第305話 スノウワーム

 騎士たちの情報交換は続く。一部隊では全容がつかめないかも知れないが、全ての部隊が情報を持ち寄れば何か分かるかも知れない。


「魔物がいないのには何か原因がありそうだな」

「しかし山には異常は見られませんでしたよ」

「木が倒れたり、不審な足跡があったりはしませんでした。もっとも、足跡はすぐに雪で消えてしまうかも知れませんがね」

「その可能性は低かろう」


 雪の精霊が声を上げた。注目がそちらに集まった。


「この辺りにはしばらく雪が降らないようにしてある。足跡があれば残っているはずじゃ」


 おおお、と小さなざわめきが起こる。さすがは精霊。自然現象を操ることができるとか、マジパネェ。これは絶対に敵に回したらアカンやつだな。丁重に扱わないと。


「そうなると、魔物が山から麓へと全部下りて行ったのかな?」

「それだと大移動になりますな。もしそうなら、すでにどこかで被害が出ているはずです」


 ライオネルが渋い顔をしている。どうやらまだそのような報告は受けていないようだ。しかし調査隊の話を聞いて、それも時間の問題だと思っているのだろう。


「それなら、山の反対側に移動したっていうのはどうだ? それならこちら側で魔物の被害が出ないはずだ」


 確かにカインお兄様が言うことにも一理あるな。山の反対側とは別方向に移動した魔物が領内に出没しているというわけだ。だが分からないこともある。なぜそんな移動を始めたのかだ。原因として考えられるのはカシオス山脈に強力な魔物が現れた可能性だけど。

 もしそんな魔物がいれば、足跡がどこかに残っているはずである。


「カシオス山脈のどこかに強い魔物がいるのかも知れないね」

「その可能性は高いでしょうな。明日からの調査はより慎重に行う必要があるでしょう。ですがそうなると、時間がかかりますね」


 考え込むライオネル。強固な拠点はあるが、食料には限りがある。ひとまずは新たな方針として、痕跡を見つけても一部隊では追跡しないことが付け加えられた。

 幸いこちらには雪の精霊様直伝の念話がある。無理をする必要はないのだ。それに下手に刺激して、麓の村に向かうようなことになれば大変だ。追い立てられた魔物が村に押し寄せるかも知れない。


 翌日、昨日よりも捜索範囲を広げて調査が行われた。だがしかし、それでも何の痕跡も見つけることができなかった。これにはみんなが頭を抱えた。


「もしかして、移動した魔物たちを追って、カシオス山脈の向こう側に行ってしまったのかな?」

「そうなると厄介ですな。いずれこの地に戻って来たときに、同じようなことが繰り返されることになるでしょう。それこそ、何度でも」

「今回の調査は打ち切りにして、雪が溶けてから再度、調査を行うという方法もありますよ」


 調査団の参謀的なポジションにいる人がそう言った。そうなんだよね、ターゲットがいないなら長居は無用。早めに切り上げて物資の消耗を抑えた方が良い。物資もタダではないのだ。


「それにしても足跡すらないなんて。そんなことあるのかな?」


 カインお兄様が頭をひねっている。いくら魔物の姿が見えないとは言え、ゼロということはないだろう。俺もそう思う。


「確かに何か引っかかりますな」

「昨日の調査でつけた足跡は残っていたんだろう?」


 俺の質問にうーんと考え込む調査隊のメンバー。どうやら自分たちの足跡には気にしていなかったようである。何だか嫌な予感がしてきたぞ。


「ユリウス、何か思い当たることがあるのかい?」

「ええ、一つだけ怖いことを思いつきまして……」

「な、なんだい、それは?」


 視線が俺に集中し、拠点内に沈黙が落ちる。まさかこんなに注目されるとは思わなかった。でもこれは言わなければならない案件だろう。


「もしかすると、スノウワームがいるんじゃないかと思いまして」

「スノウワーム……」


 その言葉にその場にいた全員の顔色がハッキリと悪くなった。この感じだと、みんな知っているようである。何でそんな魔物がいることを知っているのかと突っ込まれなくて良かった。もし言われたら「魔法薬の素材として使えるので調べた」と言ってごまかすつもりだったけどね。


「ユリウスも怖いことを考えるよね」

「ですが……その可能性は十分にありますな。あの雪の厚み。カシオス山脈に登ればもっと雪深くなっているでしょう」

「その通りですよ、団長。この辺りの雪と比べて、三倍くらいの厚みがありますね」


 三倍! それだと雪の上を歩くだけでも大変そうだ。雪の上を簡単に歩くことができるようになる魔法薬も作っておくべきだったな。


「何ということだ。各員、明日はまず自分たちがつけた足跡の確認を行え。消えているようならスノウワームがいる可能性が高い。すぐに連絡を入れて速やかに拠点まで戻るように」


 おっと、何だか慌ただしくなってきたぞ。スノウワームは雪の中を進む、巨大なミミズのような魔物だ。スノウワームが通った後の雪は激しくかき回されるため、雪の上には足跡が一切残らない。


 そして雪の中からパクリと大きな口を開いて食事をするため、雪の上には何も残らないのが特徴だ。これまで魔物も生き物の姿も見つからなかったのはそのせいなのかも知れない。


「ライオネル、以前はこの辺りにスノウワームの姿はなかったみたいだね」

「はい。そのような報告は一度も受けたことがありません」

「それじゃ、カシオス山脈の向こう側からやって来たのかな?」

「その可能性は高いと思います」


 ライオネルの顔色が悪い。それもそうか。下手すりゃ調査隊がパクリとやられていたかも知れないからね。スノウワームが雪の下の自由に動き回るにはそれなりの雪の厚さがいる。個体が大きければ大きいほど、その厚みが必要になるのだ。


 この辺りの厚みなら問題ない。いたとしてもそれほど大きくはないので、丸のみされることはないだろう。だが、ここの三倍の厚みとなると……丸のみだろうな。雪の下に潜んでいるとなると、発見は非常に困難である。『索敵』スキルでも見つけることはできるが、慎重に観察する必要がある。


 だがしかし、『魔力感知』スキルがあれば話は別だ。このスキルは生き物の居場所を特定することに特化しているため、上空だろうが、地下だろうか、生き物であれば見つけることができるのだ。あとはこのスキルを持っている人がこの中にいるかだな。

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