第5話 挑戦

「は、はい……そうです」


「ダメダメ、そんなアイドルだなんて浮ついた職業、いえ、職業とも呼べないわね。人気が無ければ食っていけないようなものは職業でもないわよ。おまけにパンツまで見せるんでしょ」


「い、いえ、パン……下着なんて見せません!」


 明莉がそこはハッキリ言う。そうとも、パンツは見せない。叔父さんが見せろと言っても僕が断ってやる。


「ホントかしら。でも、水着になったりするわよね?」


「ええ、それはまぁ……」


 水着の撮影はしたからなぁ。だけど、健全なポーズでイヤらしくはなかった。おへそや胸の膨らみ、それに白い太ももが僕にはまぶしかったけれど、健全だ!


「明莉ちゃんは真面目そうな子なんだから、もっと将来をちゃんと考えて、真面目な職業に就きなさい」


「いえ、私も真面目に考えています。売れなければちゃんと就職しますし、大学進学も予定していますから」


 明莉もきちんとその辺まで考えていたようだ。ま、賢い子だからな。


「ええ? それでちゃんとご両親が納得したの?」


「はい。父とは母は、最初は反対しましたけど、最後には納得してくれました」


「うーん、上手くいくとは思えないけど」


 花山さんはなおも納得がいかない様子だ。ここは僕が説得すべきところだな。明莉も困ってしまっている。


「花山さん、それは明莉のステージ上での活動を見た上で判断してください。少なくとも、このバイトではアイドルの素質や才能なんて測れませんし」


「それはそうだけど……でも、おばさんも二十五年ほど社会で揉まれて世間の厳しさはわかっているつもりよ。あなたたちよりもずっとね。お客さんを集めるのは大変なことなの。ちょっとテレビで見て華やかだからって、憧れだけで入れる世界なんてものはないのよ」


「わかってます。私は、子供の頃からずっと夢見て、歌の練習は毎日欠かさずしてきましたから。八年くらいになります」


 明莉は真っ直ぐ見据えて言った。いつも自信がなさそうにしている彼女とは思えないほどの落ち着き振りだ。


「八年……そう」


 うなずいた花山さんは表情が少し和らいだ。明莉も本気で歌手を目指しているようで、毎日欠かさず八年も練習してきたならそれはすごい事だ。僕にはそんな毎日入れ込んでいるようなことは何も無かった。そのことに、少し悔しささえ感じてしまう。


「それに、明莉の将来は明莉のものです。他人が決めて良い事じゃないと思います」


 親が子を心配する気持ちもわかるが、子は親のロボットなんかじゃない。僕はそう思って言った。


「わかったわ。どうも遊びで目指しているわけでもなさそうだし、明莉ちゃんが悔いの無いところまでやってみればいいわ。ただし、アイドルだとかデザインだとか、そういう人気商売は、やる気だけでどうにかなるものじゃないし、そこだけは忘れないでね」


「はい。人気が出なくても、覚悟はしています」


「でも、感心ね。親にお金を出させないでステージ衣装代を自分で稼ぐなんて、うちの娘にも見習わせたいわ、まったく」


「いえ……そんな」


 最初は母親に相談して払ってもらうつもりだったせいか、顔を赤らめた明莉は恥ずかしそうにうつむいた。


「あ、そうだ。花山さん、良かったらですけど、ライブのチケットを買ってもらえませんか。明莉が今度、歌うので」


 問題は衣装だけでは無いのだ。チケットも消化しなければいけないし、ここは花山さんの押しの強さを見習って、駄目元で勝負だ。


「く、倉斗くん」


「ええ? タダでくれるんじゃないの、そこは」


「すみません、ちょっとノルマがあって」


「あんまり感心しないわね、高校生がノルマだなんて。まあいいわ、で、何枚でいくらなの?」


「三十枚で一枚二千円です」


「そう。じゃ、おばさんが二枚だけ買ってあげるわね。あと他の店員さんにも声をかけてみるけど、ここは若い子はあんまりいないし、期待はしないでね」


「はい、ありがとうございます。声をかけてもらえるだけでありがたいです」


 バイトを終えて二人で家に向かっていると、明莉が言った。


「私、花山さんにチケットを買ってもらうの、反対だから」


「どうして?」


「だって、それは……何の関係も無い人だし、あの人、ライブなんて興味ないと思う」


「確かに、今まではそうだったと思うよ。でも、今日、僕らと出会って、君に興味を持ってくれてる。本当に嫌なら、ちゃんと断れる人だよ、あの人は」


「それは……うん、そうかも」


 帰宅して、夕食も終えたあと、僕はチケットをクラスメイトに売りつけるべく、今までずっと放置していたSNSのクラス用グループで呼びかけてみた。明莉がお風呂に入っている間を狙ったのは、ちょっと自分でもセコいと思うが、彼女は反対するかもしれないし。とはいえ残り二十八枚は交友関係の狭い僕にとってはかなり厳しい数字だ。明莉には悪いが、ここはクラスメイトを頼るしか無い。


『と言うわけで、八月十八日にクラスメイトの月野さんのライブがあります。みんな良かったらチケットを買って下さい。場所は〈新宿ブラックサバト〉で、一枚二千円です』


 チケットも郵送で郵便受けに届いていた。白粉を顔に塗りたくったパンクロッカーの顔写真が印刷されているが、これがメインのバンドの人なのだろう。どう見てもキャッチーではないので、なるべくこの画像は見せずに、予約を取り付けたいところだ。


『え? ライブ?』


『月野って誰よ?』


『うわ、ひっど。いるじゃん、クラスに』


『ええ? いたっけ? 男子じゃないよな?』


『女子だよ。ショートボブに前髪で目まで隠してる背の小さい子』


『ああ、あいつか』


『それマジの話? 倉斗、オレらを担いでない?』


『担いでない。本当の話だから』


『倉斗くんって音楽とか興味あったんだ?』


『まあね。最近からだけど』


 ごくごく最近で、あの明莉のデビューライブからではあるが。


『でも、月野さんがねぇ……大人しそうな感じなのに』


『ま、暗い感じの人のミュージシャンってときどきいるよね』


『気付かなかったなぁ』


『それで、チケットが欲しい人だけど』


『オレはパス』


『あたしも。ごめんね。ちょうどそこ、親戚の家に遊びに行く予定だし』


『私は行ってもいいかも。倉斗くんも来るんだよね?』


『もちろん。僕も買ったよ』


 たぶん、関係者として買わなくても入れるように叔父さんがやってくれていると思うが、そこはクラスメイトを釣るために、一番乗りを演出しておく。なんだか、売る側に回ると、だんだんこうやって神経が図太くなっていくのかもしれない。複雑な気持ちだ。


『じゃあ、私も買う』


『ありがとう。じゃ、当日にライブハウスでチケットを渡すけど、それでいいかな。早い方が良いなら、学校に来てくれればそれでもいいけど』


『じゃあ、当日で良いよ。学校なんて行く気しないしw』


『じゃ、オレも行ってみるかな』


『あ、沢矢くんが行くなら、私も行く~』


 みんな最初は渋かったが、サッカー部の人気者、沢矢が興味を示すと急に賛同者が増えた。ま、友達が行くなら一緒にと、そんなものだろう。女子と男子の五人ずつが買ってくれ、これで花山さんと僕の分を引いて残り十七枚。まだ半分以上か。

 やっぱり厳しいな。

 あとは駅前とかで路上売りと……音楽の夢仲先生に頼んでみるか。学校の生徒なのだし、明莉を指導してくれているのだから、一枚は買ってくれる気がする。買って欲しい。


「倉斗くん、お風呂、上がったよ」


「ああうん、わかった」


 まだ湿った髪で部屋まで教えにきてくれた明莉だが、Tシャツから覗く鎖骨に妙な色香があって、僕は思わず目をそらす。


「ふう、参ったな」


 風呂から上がると、脱衣場の外で明莉が待っていた。


「明莉?」


「ごめんなさい、チケット、私がみんなに頼まなきゃいけなかったのに……」


 どうやらSNSを見たようだ。


「いいよ、そんなの。僕だって、叔父さんからマネージャーを頼まれてるんだし、これはマネージャーの仕事だよ」


「でも」


「いいって。それより早く髪を乾かさなきゃ。それとも、明莉がどうしてももう一回お風呂に入りたいって言うなら、一緒に入ってあげてもいいけど?」


「ええ? そんなこと言ってない。……倉斗くんのバカ」


 恥ずかしそうにしたむくれ顔で、唇を尖らせて自分の部屋に戻っていく明莉はちょっと可愛かった。まあ、卑猥な追い払い方をしたのはちょっと評価下がっただろうなぁ。やれやれ。

 しかし、同じ屋根の下に、明莉と二人きりでは意識するなというほうが無理なのだ。

 その夜、僕は自分で言った冗談を思い返して悶々としてしまい、なかなか寝付けずに苦労した。

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