第十八話 羨望の星


 気になってそちらを見ると、一人のアイドルがお付きを連れて会場に入ってきたところだった。

 見覚えがある。


「彼女は確か……」


「ブラックスター・プロダクションの諸星愛衣だ」


 叔父さんが苦々しく言った。


「ああ……」


 服装が違っているので気づかなかったが、街頭テレビで派手なPVを見せていた彼女だった。


「PVすごいですね! 見ましたよ」


「あのっ、愛衣さん、サインをもらえますか」


 ほかのアイドルに囲まれ、人気の高さがうかがえる。

 だが、諸星はニコリともせず冷たい声で言った。


「PVの感想はありがとう。でも、サインはお断りするわ。ここはサイン会場でもなければ、あなたたちは私のファンでもないはずよ。オーディションを受けに来ているのなら、もっと自分のことに集中したらどうかしら」


 正論だ。彼女はそれだけプロ意識を持っているのだろう。ちょっと愛想がない印象だけど。


「フン、チヤホヤされてるんだからサインのひとつくらいしてやればいいのに、愛想のない女だ。明莉、芸能界は挨拶が大切だ。ああいうふうにはなるなよ?」


「は、はい」


 叔父さんが明莉に教えるように言う。ほとんど諸星への当てつけっぽいけど、間違っているわけでもない。

 すると、諸星がこちらを見るなり、こちらにつかつかと歩いてやってくる。その間に立ちふさがっていたアイドルたちが一斉に左右によけて道を開けた。


「むむ」


 さっきのが聞こえたのか? だが、悪口というほどでもないし、ほかの事務所の人間が何を言うかなんて気にすることじゃないと思うのだけれど。

 諸星は叔父さんの前に立つと、ニコリと笑って一礼した。


「お久しぶりです、浦間さん」


「お、おう、久しぶりだな。PV、派手にやっているようじゃないか、愛衣ちゃん」


 なんだ知り合いかよ。尋常でないライバル心を叔父さんが燃やしていたがそのせいなのか?


「ええ。あれだけ反対していたくせに、お母さんったら手をまわしてくれたみたいで。ところで、その子が浦間プロダクションの新人ですか?」


「そうだ。月野明莉、ま、これから会うこともあるだろうし、仲良くしてやってくれ」


「よろしく」


「ど、どうも」


「浦間さん、私を裏切ってその子をアイドルにしたいみたいですけど、今日は私が優勝しますのでそのつもりで」


「別に裏切ってなんかいないだろう。人聞きの悪いことを言わないでくれ」


「あら、私がアイドルになりたいって言ったときの約束、忘れたとは言わせませんよ」


「忘れちゃいないが、それは君が小学校の頃の約束だろう。こっちは本気でアイドルを目指すなんて思っていなかったし、君がもう少し大きくなったらという条件もつけていたはずだ」


「ええ。大きくなりましたけど」


「だが、君のお母さんは賛成しなかった。これも言ったと思うが、うちはご両親の賛成がある子しか取らない方針なんだ。悪く思わないでくれ」


「お母さんを説得してくれればよかったのに。ところであなた」


「え? 僕?」


「そうよ。マネージャーでしょ、あなた。アイドルが汗をかいているっていうのに、ハンカチも渡さず、水分補給もさせないなんて、なってないわ」


「あ、ああ」


 言われてみればその通りだ。すっかりステージの合否に気を取られすぎていたな。


「明莉、ごめん。ほら、ハンカチ。使っていないきれいなヤツだから」


「ありがとう」


「ミネラルウォーターもすぐ、買ってくるよ」


「うん」


「では、これから私も出番ですから、失礼します」


「ああ。やれやれ、母親に似てやり手の感じだなぁ。オレはああいうタイプは苦手だ」


「叔父さん、彼女の母親も知ってるの?」


「知らないでか。業界の大物だぞ。お前も名前くらいは聞いてるだろう。大柳晴奈だよ」


「えっ、ああ……」


 数々の映画に出演している大女優だ。


「ほれ、ミネラルウォーターだ、オレの分も持ってこい」


「了解」


 自販機でミネラルウォーターを買って戻り、しばらく三人で雑談しながらステージを見ていると、いよいよ諸星愛衣の出番になったようだ。


「うわ、バックダンサー付きかよ。なんかズルいな」


「確かにな。だが、これは放映前のリハーサルも兼ねているんだ。本番とまったく同じ条件でやるのは基本だからな」


 叔父さんの言葉に心配になり明莉に聞く。


「明莉は本番通りにやった?」


「はい、本番でも同じように歌って踊るつもりです」


「そうだな。優勝で放映でも奇をてらう必要はない。今までしっかりやってきた練習の成果をテレビの前のファンに見せるだけだ」


「はい!」


 力強い返事だ。

 ステージ上ではキレの良い動きで諸星愛衣が歌と踊りを披露していた。スポットライトの担当者とも事前に打ち合わせをやっていた様子で、青や赤と派手に色を変えている。バックには蝶の映像も映し出されてPVさながらだ。


「明莉のステージも、途中、イエローかグリーンを使って、きらめきくらいは入れたいな。よし、ちょっと話してくる」


 叔父さんは本番を確信しているのか、担当者に掛け合いに行った。


「すごい……。動きもそろってて、しかも歌が上手い。私なんて……」


 明莉が諸星愛衣のステージに圧倒されたようで、いじけたようにうつむく。


「大丈夫だ、明莉。可愛さなら全然負けてないし。それに諸星愛衣は表情が少し硬いよ」


 僕はそれを指摘する。

 前回のPVでも動きは完璧だったが、ここでもう一度見て気づいたことがあった。

 諸星愛衣は笑顔を全然見せていない。曲の雰囲気に合わせているのかもしれないが、あれではファンが付きにくいのではないか、と思える。

 決めポーズとともに曲が止まり、諸星愛衣のステージが終わった。

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