第390話 耐久力試験
魔法薬を塗布した鎧の耐久力試験が始まった。まずは様子見ということで、地面に置いた鎧に魔法を放つことになった。事前に強化ガラスで試験をしていたこともあり、特に問題はなさそうだった。特に火に対しては高い耐久力を示していた。
「鎧本体の耐久力には問題はありませんな。あとは実際に装備して試すことができれば良かったのですが……」
「さすがにそれは無理なんじゃないかな? 危険過ぎるよ。万が一のときに命が助かるくらいの性能にはなっているはずだから、それでよしとしておかないと」
「やはりそうですな」
ライオネルも人に装備させての耐久力試験は反対のようである。一部の騎士がやりたそうな顔をしていたが、却下である。いくらなんでも鎧の性能を過信していると思う。
残すは例の「伝説の鎧」だけである。準備はすぐに整い、地面の上に鎧が置かれた。
「念のためうかがいますが、どのくらいの耐久力があるのでしょうか?」
「聖竜の毛が含まれているからね。全体的な耐久力はかなり高いと思うよ」
「なるほど」
神妙な顔をしてライオネルがうなずいている。ウソではないと思うんだが、ライオネルがどう思ったかはちょっと分からないな。そうだ、鎧を鑑定してみれば分かるんじゃないかな。どれどれ。
「……ライオネル、あの鎧、火属性に完全耐性を持っているみたいなんだ」
「……」
あ、ライオネルの顔が怖いことになってる。何で今になってそんなこと言うんだとでも言いたそうである。知ってたら「聖なる塗布剤」を使うのをやめていたかな? いや、それでも使っていただろう。安全性が高まるからね。やっぱり事前の覚悟の問題かな。
耐久力試験が始まった。先ほどの鎧で試した魔法はどれも到達する前に無効化された。耐久力うんぬんの前に、そもそも鎧まで魔法が届かなかったか。まるで薄いシャボン玉が守っているかのようである。不思議な光景だ。
先ほどよりもちょっと強い魔法が使われたが、それでもダメだった。特に火属性魔法に対しては「もう完全にバリアが張られてるよね?」といったレベルで完封していた。これは本当に「伝説の鎧」になる日も近いかも知れないな。
「耐久力試験はこのくらいにしておきましょう。分かっているとは思うが、お前たち、ここで見たことは一切、外で口にすることがないように」
「サー、イエッサー!」
騎士と魔導師たちがそろってキレイな敬礼をした。”さすがだなハイネ辺境伯家の騎士団”と思いつつ、そのかけ声を一体どこで学んだと小一時間ほど問い詰めたい衝動に駆られた。ファビエンヌが待っているのでしないけど。
そんなわけで、鎧の耐久力試験を何とか終わらせた俺は調合室へと急いで戻った。予定はすでに狂っていた。もっと早く戻るつもりだったのに。
調合室ではファビエンヌが順調に魔法薬を作っているみたいだった。
「問題なく魔法薬を作れているみたいだね」
「お帰りなさいませ。そちらは何か問題があったのですか?」
首をかしげるファビエンヌ。戻るのが遅かったので気になっていたのだろう。ライオネルは口外するなと言っていたが、ファビエンヌになら問題ないだろう。なにせ一緒にあの魔法薬を作ったのだ。どのくらいの効果があったのか気になっているはず。
「やっぱりそうでしたか」
ファビエンヌに耐久力試験での出来事を話すと困り顔になった。伝説の鎧の制作にはファビエンヌも一枚かんでいるのだ。そんな顔になるのもしょうがないか。やっぱりと言うことはある程度は想定していたのだろう。
「ちょっと簡単には表に出せないことになっているので、他では話さないようにね」
「分かりましたわ。魔法薬を作るときには十分に気をつけなければいけませんね」
「そうだね。その魔法薬が広がると、どんな結果をもたらすかまでを考えないといけないからね。だれかに丸投げする手もあるけど」
そう言うと、ファビエンヌの目がまん丸になった。そんなことはするつもりはないけど、そうなってしまう場合もあることを考えておく必要はあると思う。世の中にはどうしても必要とされる魔法薬があったりするものなのだ。肺の病に効く薬みたいにね。魔法薬の開発を恐れてはいけない。
ファビエンヌが十分な量の魔法薬を作っていたので、予定通りに「はっ水剤」を作ることにした。必要な素材はグリーンスライムの粘液、緑の中和剤、毒消草、ミントである。どれもそれなりに手に入りやすいものばかりだ。
「またスライムの粘液を使いますのね」
「スライムの粘液は魔法薬の素材として優秀だからね。今後も色んなところで使うことになるよ。種類も豊富だし、それぞれの粘液に特徴があるからね」
笑顔でそうファビエンヌに話すと、ちょっと引きつった笑顔を浮かべていた。もしかしてスライムが苦手なのかな? こればかりは慣れてもらうしかないな。それに直接スライムから取り出すわけじゃないからね。粘液としてビンで売られている。中身はただのドロッとした液体なのだ。そこまで気持ち悪いものではない。
片手鍋に素材を入れて沸騰しないように慎重に温める。沸騰すると失敗なので、それぞれの素材が均一に混ざり合うくらいの温度を保たなければならない。これが結構、難しい。温度計があれば良いんだけどまだないんだよね。作るわけにもいかないし。
慎重に片手鍋を火に近づけたり、離したりを繰り返しながらかき混ぜていくと、ようやく全ての素材が溶けてサラサラの液体になってきた。あともうちょっとかな?
「これに『聖竜の毛』を混ぜても効果がありそうですわね」
「そうかも知れないけど、しばらくは『聖竜の毛』を使った魔法薬の開発はやめた方がいいかもね」
「それもそうですわね」
ファビエンヌが苦笑いしている。やってみたいという思いは強いが、その後のことを考えるとやめておいた方が良いという結論にいたったのだろう。俺もそう思う。雨をバリア的な何かではじくような商品ができかねない。さすがにそれは目立つだろう。
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