第十九話 ラストステージ
「それでは最終予選の通過者を番号で発表します。呼ばれたら、控室のほうへ移動してください。メイクの手直しをして、それから放映の本番に臨んでいただきます。生放送ですので、そこは頭に入れて行動してください。やり直しはできません。いいですね?」
「「「はいっ!」」」
固唾をのんで発表される名前を待つ。
「78番」
「はい」
諸星愛衣が最初に呼ばれ、控室へ向かった。
「15番」
「はいっ」
次はロック歌手の子。歌い上げるような声には新人とは思えない力強さがあった。
「28番」
「はい。ふふっ」
ロリロリの女の子。歌は正直どうかと思ったが、見た目の可愛さやSNSのフォロワー数、それに配信などのトークも考慮されているのかもしれない。
「55番」
「はい」
着物の子。演歌とポップを組み合わせたような感じの歌で、歌唱力は確かに高いものがあった。素人の僕でも上手いと思ったほどだ。
これで呼ばれたのは四人。
残るは一人だけ。
頼む、明莉の番号37番を。
どうか。
僕は必死で天に祈った。
「75番」
違った。
「なんだと!」
叔父さんが怒りの声を上げる。
「お静かに、抗議は受け付けませんよ。それと、もう一組、枠を広げるとプロデューサーから指示がありました。六組目は37番。それでラストです」
「やった!」
嬉しさに跳び上がって叔父さんと手を打ち合わせた。
「わ、私が、本当に最終予選だなんて……」
「当然だ。な、倉斗」
「そうだね。じゃ、明莉、もう行った方がいい」
ほかの子は控室に向かっている。
「明莉? ひょっとして月野明莉なの?」
別の赤いドレスの落選組が、声を上げた。
「え、ええ、そうですけど……」
「うわー、懐かしい。小学校以来だね。覚えてる? 私、紗英だよ」
「ああ、さっちゃん」
小学校の同級生か。思わぬ再会だな。
「明莉、積もる話はあとにしてもらえ。連絡先だけ、交換しておけばいい」
叔父さんが言う。
「あ、そうですね。じゃあ」
二人は携帯の連絡先を好感して、笑顔で手を振って別れた。
「事務所さんの付き人は打ち合わせをするので、バックヤードに集まってください。演出の最終確認です」
「行くぞ、倉斗」
「いいの?」
「当たり前だ。お前がマネージャーなんだからな」
「わかった」
演出の打ち合わせはスポットライトと背景色をどうするかで、それほど細かい部分は注文できなかったが、叔父さんが星空をテーマにしてくれと頼んだ。
「星空ですか。ビルの夜景みたいな?」
「「いやいや」」
僕と叔父さんは慌てて首と手を横に振る。そんなのは全然明莉のイメージには合わない。衣装だってファンタジーの妖精っぽくしてあるのだ。
「そうじゃなくて……、あれだ、何と言ったらいいか……」
叔父さんが言いよどんだので、僕が代わりに言ってやった。
「ファンタジーっぽく、お願いします」
「それだ!」
「ああ、ファンタジーね、了解です。じゃ、打ち合わせは以上です」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
これで、一安心かな。
「あっ、倉斗くん、実は……」
明莉がやってきた。
「明莉? どうかしたのか」
ステージ裏にやってきた明莉は、メイクを直してもらったようで前より綺麗になっている。
だが、その表情は沈んでいた。
「それが……」
緊張したのだろう。
「大丈夫だ。君ならできるよ」
僕は励ました。
「うん、そうだね。私……、歌わなくちゃいけないんだよね」
「まあ、もうテレビに映るのは確定してるんだから、気楽にね」
「はい……」
「新人アイドルは全員、集まってください。ステージの入りを確認します。本番まで十五分! てきぱきやりましょう!」
「「「はい!」」」
「じゃ、頑張って、明莉」
「うん」
走っていく明莉。
「やれやれ、ガチガチだな……」
叔父さんがため息をつく。
「無理もないよ。夢がかなってテレビ初出演だもの」
「そうだな。ま、テレビはデカい。顔が売れる。一回くらい失敗しても大目に見るさ」
「うん」
「ちょっと、マネージャーさん」
「うん? 君は……」
さっきの赤いドレス、明莉の同級生の子がここまで来ていた。
「ちょっとそこ! 落ちた人はさっさと帰って。本番の邪魔すると警察に突き出すぞ!」
「あー、すみませーん。すぐ帰りまーす。いいから、ちょっときて」
腕を引っ張られた。
「ええ? ちょっと」
「話があるんだってば。それも大事な」
大事と言われてもな。もしもアイドルの座を譲ってくれという話なら付き合えない。どうするか……、叔父さんの顔を見る。
「聞くだけ聞いてやれ。ただし、本番五分前までだ。いいな」
「「わかった」」
バックヤードから出て、廊下で話す。
「それで?」
「ごめん、あたし、余計な事、言っちゃったかも」
「んん?」
「明莉にだよ。あの子、可奈って幼なじみがいたんだけど、聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ」
可奈のために明莉はアイドルを目指した。しかし、その可奈はもう……、この世にはいない。
明莉はそれを知らなくてもいい、はずだ。
こうしてアイドルとして努力してきたのだ。そのすべてが水の泡では誰も報われない。
「あの子、知らなかったようだけど、私、知ってたんだよね。可奈ちゃんの手術が失敗したって」
「え? まさか、それを?」
明莉に話してしまったのか。
「うん……。可奈ちゃんの話が出たから、明莉も知ってるのかと思って。でも、そしたら目に見えて明莉は落ち込んじゃって。悪い事したなって。だから、マネージャーさん、励ましてあげて」
「わかった。教えてくれてありがとう」
正直、困ってしまう話だが、報せてくれないよりは良かった。
そうか、だから、明莉はあんなに硬い表情になっていたのか。
失敗した。僕のせいだ。
こんなことなら、もっと早く、彼女に打ち明けておくべきだった。よりによって本番十五分前にだなんて。
戻ると、明莉がいた。
「明莉!」
「うん」
「すまない。さっき、聞いたよ。可奈ちゃんのこと。実は僕も知ってたんだ。ごめん!」
「ううん、いいの。本番前だから、私が動揺しないようにって、思ったんだよね」
うなずくしかない。
「うん。でも、いいの。私、歌う理由がなくなったかと思ったけど、あなたがいれば。倉斗くんも今日まで一緒に頑張ってくれてたし」
「……それは気にしなくてもいい」
「でも」
「いいんだ」
やっぱり、こういうのはよくない気がした。
明莉は僕のことを考えて歌い続けようとしている。
自分の目的を失ってしまったというのに。また他人のために。
「明莉、君は、どうしたい?」
「私はあなたのためだけに歌いたい、かな」
「じゃあ、アイドルを続ける?」
彼女は首を振った。
「それは……」
どういう意味なのか。
「だから、あなたと月野明莉はもうここで終わりなんです」
明莉がはっきりと言う。
つまり、引退か……。そして僕だけを選ぶということだ。
重大なことを話しているというのに、彼女の表情はとても幸せそうで、晴れやかだった。
とてもこれから一人のアイドルを世界から消し去ってしまおうという深刻さはどこにもない。
だからこそ、僕は恐ろしかった。
「……やめろ。そんな事をしたら、今まで明莉のことを想って応援してくれた人達は、どうなる」
僕は震える声を絞り出す。それだけは、やっちゃいけない。
「はい。怒ったり悲しんだりする人もいるかもしれません。でも、それは永遠なんかじゃありませんよ。人はいつか死ぬんですから。アイドルだって同じです」
確かにそれはそうだ。人間の命は永遠などではない。アイドルの命はさらに短く儚い。彼女達は彗星の如く地上に現れ、必ずいつかは消えていく。
だが、それは人気を失ったり時代の流れによってなされるべきものだ。
決して、誰かの私心で、だまし討ちで無理矢理に刺し殺すようなことがあっていいわけがない。
「月野明莉の代わりはいくらでもいるんですよ?」
「そんなわけは無い! 少なくとも僕にとっては月野明莉が最高のアイドルなんだ。人生で初めて憧れたアイドルなんだ。それを君は……」
僕のために捨てるというのか。
「月野さん、本番、スタンバイお願いします!」
「もうそろそろ時間ですね。あなたはそこで見ていて下さい。月野明莉の最後のステージを」
明莉は微笑むと、マイクなのだろう、その短剣を持ってステージの明るみへと走っていく。
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