 SAN値チェック盛大に100ファンかまして失敗しとりますがな。ゴリッゴリ持ってかれましたが何か。盛大に発狂ロールプレイしたろかゴルァとりあえず自称神は絶許。


 成ってしまったことを悟った時には、怒りに任せてのた打ち回ってやろうかとも思ったけど、最優先は瀕死の親友だと何とか思い直すことによって、付近に八つ当たりをするのは何とか思い留まった。

 とはいえ、どうにかしようとも手がなくなっちゃったもんだから、仕方なくお口にパックンチョして運ばせてもらったのである。スマン親友! 俺の唾液でネットネトにしちゃった、許せ☆


 それで村を探しながら動き出した時、八つ当たりは止めたものの、どうにもやるせない気持ちでいっぱいになったのである。


 お~い~、あ~に~う~え~???

 何が不穏因子は潰すだ。お家騒動に俺を巻き込むんじゃねえ。俺は政には興味はないとあれほど態度と行動と言葉で示したってのに、おま、アホなの? バカなの? なっちゃったよ俺、祟り神に?? どう責任取ってくださるつもりなのかしらアノヤロー。


 そうやってメタモルフォーゼ後は、突発的な思い出し怒りにて兄上と自称神へブチギレ申し上げて居りましたら、謎に全身から吹き荒れるオート呪いまき散らし効果が発動しやがりまして、えっらい広範囲の環境破壊も森林破壊を意図せずしてしまったのである。

 いやあ困った困った、完全にラスボスのスキルですありがとうございません。




 ブチギレながらもとりあえずモノノ森の村へ行こうと思ってたら、なかなか見つからなくてウロウロ徘徊することになってしまった。けれど、自分自身のデストロイ能力加減に申し訳なさを覚えつつも自称神に向かって存分に怨念を送っていたら、いつのまにかおウチまで戻って来れてた。

 気づいた時にはびっくりしたね。山乗り越えたらなんか見たことある光景だと思ったもんで、山にとぐろ巻いてじっと見てみたら、俺の村だったんだから。


 箱庭みたいでちょっと面白いとか思ってたら、村の方からパッパらしき米粒がこっちに向かって、手をブンブン振りながら何か呼び掛けてきていることに気が付いた。だけれど、全く聞こえないから、「え? なんて? なんて?」って思いながら近づいてったんだけど、まあこれが全く聞こえないのだ。


 難聴じゃないよ! お山に登ったこの状態で、俺のお耳が地上何百メートルにあるんだって話だ。風にかき消されて、地上で何言われようがこれっぽっちも聞こえやしねえ。


 それで村の前まで首を伸ばしてみたら、やーっと聞こえ始めたたんだけど、聞こえた言葉はなんと「止まれェ!!」。

 よく見りゃ、とんでもない鬼の形相で叫んでるもんだから、ぅゎブチギレ案件こゎ近寄らんとこ……と、いったんストップして様子を伺ってみたのだ。


 それで分かったのは、パッパったらどうやら俺のことを分かってなさげだったということである。

 まぁそりゃそうだよなと納得しつつも、願いを何でも叶えてやろうだとか、ネズミの国の青くて陽気なランプの魔人みたいなこと言って来たもんだから、とりあえず結界ぶち破って親友君を治してもらおうとしたわけだ。


 いや、結界なんてあるとは思わんかったんだもん。正直スマンかったと思ってる。


 そしたら瀕死の親友君前にしてるのに、何故か俺について大騒ぎになっちゃって、「カガチノミコトの居場所はどこだ、吐けェ」なんて言われたけど、ここで「俺、カガチノミコト17歳でえっす☆」とか言う雰囲気でもないなとか躊躇してたら、完全に名乗り出るタイミング失ったよね。


 だって突然パッパに熱烈な告白(語弊)受けちゃったんだもん。


 いや、向こうだって、目の前の化け物が俺だと思ってないからあんな直球で言えたんだと思うけどさ、俺からしたら真正面で愛の叫び(語弊)まともに食らっちゃってるわけよ。いや、出辛……


 もう嬉しいだとか恥ずかしいだとかぐちゃぐちゃになってたら、視界の端にちらついてた触手みたいなピラピラがショッキングピンクに染まってたもんだから、更に穴を掘って埋まりたい気分になったよね。何ですかこの色は。何でこのタイミングでこんな色に変わってんだ、恥ずかしいわ。




 そうしてどうやら動かせるらしいこのピンクの触手で、顔を覆って転げまわって辺り一帯ぶっ壊し回りたい衝動をこらえながら現実逃避で脳内パーリィナイツしてたら、今度は突然に明らかに人外の白い少女が現れたのである。


 怒号の展開に付いていけずに何が現れたかと呆然と見ていたら、少女はなんと名前連呼でしっかりこちらの特定をしつつ、盛大に俺のことをdisりながらこちらへやって来るではないか。なんてことしやがる! 気まずさのあまり吐きそうだよ!


 

 そうして現在、笑顔の蛇ロリが目の前にいるというわけなのである、なう。イマココ。

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