第15話 修行編

 黒井とのバスケ特訓を始めてから早いもので一週間の時間が経過していた。


「目線でパスを出すっていうフェイクを入れるんだよ! 味方が周りにいると想定しろ! 気持ち悪い妄想は得意だろ」


「き、気持ち悪い妄想言うな! 高度なイメージトレーニングだ!」


 時に、過去の失態をいじられ、


「基本のフォームが固まるまでジャンプシュートは禁止だ! バスケ漫画の天才主人公でさえシュート練習は二万本やったんだぞ! お前もその半分の一万本くらいやってみせろ!!」


「漫画と現実を一緒にしてんじゃねえよ!」


「何言ってんだ。可愛い後輩があんまり目立たないお前のこと好きなんて現象もほぼ漫画だろーが」


「……くっ! 言い返せねぇ……」


 時に、鋭い指摘をされた。


 それでも俺の心が折れることはなく、厳しい修行を乗り越えて成長する姿に、あの黒井でさえも遂に感動の涙を……


「ちくしょう……。何度読んでも、この全国大会二回戦は泣いちまうよなぁ」


 あ、違うわ。

 これ、俺じゃなくてバスケ漫画読んで泣いてるわ。


「おい。人の指導サボって何漫画読んでんだよ」


「いや、ぶっちゃけ飽きた。だってお前ずっとシュート一人でうってんだもん」


「お前がやれって言ったんじゃねえか!!」


「あー、そうだったな」


 ケラケラと笑いながらベンチから立ち上がる黒井。


「ま、ここらで一回お前がどれだけ成長したか見てやるよ。かかって来い」


 そう言うと黒井が俺の前に立ちはだかる。

 口元はいつもの様に少しだけ緩んでいるが、視線は鋭く、俺の些細な動きも見逃さないという意志が伝わってきた。


 さて、どうするか。

 黒井から学んだことは二つ。フェイクを混ぜること、そして、シュート練習。

 ……あれ? ドリブルのコツとか学んでなくね? 普通に一対一で勝てる気しないんだが……。

 いや、ある。一つだけ、こいつを突破する方法がある!


 黒井の目の前でニヤリと笑ってから、シュートモーションに入る。

 これまでたくさんのシュート練習をして来た俺のシュートを黒井が無視できるはずもなく、黒井がその場で跳躍して俺のシュートを止めに来る。


 シュート×フェイク。


 黒井の踵が地面から離れた瞬間に、ドリブルに切り替える。


 抜いた!

 これで俺の勝ちだ!


「ま、そうだよな」


「な、なんだと!?」


 しかし、いつの間にか俺の目の前にフェイクに騙されたはずの黒井が姿を現し、そのまま俺のボールを弾いた。


「バ、バカな……お前はあの時騙されたはずだ!」


「騙されたフリだよ。そもそもあそこからシュート撃たれても十中八九入らない。だから、ドリブルの方を警戒するのは当たり前だろ」


 何と俺のフェイクを黒井は見破っていたらしい。

 完璧なフェイクだと思っていたが、やはりこの女ただものではない!


「まあ、むやみやたらにドリブルするんじゃなくて駆け引きをしようとしたところは良かった。球技大会レベルでそれが必要かどうかは分からないけど、そういう駆け引きが出来れば素人には割と楽に勝てるんじゃねーの」


「まじで!? 優勝できるか?」


「知らね。それよりちょっと飲み物買いに行こうぜ。今日は暑くて倒れちまいそうだ」


 黒井の言う通り、今日は快晴で日差しが直に肌を照り付けている。さっきまで日陰で休んでいた黒井の額にも汗がにじみ出ていた。


「なら、俺の飲み物飲むか?」


 そう言って、俺は黒井に水筒を差し出す。こんなこともあろうかと家でお茶を用意してきたのだ。


「お、ありがとよ」


 俺から水筒を受け取る黒井。直ぐにお茶を飲みだすかと思ったが、意外にも黒井は水筒を持ってから、しきりに水筒を振ったりしながら首を傾げるばかりで、何時まで経っても飲もうとしなかった。


「どうした? 早く飲めよ」


「いや、何か量少なくないか?」


「そりゃ、そうだろ。俺が半分くらい飲んでるんだから」


 そう言うと、黒井の表情がビシッと固まった。


「の、飲みかけってことか……?」


「ああ。ほら、早く飲めよ」


 飲むように促すが、黒井は固まったまま動かない。


「あ、もしかして俺が飲む分が無くなることを気にしてんのか? それなら大丈夫だ。お前が休んでる間にこまめに飲んでるから」


「ち、ちげーよ!」


「じゃあ、何で飲まないんだよ」


「だ、だって…………になるだろ」


 黒井はらしくもなくもじもじしながらそう言った。


「何になるって?」


「だ、だから! 間接キスになるだろ!」


 若干、顔を赤くしながら黒井が叫ぶ。


 か、間接キス……だと!?

 あの、甘酸っぱい青春の香りがすると話題の間接キスになる……!?

 た、確かに言われてみればそうだ。

 いや、だが待て……。


「な、なあ黒井。もしかして、お前ずっとそれを気にして恥ずかしがってたのか?」


 俺の言葉に反応して黒井の顔が赤くなる。


「う、うるせえ! 別に照れてねーよ!」


「なんか、お前そういうとこ結構可愛いよな」


「な!? くっ……あーもう! 飲み物買いに行くぞ!」


 黒井はそう言うと、俺に水筒を投げて公園の外に歩き出す。

 だが、歩き始めて直ぐにこちらを振り向く。


「何してんだよ。お前もついて来い」


「はーい」


 黒井に呼ばれて、俺も急いで黒井を追いかける。その場にボールを置き忘れたまま。

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