第九話 ラップ、ダンス、それはヒートアップ!(1)

 新宿ブラックサバトの客は明莉のパフォーマンスに我慢ができなくなってしまったようだ。それも仕方ない。ここは激しく歌い、激しく踊る、そういう場所。

 バラードで優しく切なく歌い上げる可愛いアイドルはやはり合っていないのだ。


 僕が叔父さんに抗議してでも止めるべきだったか? だが、もうステージは開演中なのだ。今さら、ここで引っ込むわけにもいかないだろう。

 ここには審査を兼ねてテレビスタッフが訪れているはずだった。ブーイングも良くはないが、最後までやりきらずに引っ込んでしまうのは最悪だ。誰が審査員でも良い評価をしないだろうし、それをやってしまったら即不合格になる可能性が高い。

 

「ほら、ビートだ。演奏の調子を変えてやりなよ」


 ミカがバックバンドの演奏者達に向かって言った。


「よし、ロックに変えるぞ」


 ギターが大きく伸ばす和音を入れたあと、音のテンポを速めてロック調に変えてきた。ドラムも連打で爆音になる。観客が待ってましたとばかりに口笛を吹いて歓迎したが、明莉のほうはどう歌っていいのかわからなかったようで、そのまま黙り込んでしまった。


「明莉、適当でいいから歌いな。ロックはビートさえ合ってりゃいいんだよ」


 ミカが言う。


「でも」


 練習なしでは難しいのだろう。バックバンドの人たちはベテランで経験もあるのだろうが、こっちは新人だからな。


「おい、歌えよ!」「そうだ、歌えー」


 観客席からヤジが飛ぶ。だが、明莉はその声に委縮してしまい、ますます歌えなくなってしまった。


「おい、倉斗、お前、マネージャーなんだろ。なんとかしてやれよ」


「そういわれても」


 だが、泣きそうになっている明莉を放ってはおけない。


「マイク、借ります」


 僕は舞台の端に置かれていたマイクを拾って、スイッチを入れる。あの「ぼえーぼえー」という声でもここの観客は喜んでいたのだ。声質とか、音程とか、そんなものは気にするな。

 僕はスポットライトに照らされたステージへ足を踏み入れた。


 まぶしい。これがステージか。

 下から見るのと、実際に立つのでは雰囲気がまるで違っていた。

 スポットライトのせいなのか、足元はほとんど見えず、怖い。

 それでも――


「星空の下、あなただけを信じて、ぼえー」


 僕が歌ってみたが――うん、よく考えたら僕は音痴でカラオケが苦手だった。音程も全然合っていないし、ボイストレーニングも脇で聞いていただけで、僕は何も練習していない素人だった。歌詞も覚えていない。

 一瞬静まり返った観客席から、さらなる怒りの声が上がった。


「おい、男はいらねえぞ!」「この下手くそ!」「魂が全然こもってねえぞ! それでデスボイスのつもりか!」


 引っ込みたくなり、舞台袖を見ると、ミカが拳を振り上げ怒りの顔で「いいからやれ」と口パクしている。

 仕方ない、もう滅茶苦茶にしてしまったのだ。明莉にはあとで土下座するとして、今は最後までやり切ってしまおう。


「YO! YO! 男が歌って何が悪い、よくあるデュエット、広い心で聴いてくれ」


「なんでそこでラップなんだよ!」「韻が踏めてねえぞ!」「リズムも合ってねえ!」


 だって、ロックはビートだけでいいって言ったじゃん~。


「星空の下、あなただけを信じて、私信じて、共に歩きたい」


 明莉がラップ調で僕に合わせて歌ってくれたが、彼女のほうがリズムがいいな。

 

 

「倉斗、それをそのまま繰り返せ、エコーだ!」


 ミカが指示してきた。僕はうなずき、明莉が歌ったフレーズをそのままコピーする。

 

「星空の下、あなただけを信じて、私信じて、共に歩きたい」



 恋の顔見た 高らかに歌え 君へ 遠く会う日みたいに  

 時は流れ  鮮やかに彩れ 胸へ 思い出をつなぎたい

 追いかけろ 泣きながらでも 夢へ その笑顔を守るため

 二人がいれば どんな時でも 光輝く 月明かりの中で

 解き放て ささやかな歌を 明日へ 羽ばたくために



 バックバンドのギターの人がラップで歌い、ベースの人もコーラスを入れてくれた。 

 観客もリズムを取り戻し、ブーイングやヤジも消えている。

 最後に曲が終わったとき、歓声と口笛が沸き上がった。

 

「やるじゃねえか」「いいぞ!」


 良かった……。

 安堵して僕は明莉と笑顔を交わす。

 観客とバックバンドの人に一礼してお礼の意を伝え、舞台袖に下がった。心配して様子を見てくれていたミカがミネラルウォーターを持って駆け寄ってくる。


「お疲れ。ったく一時はどうなるかと思ったよ」


「私、もうダメかと思いました」


「僕も」


 気づけばどっと汗が出ていた。ペットボトルを開け、水を飲む。最高の気分だ。二度とやりたくはないけど。

 明莉はこんなステージを何度もこなすつもりでいるのだ。素直にすごいと思った。


「歌はいいと思うぜ。お前はダメダメだったがな」


「僕は歌手じゃないんだよ」


「歌ってたじゃないか」


「あれは特別に、飛び入りの助っ人だからね」


「そうか。だけどさ、明莉、ステージでずっとあんな同じステップじゃ観客は飽きるぞ。もうちょっとパターンを増やしたほうがいい」


「そうですね……考えてみます」


「なんなら、あたしが教えてやるぞ」


「本当ですか」


「ああ。ま、バイトがあるときはダメだけど。それ以外なら」


「ありがとうございます。ぜひ」


 明莉はステップを学びたいようだ。

 それなら叔父さんに言ってみれば……と思ったが、ステップの先生が今ついていないからには、予算の関係か適当な人物がいなかったのだろう。ボイストレーニングも学校の先生に手伝ってもらっているくらいだからなぁ。ちゃんとしてほしいが、一億円の借金があればどうにもならないか。

 

「じゃ、連絡先交換しようぜ」


 ミカと連絡先を交換した。彼女も学校は違うが、僕らと同じで高校生だという。もっと年上に見えたが、それは格好のせいだったか。

 

「バレエ教室の掃除バイトついでに、スタジオをタダで借してもらって練習してるんだ。ま、使えるのはほかの生徒がいない早朝だけだけどな」


「私達が行って大丈夫かな?」


「大丈夫、大丈夫、空いてるんだから一人で使っても三人で使っても同じだって」


「一応、その先生には話を通して許可を取ってもらいたいんだけど」


 僕は責任あるマネージャーとしてそこはトラブルにならないよう気を付けておく。


「わかってる。話しておくから、明日、スタジオに来てくれ」

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