(2)

 翌朝、僕と明莉は早めに朝ご飯を済ませ、紹介してもらったバレエ教室に向かった。


「そう、へえ、明莉ちゃんはアイドルを目指してるの。なんだかいいわねえ。簡単なステップなら私も教えてあげられるから、わからないことがあったらなんでも聞いてね」


「ありがとうございます」


 親切そうな先生で助かった。


「じゃ、さっそく練習だ!」


 ミカが気合を入れて教えてくれたが、彼女のステップは基本的にロックでキレがあって格好いいのだけれど、これを明莉のバラードでやるのは合っていない気がする。


「明莉ちゃん、あなたの曲ってどういう感じなの?」


 バレエの先生もそれが気になった様子だ。


「これです」


 僕が録音してある曲を再生した。


「ああ、これなら、もっと可愛らしくて柔らかいステップにしないと」


「ええ? 格好いいヤツでいいだろ」


「「ダメダメ」」


 僕と先生でダメ出しして、別のステップを教わることにした。

 明莉がステップを教わる間、僕は練習の見返し用にカメラで録画したり、ほかのアイドルがどういう振り付けをやっているのか、動画を検索していろいろと調べた。


「こんなのはどうですかね」


「あら、可愛いわ。これにしましょ。手の角度だけ少し変えて」


「はい」


 アイドルのコーチではないけれど、バレエの先生も踊りにかけては専門だ。いい感じにアレンジして教えてくれた。


「じゃ、最初から通して行くわよ。はい、ワン、ツー、スリー! ワン、ツー、スリー!」


 左右への横の動きで簡単なステップから、途中で素早いクイックの変化が入り、方向を変えて前後に動く。そしてすぐまた左右へ。きれいなリズムを保ったループが完成する。

 だけど、これってよく考えたらスタンドマイクだと踊れないな。叔父さんに最終予選のステージがハンドマイクかどうかを確認しないと。


「だけど、このステップって……」


 僕は顔に汗をにじませながら振り付けを踊る明莉の姿を目で追う。あの最初に彼女が歌っていた砂浜でのステージ、曲はまったく一緒なはずなのに受ける印象がまるで違っていた。リズムに合わせてステップを踏む小柄な明莉が、流れるほど軽やかに見えて目が離せなくなる。あたかも羽を持つ妖精のようだった。


「はい、ターン! うん、なかなか良いわね」


「いやいや、明莉、やっぱキレがなさ過ぎだろ。ちょっとあたしが踊ってやるから見てな」  


「はい」


 ミカが同じ曲でステップを踏む。だが、彼女は力強く、素早く動いて、ステップの幅も大きく二倍近くになっているので、激しく情熱的だ。これはこれで上手いとは思うのだが……僕にはつたなくとも明莉のステップのほうが良い印象を受けた。


「どうだ!」


「すごい……」


 明莉も両手を口に当てて目を丸くする。


「うーん、でも、この曲はやっぱり柔らかいバラードだから、ミカちゃんのダイナミックな動きってなんだか合わないわね」


「ええっ? 合わないって、タイミングも動きもバッチリだったろ」


「そうねぇ……タイミングはそうだけど……マネージャーくんはどう思う?」


 先生も少し迷ったように聞いてくる。僕には振り付けの専門ではないのだから、技術的な優劣はわからない。だけど、僕が一ファンとしてステージの観客席から見ていたなら、という感想は言えると思った。


「僕も、柔らかいステップのほうがこの曲には合っている気がします。見ていて、最初の明莉のほうがしっくりくるというか。心に響きます」


「それよ! 踊りはテクニックだけじゃないわ。見てる人の心に響かなきゃ。曲の雰囲気に合わせて踊らないと、やっぱり歌の振り付けとしてはダメね」


「ぐっ……おい、倉斗。お前、明莉と仲がいいからってえこひいきしただろ!」


 ミカが僕をビシッと糾弾するように指さしてくる。


「ええ? いやいや、そういうことじゃない……はず」


 僕は自分の好き嫌いの好みで評価を変えたのかと自信がなくなってきた。


「ミカちゃん、明莉ちゃんよりあなたと親しい私から見ても、そんな感じだから諦めなさい。あなたの感性、感じ方はロック寄りなのよ」


「そりゃあ当たり前だろ。ロッカーがロックに寄ってるのは当たり前だぜ!」


「明莉ちゃんのファンはロッカーは求めてないでしょうね。見た目がリリカルで、歌う曲も幻想的なバラードなんだし」


「ああ……ま、明莉のファンはそうかもな。わかったよ。じゃあ、明莉は明莉のステップでやらなきゃな。余計な口を挟んで悪かった、明莉」


「いえ、でも、とても参考になりました。曲の雰囲気に合わせたままで、もうちょっとキレが出せないか試してみようと思います」


「いいわねぇ、その姿勢。でも、明莉ちゃん、覚えておいて。技術ももちろんだけど、最後に人を心をつかむのはその人の個性、オリジナリティーなの。だから、他人と違う部分を持たなきゃプロとしてやっていけないわ。誰もが同じステップなら、上手くて顔の良いほうに客が移り気しちゃうし」


「そうそう、そりゃあ客が多いほうが良いけどさ、あたしは誰かの真似なんてしたくないね。だって、自分のこれだ!って信じる最高のものを見せるのがプロってもんだろ。まがい物じゃない、本物の魂ってヤツをさ」


「なるほど、個性と魂ですか……」


 考え込んだ明莉だが、あまり悩まないようにあとで言っておくかな。大事なことだとは思うが、すぐに答えが出るようなわかりやすい話でもないのだ。


「それは明莉ちゃんのこれからの課題ね。すぐでなくてもいいの。自分の方向性をどこに求め、どこを目指していくか、迷ったときに立ち止まって考えるくらいでいいわ。それより、今はステップの練習よ。次のステージでお客さんに良いところ見せてあげないと」


「はいっ!」


「あたしも、よーし、やる気が出て来たぁ!」


 やる気に満ちあふれた熱気、それが僕にも直に伝わってくる。

 プロ意識を持っている人との交流は明莉にとってとても良い効果がありそうだ。このバレエ教室に来てよかったな。紹介してくれたミカとも知り合えて良かった。

 僕はこれからの明莉の成長がなんだか楽しみで仕方がなくなってきた。

 だけど……そう、成長するのは明莉だけじゃダメなんだ。

 僕もマネージャーとして何かできないか、考えてやらないと。

 明莉のために。

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