第401話 いざ東の地へ

 ねっとりとした笑顔でこちらを見るファビエンヌ。その背後には嫉妬の炎が見えるような気がする。そんなことないってば!


「ファビエンヌ? えっと、遊びに行くわけじゃないからね?」

「もちろん承知しておりますわ。流行り病も終息しておりますし、急いで魔法薬を作る必要がないことも分かっております」

「それじゃあどうして?」


 なるべく笑顔になるように頑張っているが、相変わらず握られた手が痛い。たぶん今の俺の笑顔は引きつっていると思う。だれもファビエンヌを止めないところを見ると、ひとまず彼女の意見を聞くことにしたようである。

 鎮圧したとはいえ、魔物の氾濫が起きた場所だぞ。もしものことがあったらどうするつもりなのだろうか。


「東の地では魔法薬が不足しているのでしょう? それならば、魔法薬の作り手は一人でも多い方が良いはずです。私もユリウス様の隣でなら魔法薬を作ることができます」


 う、ファビエンヌの眼力がすごい。本気でついてくるつもりだ。助けを求めてお父様を見たが、目をつぶり、腕を組んで考え込んでいた。

 これはダメだな。お母様は……困った顔はしているが口元はほほ笑んでいる。初々しいものを見た、とでも言いたそうである。アレックスお兄様も同じような顔をしているな。


「まずはアンベール男爵に聞いてみるとしよう。それで許可が下りればファビエンヌ嬢にも一緒に行ってもらう。それでいいな、ユリウス」

「分かりました」


 お父様がそう決めたのなら、もう何も言うまい。ファビエンヌも自ら行きたいと言っていることだし、俺にだって彼女の気持ちを優先したい思いはある。そして一番大事なことなのだが、ファビエンヌに嫌われたくない。


「ファビエンヌ、一緒に東の地へ行くことになったら、絶対に俺から離れないように。近くにいてくれれば、必ず俺が守る」

「わ、分かりましたわ」


 俺の世界一かわいい将来の嫁が恥ずかしそうに顔を赤くしてうつむいた。こっちはこれで大丈夫だろう。あとはミラだな。ミラの方を見る。目が合ったミラが俺に飛びついて来た。


「ミラはロザリアと一緒にお留守番だよ」

「キュ!」


 うわ、これまでにないくらい力強いしがみつきだ。爪まで立ってる! どうしよう。ファビエンヌとロザリアが何とかなだめようとしたが全然聞く耳を持たなかった。よほど俺と離れるのが嫌なようである。


 遠距離でもミラに魔力を与えることができることは、前回、王都で過ごしたときに分かっている。もし何か起こっていれば、飛んで帰っていたことだろう。だが、ハイネ辺境伯家からは特に異変なしとの報告を受けていた。


 だから俺が東の地へ行ったとしても、ミラには何ら影響はないと思うのだけど。あまりのミラの必死さに心が折れた。態度には出さなかったが寂しかったのだろう。ミラの頭をひとなでして、お父様に向き合った。


「今回はミラも一緒に連れて行こうと思います。東の地の復旧作業にどれだけ時間がかかるか分からないですからね」

「それなら私も一緒に行きますわ!」


 ロザリアが手を上げた。お父様とお母様、そしてアレックスお兄様が渋い顔をしている。これは行かせるつもりはないな。俺に頼んだときは三人とも普通の顔をしてたのに。もしかしてトラブルメーカーが家からいなくなってうれしいとか思ってる?


「そうだな。前回、ユリウスが王都にいるとき、ミラ様はときどき寂しそうにしていたからな。一緒に行きなさい。ただしロザリアはダメだ」

「どうしてですか!」


 その後はロザリアが騒ぎ立てたが両親は一歩も譲らなかった。それだけロザリアが大事なんだろうけど、ロザリアにその思いが伝わるかどうかは疑問である。だが実際問題として、俺たちの一行にロザリアが加わってもあまり意味がない。必要とされているものの中心が魔法薬なのだから。


 それどころか、護衛を増やさないといけないし、ミュラン侯爵家の負担も増える。どう考えても無理だな。ミラなら俺のところに放り込んでおけばいいからね。丸投げで良いのだ。




 なんやかんやあったが、東の地へ行く準備は急ピッチで進められた。その間にアンベール男爵家から「オッケー」の返事をもらっている。ファビエンヌをよろしく頼むとのことである。


 いいのかな。婚約者になっているとはいえ、未婚の男女が一つ屋根の下で過ごすことになるんだよ? まあ、それだけ俺が信頼されているということなのだろう。それに、まだ子供だからね。そんなことはしないと思われているのだろう。


 俺とファビエンヌも準備を進めている。作れるだけの初級回復薬と中級回復薬を作り、俺たちがいなくても、しばらくは問題がないようにしておいた。商会に卸していた魔法薬は俺たちが戻って来るまで取り扱い中止になってる。


 商会にとっては痛手だが、しょうがないこととしてアレックスお兄様は割り切っているようである。店頭に取り扱い中止の理由を書いた立て札を出し、客からの理解を得られるようにしていた。


 そしていよいよ準備が整った。ミラにも「俺から離れないように」と良く言い聞かせている。そのかいあってか、お風呂もベッドもトイレも一緒である。……ちょっと複雑な気持ちもあるが、まあしょうがないとしよう。


 用意されたのは騎士団が使う幌馬車である。もちろんはっ水加工済みである。貴族用の馬車は街中は良いが、荒れた道には適さない。故障しにくく、故障してもすぐに直せる幌馬車が旅には適しているのだ。


「気をつけて行ってくるのだぞ」

「はい。ハイネ辺境伯家の一員として、しっかりと役目を果たして参ります」

「うむ。ライオネル、頼んだぞ」

「ハッ! お任せ下さい」


 ライオネルがキチッと礼をする。旅人の格好をしたファビエンヌが表情を固くしている。同じく旅人の格好をした俺が安心させるようにその手を握った。そんな俺の様子を見たファビエンヌが小さな声で話しかけてくる。


「ユリウス様、何だか着慣れてますわね? 違和感がありませんわ」

「そうだろう、そうだろう。俺もこっちの方がしっくりくると思っていたところだよ」


 クスクスと二人して笑う。終始不満そうなロザリアだったが、任務を終えて帰って来たお土産話をたくさんするということで納得してもらえた。もちろんそれだけではない。現在建造中の温室を任せており、場合によっては先に必要な魔道具を作るように頼んでおいた。


 ロザリアはやる気のようである。「お任せあれ!」と言って、胸をドンとたたいていた。これなら大丈夫だろう。

 俺たちは見送りに来た家族に両手を振って東の地へと向かった。

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