第406話 一息ついたら

「森から出て来たフォレストウルフは討伐されたようですが、なぜ奥地から一斉に出て来たのか、原因は分かっているのですか?」

「それについては現在も調査中だ。東の辺境伯が中心になって森の調査を行っている。だが、調査する森が広大でね。原因究明までは今しばらく時間がかかるだろう」


 ちょっと待て、と言いたくなったのをグッと堪えた。全然安全じゃないよね? また同じようなことが起きる可能性は十分にある。

 俺の不安そうな顔に気がついたのだろう。ミュラン侯爵が付け加えた。


「あれだけの数のフォレストウルフが一斉に森から出て来ることは当分ないだろう。かなりの数のフォレストウルフが討伐されたからね。同じ数のフォレストウルフが奥地にまだ潜んでいるとは到底思えない。これは私だけでなく、東の辺境伯も同じ意見だ」

「ここへ来る途中でフォレストウルフに襲われている村がありました。ちょうど我々が通りかかったので大きな被害は出ませんでしたが……」

「そうだったのか。すぐに確認しておこう。どうやら討伐を免れたフォレストウルフがまだいるみたいだな。警備の強化を指示しておく」


 現状ではそのくらいしかできることはないか。どうやらミュラン侯爵たちは原因究明を急ぐよりも、被災した地域の復興を優先したようである。ここは流通の要だし、それが正しい選択なのかも知れない。国の流通を止めるわけにはいかないからね。


 だがそうなると、十分に身の回りを注意しておかなければならないな。不用意に外出すると、フォレストウルフに遭遇するかも知れない。まあ、遭遇したところで別にどうと言うことはないけどね。魔法で蹴散らすのみだ。


 その後もいくつか質問をしたところで、今日から泊まる部屋へと案内してくれることになった。若干の不安を抱えたまま案内された部屋へ向かうと、その部屋は二人部屋で、ファビエンヌと同室だった。もちろんだが、ミラもいるので二人っきりではない。


 それに部屋には内扉があり、扉の先はネロとジャイル、クリストファーの部屋になっている。そのため、ファビエンヌとキャッキャウフフと騒ぐことがあれば、すぐにネロたちが飛んでくるだろう。


「ちょっと休憩したら、調合室を見せてもらおう。さっきの話だと、準備してくれているみたいだったからね」

「私たちのためにわざわざ部屋を準備して下さっているみたいでしたものね。何だか悪い気がしますわ」

「それは気にしなくて良いと思うよ。それだけ俺たちに期待しているということだろうからね。せっかくミュラン侯爵が準備してくれているのだから、有効活用させてもらわないと」

「それもそうですわね」


 そんな話をしていると、内扉がノックされた。返事をすると、扉からネロが入って来た。まさか俺とファビエンヌがいやらしいことをしてないか、確認しに来たわけじゃないよね? ミラがいるからね。ファビエンヌの膝の上にいるミラを見ると、首をかしげていた。


「ユリウス様、この後のご予定でどう致しましょう? ライオネル様からは魔法薬をお届けするのを見届けて欲しいと言われております」


 どうして俺が見届ける必要があるのだろうか。持って行って”あとはよろしく”で良いのではなかろうか。ファビエンヌの顔を見ると、首をかしげていた。やっぱりそうだよね。

 疑問が顔に出ていたのだろう。ネロが言葉を続けた。


「ライオネル様はユリウス様がお作りになった魔法薬が、ミュラン侯爵家でどのように評価されるのかを、ユリウス様に直接見ていただきたいと思っているみたいです」

「そこまでライオネルが言うなら、付き合うことにするよ。その様子だと、ケガ人がまだいるみたいだし、先にそっちかな。それが終わったら調合室へ行こう」

「分かりましたわ」

「それじゃ、ネロ、ライオネルにこっちはいつでも行けるって伝えておいてよ」

「承知いたしました」


 ネロが頭を下げてから奥の扉へと戻って行く。ライオネルが来るまではここで待機だな。ミラの毛繕いでもしておくか。ミラ専用のブラシでおなか周りをブラッシングすると気持ち良さそうにしていた。

 そのままファビエンヌとイチャイチャしていると扉がノックされた。外からネロの声が聞こえる。扉を開けるとライオネルの姿もあった。


「ユリウス様、おくつろぎのところを申し訳ありません」

「構わないよ。近いうちにこの屋敷も探検しないといけないと思っていたところだからね」


 ライオネルに連れられて屋敷の中を移動する。ファビエンヌには部屋で待っていても良いと言ったのだが、一緒についてきている。もちろんミラも。ファビエンヌのトラウマになるような、ひどいケガをした人がいなければ良いのだが。そのときは全力でファビエンヌから隠さないと。


「ここがミュラン侯爵家に所属する騎士たちの詰め所になっています」

「すごいね。屋敷の一部が詰め所になってるんだ」

「はい。人数が限られておりますので」


 話には聞いていたが、ミュラン侯爵家に仕える騎士の数はかなり少ないようである。これなら街道の警備をするので手一杯だろう。そもそもこの辺りには魔物がほぼいなかったのだからしょうがないか。足りない人手は冒険者ギルドで補っていたのだろう。


 ライオネルが詰め所の扉をノックすると、すぐに返事が戻ってくる。そしてすぐに扉が開いた。白銀の鎧に金の模様が入った、四十代と思われる人物が迎えてくれた。話を聞くと、どうやらミュラン侯爵家の騎士団長のようである。


「お待ちしておりました。お嬢様のお話ではハイネ辺境伯家の魔法薬はその辺りに売られている魔法薬よりも一味違うそうですね」

「確かに一味違いますね。少しでもお役に立てればと思って、こちらへ持って来ています。ぜひ使って下さい」


 ハイネ辺境伯家の騎士たちがテーブルの上に木箱を置いた。これだけあれば、すぐに困ることはないだろう。その間に、こちらで魔法薬を製造する体制を整えておこう。


「あの、さっそく使わせてもらってもよろしいでしょうか? ケガをしているのに魔法薬を飲みたがらない、困った騎士がおりましてね」


 ミュラン侯爵家の騎士団長が苦笑いしている。たぶん、その気持ちが分かるのだろう。無理やり魔法薬を飲ませることをためらっているようだった。

 どうやらこの辺りは、まだゲロマズ魔法薬を飲んでいるようである。


「もちろん構いませんよ」

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