二十八日目
「ハンカチ入れた……、財布のお金は十分……」
ブツブツと独り言を言いながら、ビジネスバッグの中に入れた荷物を確認する。よし、大丈夫だ。ドリンクを入れるスペースもある。
僕の頭は、明日のデートの準備で頭がいっぱいになっていた。今日は日中バイトを入れていたので、大慌てで支度している。
服装は用意した。僕の一張羅であるチャコールグレーのテーラードジャケット。いくらシックに決めようたってリクスーはない。
肝心のコースについても、下調べはバッチリだ。
駅の市制施行記念碑前で十一時半に待ち合わせ。合流したら、海の見えるオープンカフェでランチ。食べ終わったら海浜公園をぐるっと周って水族館へ行く。そこからアリーナ周辺を散策して、アウトレットパークでウィンドウショッピング。中央棟の二階には、彼女が好きなゆるキャラの専門店がある。あと、近くにはアミューズメント施設もあるから、時間が余れば寄ってもいい。そこからまたアリーナの方へ戻って、ベイホテルへ行く。展望台に上ってからレストランでディナーだ。レストランはこの手のお店ではリーズナブルな方で、僕と彼女の予算でも大丈夫だ。平日なだけあって、予約も簡単に取れた。
勉強はどうしたかって? 昨日、僕の志望先の過去問題を解いてみた。七割解けた。まだまだ安心はできないが、とりあえず合格圏には入っている。試験まではまだ一ヶ月ある。大丈夫だ。
(……よし。用意できることは用意した。今日は早めに寝て、明日に備えよう)
これ以上、余計な心配をしてもキリがない。僕は寝ることにした。時刻は十一時になろうとしている。デートをリードするには睡眠は不可欠だ。今日はバイトだから早く起きているし疲れているから、床に入ったらすぐ眠れるはずだ。
僕は寝自宅をパパッと終えて、布団に潜り込んだ。スマホのアラームと目覚まし時計は、七時にセットしてある。瞼を閉じて、じっと眠れるのを待つ。……
……
…………
………………眠れない。
僕には、こういうことがしばしばある。身体は疲れているのに。早く起きて寝不足なのに。どうしても眠れない。
(くそっ……。実家に帰ってから不規則な生活ばかりしていたからな。一日くらいじゃ、体内時計が再調整されてくれないのか)
時間を確認するために僕は、スマホを手に取った。時刻は十一時三十分。
(あと、明日の下調べをするために寝自宅の直前までずっとパソコンの画面を見ていたのもまずかったな。ブルーライトが覚醒を誘発している。……はっ!)
気づくと、僕は見たくもないのに延々と明日の天気やニュース、明日のデート場所について調べていた。ブルーライトのせいで目が醒めているというのに、ますます吸収してどうするんだ。
僕はスマホの電源ボタンを押して、枕元に置き直す。
(寝よう寝ようと思うから眠れないんだ。そうだ、連想しているといつの間にか眠りについていることが多い。とりとめのないことを考えよう)
……明日、どのタイミングでこの「嘘」を白状しようか。
真っ先に頭に浮かんだことがそれだった。どうしてこんな、何をどうやっても眠るためにリラックスした連想なんてできるはずがない、深刻なテーマを思い出しちゃうのか。
(……だが、逃げてはいけない問題だ)
僕はこの間、決意を固めた。彼女に必ず、僕の真意を打ち明けなくてはならない。これ以上先延ばしにすることはもうできない。明日、必ず伝えなくては。
ピロリン。スマホが通知音をあげた。僕は引き寄せて電源ボタンを押す。メッセージだった。
『もう寝たか?』
……どうやら、彼女も眠れないようだ。僕は『まだ』と返信を送った。
彼女のメッセージを見た僕は不安が、スッと溶けていくのを感じた。だけど、この感覚にこれ以上甘えるわけにはいけない。
『明日が楽しみで眠れないのか? ガキだなwww』
今の僕には、彼女と会うことを楽しみに眠れなくなる資格すらない。
明日はいろんな意味で、胸がざわつく一日になりそうだ。
「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと二日。
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