第59話 佐々木の決意

 黒井雪穂にとって佐々木次郎という男はどんな存在か。


 篠原秋にそう問われた時、雪穂は少し戸惑いながらも「好きな人です」と答えた。

 車の運転をしていた秋は前を向きながら口を開く。


「つりあってないって感じることない?」

「つりあいですか?」

「うん。雪穂ちゃんは凄く優秀。でも、次郎はお世辞にも優秀とは言えない。見た目だって雲泥の差がある」

「それは、そうかもしれませんね」


 雪穂は苦笑いを浮かべながらそう答える。

 雪穂自身、クラス内にいる女子や男子から言われたことがある。佐々木じゃ黒井さんには似合わない、と。


「でも、本当にそうなんですかね?」

「つりあってるってこと?」


 秋の問いに雪穂は「はい」と答え。そして、続けて口を開く。


「確かに、周りから見ればつりあってないかもしれない。能力も外見も違うかもしれない。でも、中身は大差ありませんよ。あいつも私もただの高校生です。何より、あいつは私相手でも自分の考えを曲げたりしない。時には、私の言うことを無視してまで、自分の思いをぶつけてきました。そんなあいつだから、私は惚れたんです。私のこと可愛い可愛いって言って、何でもかんでも肯定してくれる人より、余程つりあいが取れてますよ」

「そっかぁ……。次郎はいい男に育ったんだね」


 秋はそう言って、寂しげに笑った。

 その笑みを見て、雪穂は秋が抱えている何かを察して、押し黙った。



*******



「――ていうことが、村野さんと秋姉の間にはあったみたいだ。村野さんは自信が無かったって言ってた。それと、秋姉を傷つけてしまったことを後悔してるみたいだったな」


 夕食の後、篠原秋がお風呂に入っている間に雪穂と佐々木は二人で話していた。

 佐々木から村野と秋の間に起きたことを聞いている間、雪穂は秋との車内での会話を思い出していた。


(篠原さんが一歩踏み出せば、村野さんは了承するだろう。でも、それじゃ意味がない。篠原さんは対等になりたかったんだろう。お互いが本心を隠さずにぶつけ合える、そういう関係になりたかった。あの時、寂しげな笑みを浮かべたのは……)


 雪穂と佐々木の関係性、秋はそれに憧れ、そして、辿り着けなかったから。


 秋の考えを推し量り、雪穂は何も言えなかった。

 正しく言えば、どうするべきかアイデアが思い浮かばなかった。


「黒井、一つだけ教えてくれ」

「な、なんだ?」


 険しい顔つきの雪穂に、佐々木が声をかける。

 その目は強い意志を宿していた。


「秋姉はまだ村野さんが好きだと思うか?」

「……ああ、それは間違いないと思う」

「よかった」

「何かするつもりなのか?」

「おう。俺に出来ることなんて殆どないけどよ、出来ることは全部やりたい」

「何をするつもりだ?」


 雪穂が問いかけると、佐々木は二ッと笑みを浮かべ、口を開く。


 ――音楽は人の胸に響くんだぜ。


 自慢げにそう言った佐々木の目は雪穂にとって、見覚えのある目だった。


 テストの時、球技大会の時、そして、雪穂のために佐々木が勝手に動いた時。

 その目はバカの目だ。

 これだ、と目標を一つに定め、そこに向けてただ真っすぐに突っ走る覚悟を決めた目。

 その目を見た雪穂はフッと笑みをこぼす。


「おい、あっち向け」

「え?」


 佐々木が後ろを向いた瞬間、雪穂は佐々木の背中を強く叩く。


「いっつ! な、なにするんだよ!」

「私の分だ」

「は?」

「篠原さんには私も出来たら笑顔でいて欲しい。だから、お前に託す。お前の好きなようにやれ」

「俺でいいのかよ?」

「お前以外いないだろ」


 佐々木は笑みを浮かべると、「任せろ」と呟いてからリビングから出て行った。

 佐々木が出ていくとほぼ同時に雪穂はため息をつく。


(この調子じゃ、私の宿題は忘れられてるかもな……。でも、この目を見せられたら止めることは出来ないよな。我ながら、本当にバカな男に惚れたもんだ)


 内心でため息をつきつつも、どこか雪穂は嬉しそうな笑みを浮かべ、ソファに座り込む。

 その時、リビングの扉が開く音がした。篠原さんがお風呂から上がって来たのかと思い、振り向くと、そこにはさっき出て行ったはずの佐々木がいた。


「言い忘れてた。宿題の答えっていうか、雪穂に伝えたいことは見つかったぜ。でも、学園祭の日まで答え合わせは待ってくれねーか?」


 佐々木の言葉に雪穂は目を点にする。

 無理もない。さっきまで、自分との約束は完全に忘れ去られていると思っていたのだから。


「く、黒井?」

「わ、悪い。もう忘れられてると思ってたから、驚いちまった。勿論待つよ」

「一番大事なこと忘れるわけないだろ。いくら俺がバカだからって、何よりも優先しなきゃならないことくらい分かるっつーの。まあ、待ってくれるならよかった」


 そう言うと佐々木はリビングを出て行った。

 暫くすると、お風呂から上がった秋がリビングに入って来る。


「ふー、さっぱりしたー。雪穂ちゃん次どうぞ……って、あれ? 雪穂ちゃん、どうしたの? 顔真っ赤だよ」

「な、なんでもないです……」


 秋に指摘された雪穂はそう言ってから、慌てて浴室へと駆け込んでいった。



***<side 佐々木>***



 日曜の夜、家に帰って来た両親と雪穂、秋姉の皆でご飯を食べる。

 ここ数日は黒井にお世話になりっぱなしだったから、今日の夜だけは俺と秋姉の二人でご飯を用意した。

 そして、ご飯を食べ終えた後、俺は黒井を家まで送ることになった。


「黒井、ありがとな」

「ん? なんだよ急に」

「いや、飯とか洗濯物とかも手伝ってもらったし、課題も助けてもらったしさ。俺にして欲しいこととか何かないか?」


 実際のところ、俺は黒井にかなり助けられている。

 テスト勉強に始まり、球技大会の練習、そして今回の課題にご飯と、あげればキリがない。

 それだけに、黒井に俺も何か返してあげたいところだ。


「して欲しいことね、山ほどあるな」

「まじで? 俺に出来ることならやろうと思うけど……」

「でも、まだダメだな」


 黒井は目を閉じてそう言った。

 まだダメ? タイミングとかがあるのか?


「今はいいよ。学園祭の日が過ぎたら伝える。だから、今は学園祭に集中しろよ」

「分かった」


 黒井はやけに楽しそうにそう言った。

 学園祭の日か。もしかすると俺にとって一生忘れられない大事な日になるかもしれない日だ。

 黒井の言う通り、今はそっちに集中させてもらおう。


「一つ聞きたいんだが」

「なんだ?」


 黒井のアパートが見え始めた頃、俺は黒井に聞いておかなくてはならないことを問いかけることにした。


「黒井ってどういうラブストーリーが好きなんだ?」

「……は?」

「なんかあるだろ、王道が好きとかさぁ」

「なんでそんなこと言わなきゃいけないんだよ」

「別にいいじゃねーか」


 黒井は「いや、いいけど」と言いつつ、恥ずかしそうにそっぽを向く。

 まあ、気持ちは分かる。

 俺が黒井の立場だったら、言いにくいし。


「……白馬の王子様には憧れてた」

「白馬の王子様?」

「昔の話だぞ! まだ五歳とか六歳の頃は、そういうのに憧れてたんだよ……」


 顔を赤くしながらそう言う黒井。

 それにしても白馬の王子様か。

 ベッタベタだな。ベタすぎて、逆にそういう女の子ってもういないだろ。

 まあ、でも……。


「可愛いな」

「う、うっせえ! バカにすんな!!」


 褒めたつもりだったのに、何故か黒井は顔を赤くして怒ってしまった。

 何故だ。

 そうこうしている内に、黒井のアパートの前に着いた。


「送ってくれてありがとな」

「おう。またな」

「ああ、また」


 黒井の姿がアパートの中に消えるのを確認してから、アパートに背を向ける。


 それにしても、白馬の王子様ね……。

 まあ、何とかしてみせよう。


 決意を固め、家までの帰り道を急ぐ。空気は澄みきっており、空を見上げれば大きな満月が見えた。

 学園祭まで、あと六日。

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