第14話 黒井のバスケ

「く、黒井! どうしてお前がここに……?」


「どうしてって、お前が暇なら来いって言ってたじゃねーか」


 そう言うと黒井はスタスタと小学生三人組の方に歩み寄る。


「な、何だよねーちゃん。あいつの仲間か? 言っとくけどもう勝負は終わったぞ」


「そうだな。あのバカの負けだ。だから、今度は私とあいつの二人対そっちの三人でやろうぜ。勿論ただとは言わない。私たちが負けたらお前らにアイスを奢ってやる。あのバカが」


「ア、アイスだと!?」

「金一、これは120%受けるべきです」

「受諾!」


 アイスという魅力的な言葉に小学生たちが色めきだす。


「ま、待て! 俺たちが負けた場合はどうなる?」


「ん-。そうだな。まあ、その時はどうなるだろうなぁ?」


 黒井がニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる。

 その笑みに小学生たちが一歩後ずさる。

 負けたら何をされるか分からない。その恐怖が彼らを縛っていた。


「ちなみに、アイスはハーゲンダ〇ツでもいいぞ」


 いや、俺の金!!


「金一! 受けましょう! 大丈夫です。相手は女とあの男の二人。人数もこっちが圧倒的に有利です!」

「有利!」

「そ、そうだよな! よし! 受けてやるぜその勝負!」


「よし。決まりだ」


 三人の返事を聞くと、黒井はニヤリとした笑みを浮かべてからボールを拾った。


 え……? 人の金で賭けしといて、何であんなに調子に乗ってるのあいつ……。


***



「オフェンスとディフェンスを交互にやって、先に二本シュートを決めた方の勝ち。それでいいな?」


「ああ。勿論だ」


「よし、それじゃ私たちが先攻だ」


 そう言うと黒井はボールをつきながらバスケットゴールから離れる。

 そんな黒井に俺は慌てて近寄る。


「おいおい! 黒〇もん! 大丈夫なのか? あいつらはお前が思う以上にチートだぞ!」


「某少年雑誌の野球漫画に出てきた主人公の猫型ロボットと同じ名前で呼ぶな。まあ、安心しろ。それよりお前、アリウープって出来るか?」


 アリウープと言うと、空中でパスを受け取り、そのままゴールを決める奴のことだろう。


「いや、無理」


「なら、いいや。とりあえずゴール下にいろ。私が飛べっていったら力いっぱい飛べ。ボールは私が持っていく。小学生相手に高さで負けるなよ」


 そう言うと黒井は俺から離れて、金一という小学生の前に立った。


 あ……! くっ。まあ、仕方ない。

 とにかく、黒井の言うことを信じるしかない。俺の財布のためにも!


 ゴール下に行くと、そこには金一という少年が待っていた。


「作戦会議は終わったか?」


「ああ、まあな」


 ニタニタと笑う金一と言う少年に返事を返す。


「あの女が何者か知らねえが、銅三には敵わねえよ。それに、銀二もいる。二人であの女のボールを刈り取ってそれで終わりだ。万が一、こっちにパスを出しても、お前如き俺一人で抑えられる」


 悔しいが、こいつの言う通りだ。

 黒井が仮にバスケ経験者だとしても、あのチート二人には勝てない……!!


「ほら、始まったみたいだぜ。さあ、あの女は何分持つか――なに!?」


 開始数秒後、黒井が片手を自分の胸元に持っていった直後だった。突然、黒井は胸元をちらつかせる。その仕草により、黒井の下着が見えかけ、黒井に最も近い位置にいた銅三という少年が固まる。

 その隙を突いて、黒井はあっさりと銅三を抜いた。


「くっ! 銅三の奴、何ボサッとしてやがる! 仕方ねぇ! 銀二、その女を止めろおおおお!!」


 金一の言葉に反応して銀二が動く。

 しかし、黒井のドリブル技術はかなりうまく、とてもではないが銀二という少年一人では抑えきれていないようだった。


「くそっ! 何なんだあの女!」


 俺にピッタリ張り付いてマークしていた金一の意識が黒井に向けられる。


「飛べ!!」


 その瞬間、黒井の声が響く。

 そして、その声に反応して俺は思い切って真上に飛ぶ。


「なっ!?」


 そして、ボールは来た。ジャンプした俺の手にすっぽりとボール収まり、そのまま高さで勝る俺がゴールを決めて、あっさりと一本を先取した。


「よし! ナイス!」


 シュートを決めた俺に黒井が片手を挙げて駆け寄って来る。


「お、おう」


 その黒井に合わせるようにおずおずと片手を挙げると、俺の手を黒井が思いっきり叩く。


「いっっ――!」


「次、守り切るぞ」


 黒井が楽しそうに笑う。

 

 まあ、こいつが楽しいならいいか。


 ジンジンと痺れる手を握りしめ、気合を入れる。


「お前は眼鏡をマークしろ」


「おいおい。一人で二人を相手にする気か?」


「まあ、任せろ」


 そう言う黒井の表情は頼もしいものだった。


「ちっ。先制されちまったか。まあ、いい。人数はこっちの方が有利なんだ! さっさと逆転してやる!!」


 ボールを持った金一という少年はそう言うと、ドリブルで黒井を抜きにかかる。

 だが、抜けない。

 前へ前へと進むことは出来ている。だが、黒井に誘導されるかのように金一という少年はゴールに近づけずにいた。


「金一! 銅三にパスを出すのです! そうすればゴールが決まる確率は67%ですよ!」


 俺がマークについている銀二という少年の言葉に反応し、金一がノーマークの銅三にチラリと視線を向ける。


「逃げるのか? 一番を名乗る割には大したことないんだな」


 しかし、黒井が放ったその一言により金一がパスを出すことは無くなった。


「舐めんじゃねえっっ!!」


 半ば強引に金一が黒井を抜きにかかる。だが、黒井もきっちりと抜かれないようにゴールまでのコースを潰している。


「くっ!」


 苦し紛れに金一がシュートを放つ。だが、フォームが乱れた状態で放ったシュートがゴールに入ることは無かった。


「さて、次のシュートが決まれば私たちの勝ちだな」


 てんてんと転がるボールを拾い、黒井がそう言う。

 そして、そこから黒井の一人舞台が始まった。俺へのパスやフェイクを織り交ぜながら簡単に銅三と銀二を抜き去ると、最後には金一を空中で躱しダブルクラッチを華麗に決めた。



「ちくしょう……! ちくしょう……!!」

「そ、そんな……私たちが負けるなんて……」

「敗北……!」



***



「ふー。久々にバスケしたけど楽しかったなぁ。で、お前はあれで良かったのかよ?」


 帰り道。

 スッキリした顔で黒井が俺に問いかける。


 あの後、黒井はあの三人に何をさせるかを俺に聞いて来た。


『じゃあ、今後俺とここで会ったらたまに練習に付き合ってくれ。今日は、このままお前らがここを使えよ』


 だから、俺はそう言って、その公園を後にした。


「ああ。最初に負けたらあそこを譲るって言って負けたのは俺だからな。その約束は守らねーとよ」


「相変わらずバカ正直だな」


「そういや、黒井ってバスケ上手いんだな」


「まあな。一応、中学時代は全国ベスト4まで行ったしな」


「まじで!?」


「まじ」


 黒井は顔色一つ変えずそう言った。


 こいつが嘘を付いているとも考えにくし、本当のことなのだろう。それなら、是非ともこいつに協力してもらおう。


「黒井! いや、黒井様! 俺にバスケを教えてください!!」


「いいよ」


 直ぐに返事を返す黒井。

 その返事に喜んでいると、黒井は二ッと笑みを浮かべてから人差し指を上に突き出して俺に見せる。


「ただし、一回の指導につき、ハーゲンダ〇ツ一つな」


「……高くね?」


「じゃなきゃ、やらない」


 悩みに悩んだ末、俺は黒井の提案を受け入れた。

 こうして、一か月後の球技大会に向けて、俺と黒井の熱血バスケ修業が幕を開けた。

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