第2話
「お兄ちゃん筆記用具持った?受験票は?財布と携帯は?何かあったら直ぐ、連絡してよね!ねえ、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ、ちゃんと確認したから大丈夫だって。心配し過ぎ。送り迎えは爺ちゃんがしてくれるんだから問題なんて起こらないよ」
「それはそうだけど・・・」
高校に行くことを決め、爺ちゃんにそのことを伝えると、とても喜んでいた。その時のことを思い出すと今でも行くと決めて良かったと思う。
それから一ヶ月、入試に向けて勉強を再度教えて貰ったり、舞里と外に出る練習をしたりであっという間に時間は過ぎていった。
「瑠里ー。そろそろ家を出ないと間に合わんぞー」
玄関から爺ちゃんの声が聞こえる。
「はーい、今行くー。じゃあ、行ってくるね舞里」
「お兄ちゃん、頑張ってね」
「うん、倒れないように頑張る」
「そっちじゃなくて、入試の方だよ!」
「分かってるって」
今まで喧嘩らしい喧嘩もしていなかったせいか、あの時の一件で僕達の仲はより親密になった。
一緒の布団で寝たり、外に出る時は手を繋いで歩くのが当然になっていた。
そして舞里からもう一度、女の子についての勉強も受け来るべき時に備えておいた。
「もう、お兄ちゃんてば。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
言葉を交わし、行ってきますのハグをする僕達。
その後、車に乗り学校に向かった。
実際はわざわざ車を使うほど学校への道のりは遠くはない。電車を使えば四十分くらい。でも僕に気を使って車を出してやると言ってくれた。
正直、有難かった。未だに人に慣れてない僕。
近くを通るだけなら大丈夫になったけど触られるのはまだ駄目だ。特に男は辛い。小さい子なら大丈夫だけど身長が自分と同じくらいかそれ以上は駄目だった。身体の震えが止まらなくなり、呼吸が荒く、動悸が激しくなる。
爺ちゃんにですら拒否反応を起こしてしまう。
一緒の車に乗るのも少し辛いけど贅沢は言えないし、これ以上、爺ちゃんを悲しませたくなかった。
車を走らせていると静かだった爺ちゃんが不意にこんなことを聞いてきた。
「勧めた俺が言うのもおかしいが、本当に良かったのか?」
「学校のこと?」
「そうだ。まだ人に慣れてないのは知ってるし、俺の近くにいると辛そうにしてるのも分かってる。
今だって辛いだろう。瑠里を女にしたのは俺だ。
恨まれても仕方ないと思ってる。でも俺の大事な孫の1人にそうな顔をさせるなんて耐えられないんだ。
今からでも受験を辞めることもでき──」
それは違う。ううん、恨んでないと言えば嘘になるけど僕は、
「爺ちゃん、僕はね。前に進もうって決めたの。
舞里に言われたんだ、お兄ちゃんにも楽しい学校生活を送って欲しいって。妹の我が儘くらい聞いてあげなきゃ、お兄ちゃん失格でしょ?だから少しくらい無理してでも学校には行きたいんだ。爺ちゃんのせいじゃない、僕自身が決めたことだから。
改めて、僕を助けてくれてありがとう爺ちゃん」
今まで言えなかった感謝の言葉。
やっと言えたよ。
「ああ、ああ、大きくなったな、瑠里。俺の方こそ生きててくれてありがとう」
爺ちゃんの声が震え、時折鼻を啜っている。
そんなことを言い合った気恥ずかしさか僕達は終始無言でいた。
少しして学校に着いた僕達。
「何かあったら直ぐ、連絡しろよ」
「舞里と同じこと言ってる。大丈夫だってば」
「瑠里のことが心配なんだよ」
「分かってはいるけどさ。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。終わったら電話しろよ」
「はーい」
爺ちゃんと別れ、下駄箱へと向かい靴を仕舞う。
指定された教室に行く途中に女の子が不安そうにうろうろしているのを見つけた。
「あの、どうしました?」
「きゃっ!えっ!?あ、ご、ごめんね。驚いちゃって」
声をかけると飛び上がり茶髪のポニーテールがぴょんと揺れてこちらを振り向く。
「大丈夫ですよ。それでどうしたんですか?」
「教室が分からなくて。1-2なんだけど」
受験票を僕に見せてくれる。
偶然なことに僕と同じ教室だった。
「あ、同じ教室ですね。案内しましょうか?」
「いいの!?お願いします!」
「ではついてきて下さい」
「あ、うん!ねえ・・・」
声をかけられ、女の子のほうに振り返る。
「なんですか?」
「いや!何でもないよ!」
「そうですか」
何か言いたそうにしているのには気づいたが本人が何でもないと言うのなら深く追求する必要もない。
僕達は教室に着き、女の子と別れ席に着く。
「それでは頑張って下さいね」
「う、うん・・・頑張らなきゃ。それじゃあね」
「はい」
ちゃんと出来るといいなと思いながらテストに臨んだ。
そしてテストが終わり、面接も滞りなく済ませた。
結果から言えば合格間違いなしだと思う。
テストは手応えがあったし、面接官は女の人だったから質問にもちゃんと答えられていた、はず。多分、恐らく、きっと。
終わったことを気にしてもしょうがないし、帰りにケーキでも買って食べよう。
舞里が好きなチーズケーキと僕が好きなシュークリームとモンブランと、あと婆ちゃんにはチョコケーキでいいかな?爺ちゃんは買う時聞けばいいや。
あっそうだ。爺ちゃんに連絡しなきゃ。
携帯、携帯っと。
「もしもし、爺ちゃん?」
「お、瑠里か。試験終わったのか?悪いが丁度、舞里と買い物の途中でな。少し待っててくれ。何か欲しいものがあったら言ってくれれば買うぞ」
「そっか、寒いし教室で待ってようかな。着いたら電話して」
「分かった。欲しいものはないのか?」
「えっとね、ケーキかな?シュークリームとモンブランがいいな」
「シュークリームとモンブランだな?じゃあ、着いたら電話する」
「はーい。待ってるね」
爺ちゃんが来るまで三十分くらいかな?
それまで教室で本でも読んでよ。
教室に向かうとそこには朝、教室の場所が分からずうろうろしていた女の子がいた。
「あれ?案内してくれた子だ。さっきはありがとうね。どうしたの?忘れ物?」
「祖父が迎えに来るまで待っているんです。外は寒いので」
「そうなんだ、私は暇つぶし」
「そうですか」
僕は鞄から小説を取り出し、栞の挟んであるページを開く。
「あ、あはは・・・・・。ねえ?」
「なんですか?」
「もっと会話しようよ!せっかく会ったんだからさ!一期一会って言うじゃん!」
「そう言われても話すことがありませんし」
小説が今良いところだからできれば話しかけて欲しくないのが本音なんだけど、流石に言うわけにはいかない。ぺらり、とページをめくる。
「あるよ!例えばえっと、あー、・・・・・。あるよ!」
「ないじゃないですか」
また一枚、ページをめくる。
「うっ、あ!そうだ、自己紹介しようよ!私、
溜め息をつき、小説を閉じる。
篠咲さんは怒らせたかと不安そうな顔をしたが直ぐに会話をしてくれることに気づき笑顔を見せる。
「夏目瑠里です」
「え、それだけ?」
「駄目ですか?」
自己紹介なんだから別に名前だけで良いだろうと思い、小首を傾げる。
「ぐふっ!だ、駄目だよ!じゃあ、好きなこととかものは?」
「睡眠と読書です」
「嫌いなのは?」
「トマトは人間の食べるものじゃありません。この世から消滅させるべきです」
「えー?美味しいじゃん、トマト。何が嫌なの?」
「皮と液体と種と味ですね」
「それ、ほぼ全部じゃん・・・・・。好き嫌いは駄目だよ?」
「ダイエットが嫌いなのでは?」
「偉い人は言いました。『それはそれ、これはこれ』と」
「貴女がダイエットしたら考えることを検討することを善処しましょう」
「絶対、食べる気ないよね!?」
「当たり前です。戻してもいいのなら別ですが」
「そこまで!?」
会話していると教室に携帯の音が鳴り響いた。
「あ、私です。もしもし、爺ちゃん?もう着いたの?ううん、本読んでたから大丈夫。今から行くね」
僕は携帯を仕舞い、
「それでは、迎えが来たので行きますね」
「うん!ばいばい!」
挨拶をし、僕は教室を出た。
「篠咲さんか、一緒のクラスだといいけど」
僕はそう言って昇降口に向かった。
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