(4)

「それは……僕は明莉のマネージャーだからだよ」


「嘘。正直に答えて。倉斗くんは浦間さんが忙しいから手伝ってもらっただけで、最初は乗り気じゃなかったって聞きました」


「確かにね。君と出会うまで――あの最初の星空のステージまではそうだった」


「それは、私のファンとして?」


「それもある」


「……そ、それ以外の理由は?」


 僕が明莉を熱心に手助けしている理由。

 それは彼女が一生懸命に頑張る姿を応援したくなったからだろうか? それもあるだろう。

 だけど――クラスメイトの女子が僕の知らない秘密を持っていて、それに驚いたからか。

 いいや、そんな理由でもなさそうだ。

 結局のところ、認めるしかないだろう。

 明莉の可愛さに惚れてしまったのだと。顔の良さとか、そんなことではなく、控えめで健気な彼女の態度や生きざま、彼女の他人を思いやる心に、僕はどうしようもなく惹きつけられている。

 僕がなかなか答えないにもかかわらず、明莉はじっとこちらを見上げたまま答えを待っていた。

 今気が付いたが、二人の顔の距離がやけに近い。明莉を助けようとして抱き寄せたままだった。瞳に映る光景さえ僕には見えている。

 その彼女の瞳に映った花火の輝きは、微かに揺れていた。お互い、見つめ合って時間が止まる。

 どうして明莉はこんなにも可愛いのだろう。優しそうな瞳に、小さく整った鼻、あどけない唇。このまま抱きしめて彼女のすべてを奪い、滅茶苦茶にしてやりたくなる。

 だけど、それはできない。

 僕を信頼して二人きりで側にいてくれる彼女を裏切ることになる。

 もし、彼女がみんなのアイドルではなく、僕がマネージャーのアルバイトでなかったなら――ここで彼女に好きだと言って、抱きしめられたのかもしれない。それがどうしようもなく理不尽で、悔しかった。

 未練がましく僕は彼女の頬へ手を伸ばした。


「ん……」


 明莉は自分の手を僕の手の甲へそっと添えるように重ねた。それは受け入れてくれているように見えた。それどころか彼女は目を閉じると、自分から僕の手に頬をこすりつけてくる。気持ちよさそうに。

 限界だった。


「明莉!」


「あっ、倉斗くん、そ、それはダメ――」


 拒否する言葉を言おうとした明莉だったが、その前に僕は彼女を乱暴に引き寄せ、唇を奪っていた。

 身をこわばらせ、息をのむ彼女。だが、抵抗もしておらず、そのまま明莉は僕とのキスを続けていた。

 やはり明莉は嫌がっていない。

 僕との関係を。

 それが僕には無性に嬉しくて、自分が明莉にとって大切な人間であることを確信できた。

 この腕から伝わってくる彼女のぬくもり。

 大切なものをこの腕の中につかんでいるという喜び。お互いがそれを望んでいるという実感。

 満ち足りた幸せが僕らを包んでいた。

 それからどれだけの時間が経ったのか――

 少し息苦しくなってきたので、僕は明莉から唇を離してキスを終わらせた。


「ごめん」


 冷静になってきたが、とんでもないことをしてしまった。

 告白もまだの相手に、同意も求めずにいきなり強引なキスとか。下手したら、僕は犯罪者だ。


「ううん、いいの。私も望んでいたことだから。倉斗くんが私を好きでいてくれるとわかって、なんだかほっとした。えっと……あの、私のことを好きなんだよね?」


「当たり前だろ」


 好きでもないのにキスなんてするわけがない。


「ふふっ、良かった。じゃあ……これは二人だけの秘密、だね」


 笑いをこらえながら、明莉はイタズラっ子の目で言う。


「そうだな」


 僕は肩をすくめて言う。叔父さんにバレたら、一発殴られそうだし。マネージャーとして守るべきアイドルに手を付けてしまったのだ。

 許されるはずがない。


「誰も見てなかったよね?」


 明莉が周りを見回して心配するが。


「大丈夫、みんな花火を見てるよ。それに下は暗いから何をしてたかまではわからないさ」


「うん、そうだね。じゃあ……手、つなごっか」


「ああ」


 僕は明莉の手を握る。だが、すぐに彼女がその手を振り払ってきた。


「んん?」


「そうじゃないよ、倉斗くん。こういうときは恋人同士がやる握り方でしょ?」


「ああ、あれか」


 恋人なんていたことがない僕でもそれくらいは知っていた。ちょっと普通はできそうにない、大人の握り方だ。

 僕と明莉は指を相手の指に交互に絡ませ、恋人握りのままで空を見上げた。

 赤、橙、黄色、青、紫。

 夜空に打ち上げられる花火は間を置かずに次々と花開く。

 明滅する幻想的な花火は僕がそれまで見たどの花火よりも鮮やかで、きれいに見えた。

 きっと僕らの恋の始まりを祝福してくれているのだ。

 僕は明莉を見る。彼女もすぐに気づいて微笑み返してくれた。それが堪らなく嬉しい。

 また花火が上がる。

 いつまでも、いつまでも――

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