第6話 ライバル出現(1)

 翌日、再び音楽室で夢仲先生のレッスンを受けに行き、僕はチケットを先生に頼んでみたのだが。

 

「いいわよ。十枚買ってあげるわ」


「おお」


 さすが大人だ。購買力が違う。


「ただし、倉斗くん、交換条件として私と一日付き合いなさい」


「はぁ、何か荷物持ち程度なら、やりますけど」


 男子高校生の労働力は引っ張りだこだし、買い物の荷物持ちくらいならお安い御用だ。


「よし、じゃ、デート決まり」


「ええっ!」


「だ、ダメ、そんなの」


 明莉が慌てて止めてくる。


「いいじゃない、別に本気で寝取ったりはしないわよぉ。こっちも生活があるんだし。ちょっと夜景の見えるホテルのレストランでそれっぽい会話をしてくれるだけでいいわ。もちろん、私と倉斗くんとの二人、き、り、で♪ 気分も盛り上げてね。ガチで」


 ガチのデートかよ。


「そ、それもダメです」


「ええ? 別に月野さんは倉斗くんの恋人ってわけじゃないんでしょう?」


「そ、そうですけど、彼は大事な私のマネージャーですから。アイドルと片時と離れてはいけないのです」


「なぁに、それ。寝泊まりも一緒なわけ? まあいいわ。生徒に背中を刺されても嫌だし、わかったわよ。じゃ、三枚だけね」


 急にケチ臭くなったが、それでも買ってくれるだけありがたい。


「「ありがとうございます、先生」」


「いいのいいの、お礼なんて。教え子だしね。倉斗くん、君にお兄さんとかちょっと年上のいとこはいないの?」


「いないですね……」


「一人っ子なんて、つまんない。顔はいいのに。まぁいいわ、卒業しても先生のこと忘れちゃダメよ? 時々、メールしてね」


「はぁ」


「ダメです」


「ちょっと……ハイハイ、じゃレッスン始めるわよ」


 僕はその間、学校の中を回って運動部や文化部の生徒にライブチケットを売って回った。文化部は部活している部がほとんどなく、生徒もまばらだったが、軽音学部の四人が全員興味を示してくれて四枚売れた。運動部と合わせて七枚。


「これで二十二枚か。残り八枚なら、なんとかなるか。よし」


 最初は無理かと思ったけれど、希望の道筋が太くなってきた。



 

 それから一週間後、僕ら二人はいつものようにバイト先のデパートへ向かっていた。

 横断歩道で赤信号が変わるのを待ちながら、何気なくビル上の大画面広告を眺めていると、吸い込まれるような音色の音楽が唐突に始まった。そこにきらびやかなアイドルが登場したかと思うと、閃光のようなスポットライトをいくつも浴び、特殊撮影なのかリアルな桜の花吹雪が画面一杯に舞っている。その花吹雪の後ろではバックダンサーが踊っていた。


「これって……」


「間違いないです」


 僕は明莉と顔を見合わせ、うなずき合う。

 大画面にアップで写った彼女は、間違いなくアイドルだった。

 それも今まで見かけたことはなかったし、周りの人達も少し驚いた様子で「誰?」「知らない」と言っているので新人。

 ここまでのMVとなると超大型新人と言っていいだろう。

 

『八月三十一日、諸星愛衣、鮮烈デビュー! IN 新人スター音楽祭2021』


 曲がワンフレーズだけで終わり、真っ黒になった画面にデカデカと白地でそれだけが表示された。最後の『新人スター音楽祭』というタイトルには聞き覚えがあった。僕らはこのフェスの二次予選に向けて今、準備を進めているところなのだから。


 僕のスマホに呼び出し音が入る。相手は浦間豪、叔父さんだった。


「畜生! やられたぞ、倉斗。仕組まれた。連中、仕組んでやがった!」


 震えた声で言う叔父さんは、かなり狼狽していた。


「どういうことなの? 叔父さん」


「ここのURLにMVが発表された。見てみろ。今、テレビCMでも流してやがる。この八月三十一日は、オレ達が目指すテレビ番組の本選のオーディション、最終審査の日だ」


「やっぱり……今、僕らも駅前の街頭テレビで見てたよ」


 今、気が付いたが、他のビルの壁にかけられた広告も諸星愛衣と新人フェスのものになっていた。


「ああ、今頃あっちこっちのメディアで大々的に宣伝してるはずだ。本選の細かい日程が決まっていなかったのは、コイツのせいだ。MVが完成した時点で満を持して日程をぶっこんできやがった。この音楽番組はな、諸星愛衣のためだけに作られた、言わばやらせ・・・の勝ち抜き戦だ。優勝者は最初から諸星愛衣、彼女が今年デビューの新人を全て蹴散らし、最高のデビューを飾るって筋書きだ!」


「待ってよ、叔父さん、彼女がここに合わせてきたのは間違いないだろうけど、MVを先にもう作っていたなら、ちょっとテロップを修正するだけでしょ?」


「そうじゃないぞ、倉斗。MVは何か意図が無い限り完成すればすぐに流すものだ。寝かせておいたら、どんどん世間の流行とズレるからな。連中はちょうど四月から撮影を始めてる。桜がテーマなのは新人のイメージだからだ」


「うーん、桜はたまたまじゃないの?」


「いいだろう、桜は、、たまたまだとしよう。だが、あのMVのバックダンサーの一人は今年四月に引き抜かれたうちの新人だ。これを見ろ」


 画像がメールで送られてきたが、練習風景なのか、ドリンクを渡す叔父さんと笑顔で写っている女性ダンサーの姿がそこにあった。


「ホントだ」


「これだけのMVを用意するのにどう頑張っても最低三ヶ月はかかる。曲と歌詞はもっと前から作っていたはずだがな」


「時間がかかるのはわかるけど……」


「なら、練習時間も逆算で考えろ。うちの新人を引き抜いて他とダンスを合わせる時間、CG周りをいじって修正するのにもっと時間がかかるぞ。テロップだけじゃない。公式サイトも作って、それをほぼドンピシャで合わせてきたんだ。連中は新人祭の日程を最初から・・・・知っていたことになる」


「まあ、そうだろうね。ええ? じゃあ、他の新人アイドルは……」


「全員、そのための生け贄にかき集められたって事だ。諸星愛衣に踏み潰されて終わりのな。審査員もテレビ局が用意するから、適当に点数評価を入れて諸星愛衣を優勝させるに決まってる。彼女より才能があったとしても、デビュー戦で優勝を奪われたらそこで格下だと消ランク付けされてしまうんだ。永遠の烙印をな! くそっ、いきなり新人をテレビに出してやると言うから、おかしいとは思ったんだ。すまない、完全にオレのミスだ」


 横断歩道が青信号になったが、明莉は立ち止まったまま、心配そうに僕を見ている。目の前に広告を貼った大型トレーラーが通ったが、それも諸星愛衣の写真と八月三十一日の日付が入っていた。もう間違いない。今日昨日のことではなく、すべて最初から仕組まれていたというのは本当のことだろう。


「それで、叔父さん、ここからどうするの? テレビ番組への出演を取りやめる?」

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