第400話 東の地で

 サロンに到着したときにはすでにみんなそろっていた。どうやら俺たちが最後のようである。そこには騎士団長であるライオネルの姿もあった。悪い予感がする。


「遅くなって申し訳ありません」

「気にしなくて良いよ。私は先に呼ばれていたんだ」


 アレックスお兄様がニッコリとこちらへほほ笑んでいるが、何だかいつもよりも作り笑顔のように見えた。どこか影があるような気がする。ますます不安になってきてファビエンヌを見たが、こちらは俺よりももっと悲壮感のある顔をしていた。ええい、俺がさらに不安をあおってどうする。


「お父様、何があったのですか」

「うむ。ユリウスはこのところ魔物の動きが活発なのを知っているな?」

「はい。領内でも普段は見かけないスノウワームが現れましたからね。何だか魔物の動きが騒がしいことは知っています」


 うなずくお父様。どうやら魔物絡みで何かあったらしい。もしかして、領内でまた魔物が現れたのかな? ライオネルがこの場にいることだし、十分にありえるな。でも、もしそうならすでに手を打っていると思うんだよね。俺が呼ばれたということは、また俺が討伐しに行くことになるのかな?


「先ほど、東のミュラン侯爵家から手紙が来てな。どうやら東の地で魔物の氾濫が起こったそうだ」

「魔物の氾濫……」


 過去にハイネ辺境伯領でもゴブリンが集落を作り、急激にその数を増やしていたときがあった。そのときはすぐに気がついて大事にいたらずにすんだ。だが、もし対処できていなければ、魔境から大量の魔物が一斉にあふれ出て、大変な被害をもたらしていたことだろう。

 どうやら今回、それが東の辺境で起こったらしい。


 それを聞いたファビエンヌが不安そうに俺の手を握ってきた。ここぞとばかりに握り返す。ふにゅっという感触が何とも言えなかった。

 思わずほころびそうになった顔を引き締めてお父様の次の言葉を待った。


「魔物の氾濫はすでに東の辺境伯によって鎮められたらしい。そしてその魔物の氾濫が起こった場所がミュラン侯爵領から近い場所だったそうでな。当然、ミュラン侯爵家も討伐に参加したそうだ」


 お父様が難しい顔をしている。東の地と言えば、確かスペンサー王国の流通の要所であり、大事な場所だったはず。そして、ハイネ辺境伯家がある北の辺境と違って、魔物が生息する場所も少ないと聞いたことがある。そのため、ミュラン侯爵家は大きな騎士団を所有していなかったはずだ。


「すでに魔物の氾濫が治まっているのなら、ミュラン侯爵家からハイネ辺境伯家に手紙が来た理由は何でしょうか?」


 すでに片付いているなら、ハイネ辺境伯家に援軍を求めているわけではないだろう。それにミュラン侯爵領までは遠い。今から向かってもすぐにはたどり着けない。先に来ていたアレックスお兄様も、ここからの話は聞いていないようである。お父様を見つめていた。


「うむ。魔物の氾濫は抑えたが、どうやらかなりの被害が出たらしい。あの地はそもそも魔物が現れることもまれな地域でな、それで油断もあったのだろう」

「それでは、復旧を手伝って欲しいということですか?」


 アレックスお兄様がそう尋ねた。ミュラン侯爵家にはヒルダ嬢がいるからね。婚約者にはならなかったけど、学生時代にはダニエラお義姉様と共に過ごしたはずだ。放っては置けないのだろう。俺も友達のキャロがいるし、気にはなる。


「そうだ。特に魔法薬が不足しているらしい。流通の要所とはいえ、あの地だけで魔法薬を消費するわけにはいかない。要所だからこそ、滞りなく魔法薬を送り出さねばならん。それでな、ユリウスに来てもらえないかと打診があったのだよ」

「私ですか?」


 思わず大きな声が出てしまった。そりゃそうだよね。どうしてまだ成人していない俺が行くことになるんだ。ハイネ辺境伯家として後始末の手伝いに行くのなら、お父様やアレックスお兄様が魔法薬を持って行った方が……。


 いや、無理なのか。もうすぐ夏休み。これからハイネ辺境伯領にはたくさんの貴族が訪れることになる。そしてダニエラお義姉様も戻ってくる。貴族の相手、競馬の開催、商会運営。お父様とアレックスお兄様はてんやわんやの忙しさになるはずだ。その中で、二人よりもまだ自由に動けるのは俺である。


「ユリウスが優秀な魔法薬師であることはミュラン侯爵家にも、東の辺境伯家にも伝わっているらしい。それに魔道具も自在に操れるということも」


 だれだ、そんなウワサを流した人は。王宮魔法薬師団長のジョバンニ様かな? ありえそうで怖い。それでは魔道具は一体だれが……友達つながりでダニエラお義姉様からヒルダ嬢に伝わったのかな。こっちもありそうだ。


「東の地とはこれまで関係が薄かった。これで関係が良好なものになれば、ハイネ辺境伯領の物資の流通も良くなることだろう。悪い話ではない。ユリウス、行ってもらえるか? もちろん、ライオネルも一緒だ」


 壁際に立っていたライオネルがこちらに向かってお辞儀をした。なるほど、俺の護衛兼監視役ということか。うーん、温室ができるのはまだ先になるし、断る理由が見当たらない。これは引き受けるしかないな。


「分かりました。お引き受けします。ライオネル、頼りにしてるよ」

「お任せ下さい。すぐに同行する騎士を集めておきます」


 これで良し。きっと優秀な騎士が配属されることだろう。守りは大丈夫かな。あとはファビエンヌをどうするかだな。ミラはロザリアと一緒にお留守番だな。良い子だから分かってくれるはずだ。


「ファビエンヌ、そういうことなんだ。ハイネ辺境伯家での魔法薬作りはしばらくお休みにするよ」

「分かりましたわ。それでは私もユリウス様と一緒にミュラン侯爵領に行きますわ」

「え?」


 痛い痛い! 握られている手が痛い! あと笑顔が怖い!

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