第十六話 可奈
翌日、スマホに着信があり、僕が運用している公式アカウントにメールが届いた。最初は何か雑誌のインタビューの申し込みかなと思った。だが、どうやら相手は個人のようだ。アカウント名は里央なのに、一行目には『可奈より』となっている。イタズラかと思ったが、『可奈』という名前に引っかかりを覚えて、僕は少し考える。可奈って誰だっけ。
「あっ! 明莉の友達の子の名前か」
思い出した。明莉が小学校の頃に友達だった子だ。人見知りの明莉が唯一親しくしていた子で、明莉の話では心臓に問題があり入院しがちだったという。彼女は手術のため渡米し、手術自体は成功したけれど、その後は転校して会えなくなっていた。明莉はアイドルを目指してまで、その子に会いたいと願っていたのだ。
良かった。
明莉の作戦は、正直なところ微妙だと僕は思っていた。小学生の頃にアイドル好きだった子が今もアイドルが好きとは限らないから。転校してから連絡がないのも、可奈ちゃんにとっては疎遠になったからではと思っていた。小学校の頃に仲が良かったとしても、中学高校が別々になって住所も違えば、それまで通りの関係とはいかない。ああそんなヤツもいたな、という程度の認識だろう。もちろん、久しぶりに会えば話も弾むだろうし、明莉も喜ぶに違いない。アイドルを目指していると聞いて、可奈ちゃんがドン引きしなきゃいいけど。
僕は照れくさそうにする明莉とからかう意地悪な可奈ちゃんを想像して思わず苦笑してしまった。ともかく、可奈が話したがっているのなら、時間を取って場所をセッティングしてやろう。これってなんだか本当のマネージャーのようだ。誰かのために縁の下の力持ちをやるのは僕の性に合っているのかもしれない。その証拠に、このバイトがなんだか楽しくなってきた。
メールの続きを見ると、写真画像も添付されていた。病室のベッドで可奈ちゃんらしき女の子が笑顔で明莉と一緒に写っていた。小学校名に続いて『大事な話があります。会ってくれますか?』と書いてある。僕はこのメールをそのまま明莉のスマホへ転送してやろうかと思ったが、『マネージャーさん
どういうことだ?
可奈ちゃんにとってはマネージャーの僕なんて今まで会ったこともないし、僕と二人だけで話すようなことがあるとは思えない。
「うーん、ちょっと叔父さんに相談してみるか」
マネージャーの素人としては、勝手にセッティングして取り返しの付かない失敗をやらかしても困る。アイドルの仕事に関わりそうなことは叔父さんに相談すべきだし、叔父さんもわからないことは何でも聞いてくれと言っていたからな。
なので僕は叔父さんに電話をかけてみた。
「叔父さん、倉斗だけど、今、話せる?」
「いいぞ。何だ?」
「明莉の小学校の頃の友達、可奈ちゃんって子がいたでしょ。覚えてるかな?」
「ああ。明莉から何度か聞いたからな。ちゃんと覚えてるぞ。明莉をアイドルへと導いてくれた、オレにとっては、まさに天使みたいな子だよ」
「うん。その子からさっきダイレクトメールで連絡が来たんだ」
「おお。そいつは良かった。明莉も喜んでただろう」
「あー、いや、そうじゃないよ。彼女にはまだ話してない」
「なに? どういうことだ。お前が先に彼女から連絡を受けたっていうのか?」
「そうだよ。僕の、公式アカウントのほうだけど」
「公式アカウント? 妙だな。まあ、小学校の頃の友達なら、今の明莉の連絡先を知らなくても無理ないか」
「そう、だね」
家の電話番号くらいと思ったが、小学校の子が相手の家の電話番号を知っているとは限らない。小学生でスマホを持ってる子なんてまずいないだろうし。クラスで使うメールアドレスがあったとしても、今でも使える状態のままとは限らない。
「倉斗、念のため、そのメールの送り主の素性はしっかり調べておけよ。よくあるんだ、友達の名前を騙ってファンがなりすましで個人的な連絡を取り合おうとしたり、会おうとしたりな」
「うえ、ひょっとしてそれか……?」
「どういうことだ? 何かメールに不審な点があるのか?」
「送り主のアカウント名が『里央』で可奈ちゃんの名前とは違うんだよ。それに……」
スクロールさせてその『里央』のアカウントを見たが、ビールと枝豆の写真がアップされていたり、合コンに行ってくるというコメントだったりと、中身が親父臭い。どう見てもこれは僕らと同い年の高校生ではないだろう。
「あー、叔父さん、これは本人じゃないね」
「じゃあ、無視しとけ」
「いや、でも、明莉と可奈ちゃんが一緒にいる写真も送ってきてるんだ。ちょっと気になるし、向こうはマネージャーと会いたいっていうから、会ってみようかと思うんだけど」
「うーむ、あまり気が進まんが……まあいいだろう。男のお前が会うくらいなら、問題は無いはずだ。だが、何があっても明莉の連絡番号は死守しろよ。スマホの連絡帳はパスワードでロックしておけ」
「了解」
「それから、その写真をネタに金を強請ってきても、全部拒否だ。最近は合成もあるからな」
「なるほど、そういうこともあるんだね」
「ま、見えないところじゃ芸能界も色々あるからな。じゃ、何かあればまた連絡しろ」
「了解」
検索でやり方を見ながら、連絡帳に鍵をかけた。これで万が一スマホを奪われても、僕が口を割らない限りは明莉の連絡先が守れる。拷問されたらあんまり自信がないけど。
うーん……可奈と連絡を取るの、やめようかなぁ……叔父さんも気が進まないと言っていたし。
ただ……明莉と可奈の笑ってるツーショットの写真。この友情が再び交わるのだとしたら――。明莉の念願が叶うのだとしたら――。
やはりここで動かないという選択肢はないのだ。
僕が明莉の代わりに、本物かどうかを見極めてやるとしよう。
もしも合成写真や不正入手の写真なら文句を言ってやる。
決意を固めた僕は、メールに記された番号に電話をかけてみた。
「はい。誰?」
そう言って電話に出た彼女は、声がやや低いけれど間違いなく女性だった。
「オホン、ワタクシは浦間プロダクション所属のマネージャー、黒子倉斗ですが、明莉さんのメールの件でお話をと思いまして」
「ああ、明莉のマネージャーか。良かった。かけてこないかと思ってたよ」
「それで……あなたは可奈さんではないですよね?」
「そうだよ。私は村上里央。字はムラの村長の上に里央のリは里帰りの――ああ、名前はメールを見たなら説明はいらないか」
「そうですね」
「ま、アンタ達に渡したいモノもあるから、直接会って話そう。ここの店でどうだ?」
里央『BARユートピア』
バーなんて未成年が入るような場所では無いし、モノとやらもなんだか渡されたくない気分なのだが、これも明莉のためだ。本人が会って話を聞きたいなんて言い出したらまずいし。
僕はマップのマークを目指して出かけた。
『BARユートピア』は駅の裏手のわりと分かりやすい場所のビル内にあった。看板も出ていて、雰囲気も悪くない。
「つきました」
「カウンターの端で飲んでる黒いTシャツがあたしだよ。ああいたいた」
こちらに手を振ってくる三十代くらいの女性。村上里央だ。ちょっと不良っぽい印象だが、黒髪のストレートなので大丈夫だろう。まだ安心はできないけれど。
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