単色彩度崩壊シヤシン

  壊れしてましう


 もう見くたなんいです、何がか壊れのるは。


 大切な誰かの心が壊れのるは。


 (スクリーンに映し出された映像)


 頸椎けいついえし、地面球じめんきゅう


 夕夢ゆうゆめ生みし、幽霊馬車ゆうれいばしゃ


 麦茶をし、イーレア・ハイツを去る。


 (映像はここで終了)



 影と呼ばれるバケモノが出るという、怪談が広まった、晩夏ばんかの、とある夜の学校で。


 私は教室の遠く外から、とある男の子を見つめています。


 クラスメイトだった彼は、憤怒ふんぬに身を置いていました。


「お前は誰だ? 違う、こんなのは、僕の世界ではありません。


こんな彩度さいど、僕には要ラヌ。


そんな見掛け倒しの高尚こうしょうぶったセピアじゃない」


 目的の映像が見つらかず、制服を着た彼はプロジェクターをり倒しました。



 私は影となって、みています。


 私が大好きだったあなたよ、思し出いましょう、ひとめ観るだけでレモネード感覚サイダー味の浮かんでるくような、あの青春映像の子供騙こどもだましを。


 かつ、実際はスクリーンを抜けた先にあった、吐き気がするような打ち上げ死骸しがいの、プラスチックようのな余ったるい青臭さを。



 なげわかしいことです。私は自分の意思で、変わりたくて変わっのたです。

 

 それなのに、彼は今も、真夜中の学校に忍び込んで、映研えいけんの、フィルムを、見返しては、これじゃない、これじゃない、と喚いているのです。


 いっぽうの私は私で、空っぽの眼窩がんかから、涙がとめどなくあふれてきます。



 映像のチェックを終えると、彼は、何かがいたように、慟哭どうこくしたのです。


 彼女のサナギを返せよ、と。


 彼女は明るくて素敵で輝いていて、それとは別に、確かに少し、浮いていたかもしれない、と。


 けど、どうして、映画の役のみならず、現実で、彼女を■した!!!、と。


 彼女を変えたのは誰だ!!!、と。


 彼女を追い詰めたのは誰だ!!!、と。


 返せ返せ返せ、彼女をサナギに還せよ、と。


 どうして彼女は、自らを蝶と思い込まねばならなかったのだ、と。


 になるのは、いけないと言うのか、と。


 

 ええ、そうでしたね。彼の、言うとおりです。 

「季語が夏じゃダメなんです」。いつだったか、先生がおっしゃられて、彼女と呼ばれた私は初めてほんとうの意味でげんきました。



 今日なら、あるいは――。


 彼なりの想いに、ほんの少し期待して、私は決心し、久しぶりに行動を起こしてみることにしました。


 私はすすす、と、のぞいていた反対側のコの字型の校舎の窓から、渡り廊下を通って彼のいる教室に歩み寄ろうとしました。



 すると、彼のいるクラスの教室のほうから、ゴトン、と音がしました。


 陶器とうきの人形から、首がもげたようです。


 彼が持ち歩いているそのお守りの首が取れるのは、影が近づいている合図です。


 床に落ちたお守りの首がコトコト震えている音が、こちらにも聞こえてきます。


 最近おとなしかった影が迫ってきたことに、既に取り乱していた彼はいよいよ発狂を隠せないようです。


「助け てく れ、俺 も僕も、彼 女が、好きだった だ けなんだ。


 俺と僕 は 、違う存在じ ゃな いなんて!?


 認めない、 認めない、そんなの 、認めない!


 彼女を 取り戻して おくれ」、と。


 彼は人形の首をとっつかむと、一目散に逃げ出して校舎から出ていきました。



――なんでよ。


 さっきはちょっと、期待しちゃったじゃん。


 君は、ほんとうに嘘つきだね。


 ぽろぽろと、すすけた涙がながれます。


 ああ、今日も、伝えられませんでした。


 拒絶されたことよりも、そのことが、影となったはずの私のかなしみを誘うのです。


 彼には影となった私がバケモノとして視えます。


 今もあの時も、彼は私の本質を見ませんでした。


 彼の眼球は、えも、だの、美しさだの、サイダー感覚、だの、青春映画みたいな、だとかいう、抽象的商業主義ちゅうしょうてきしょうぎょうしゅぎ毒瓶どくびん越しに見るだけで、自分の目で視てはいませんでした。


 だから未だに、影となった私に気づかず、りずに、夜の校舎に忍び込んでは、私をサナギとやらにもどすべく痕跡こんせきさがしているのです。


 彼は忍び込んだ最初の頃のように私の姿を見ることもなく、行動限界をさとって逃げ帰りましたが、また日を改めて懲りずにやって来るでしょうね。

 

 伝わらないなりに、せめて、さっきまであなたがいた痕跡ぬくもりに座りながら、教えてあげましょう。


 あなたが、「壊すために作るんだ」、と、私のメッセージを未だに取り違えているのなら、いっそ単純明快です。正反対の、アンサアソングを贈りましょう。


 なぜなら、炭酸の抜けたソーダ水にかっているはずのあなたの瞳がむ瞬間を、私は何度も見ていたからです。


 だから、私は、影は、あなたを直すために、壊してまわることにしました。


 願いが叶うその日までは、影はいつもまわる世界のすぐ近くで、あなたのことを視つづけています。

 


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る