閑話

まだ寒さが残る3月上旬のある日、篠咲実梨は高校受験に向けて猛勉強をしていた。

ひと月前の話だ。

高校進学に向けて教師と個人懇談することになった実梨は他の生徒が帰宅するなか1人教室に残り、どこの高校に進学するのか話し合っていた。正確に言うならば『話し合って』ではなく『一方的に聞かされて』が正しいが。


進路が決まっていなかったわけではない。むしろ実梨の中では決定していたはずだった。

しかし担任からは「もう少し現実的なところにしないか」と言われたのだ。

それもそのはず。実梨が志望していた高校はいわゆる進学校と呼ばれ、とてもレベルが高く到底受かる見込みがなかった。

しかも実梨がその高校を選んだ理由は制服が可愛いからと家から近いから。この2点だった。


その頃家庭が偶然上手くいっておらず、家に帰れば親が喧嘩をし、怒鳴り声を上げる。手を出すことも最近ではよくあることだった。

そのこともあり反抗期真っ只中だった実梨は担任の更に言えば大人を信用できず、自分の我が儘を通して進学校に受験した。


その日からだ。毎日のように図書館に通い閉館時間まで勉強をするようになったのは。


そして迎えた試験日当日。


篠咲実梨は迷っていた。『迷路に』とか『人生に』ではなく自分の受験するクラスがわからなかった。

流石は名門校。クラスの数だけでも12クラスもある。そう関心しつつ、受験表に書いてあるクラスを探す。


しかし見つからず、次第に不安になってくる。

せっかく頑張って勉強してきたのだ、もし時間間に合わず不合格にでもなったら目も当てられない。


親との約束で金銭面で迷惑をかけないことを前提に受験させて貰えることになっている。

この高校には成績上位者は授業料が免除される制度がある。

それを勝ち取るにはこの試験で上位10位以内に入らなけえばいけない。

その為に今まで夜遅くまで勉強してきたのだから。


しかし探しても探しても見つからない。


「あの、どうしました?」


不意に声をかけられる。

驚いた実梨はおかしな声をあげた。


「きゃっ!えっ!?あ、ご、ごめんね。驚いちゃって」


声の主は自分の胸元あたりくらいの身長の小さな女の子だった。

「凄い可愛い」これが少女に対する実梨の第一印象だった。


少女に道に迷っていることを伝えると、同じ教室だからと案内してくれた。


そして実梨は教室に無事着き、万全の体制で試験に臨んだ。


結果は良好。解らなかった所はなかったし、見直しも十分にした。あとは神のみぞ知るなんとやらだ。


試験が終わり受験生が教室から出ていく中、実梨は1人教室に残っていた。

理由は簡単にして単純明快。家に帰りたくないから。これに尽きる。

なぜあんなギスギスした場所に居なければいけないのか。早く家から出たい。


そんな事を考えていると、教室の扉が突然開く。

そこには今朝の案内してくれた少女が立っていた。


「あれ?案内してくれた子だ。さっきはありがとうね。どうしたの?忘れ物?」


気になったので声をかけてみる。


「祖父が迎えに来るまで待っているんです。外は寒いので」


少女はそう言い、近くの席に座り本を開いた。


「そうなんだ、私は暇つぶし」


流石に初対面の相手にこんな家庭事情を聞かされても困るだろうと思い、ぼかして言ったが少女は、


「そうですか」


とても寂しいものだった。興味がないにも程がある。


「あ、あはは・・・・・。ねえ?」


冷たい反応に思わず苦笑いが出てしまった。


「なんですか」


「もっと会話しようよ!せっかく会ったんだからさ!一期一会って言うじゃん!」


「そう言われても話すことがありませんし」


「あるよ!例えばえっと、あー、・・・・・。あるよ!」


「ないじゃないですか」


少女は実梨と一切喋る気がないらしい。

ならばこちらから話題を振ろう。定番なので自己紹介だろう。


「うっ、あ!そうだ、自己紹介しようよ!私、篠咲実梨っていうの。好きなことは食べることで特に甘いものが好き!嫌いなことはダイエットだよ!」


「夏目瑠里です」


少女は瑠里というらしい。

可愛らしい名前だと実梨は思った。


「え、それだけ?」


「駄目ですか?」


首をコテンと横に傾げ若干上目遣いをしてくる。


「ぐふっ!だ、駄目だよ!じゃあ、好きなこととかものは?」


と少しの間話をし、瑠里は帰っていった。


「あれ絶対わざとやってるでしょ。可愛すぎだよ、全く」


あーあ、瑠里ちゃんと同じクラスになれたらいいな。

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