第296話 フルパワー

 午後からは勉強の時間である。家庭教師がハイネ辺境伯家までやって来て個別に授業をしてくれるのだ。その授業をネロと一緒に受ける。言語や歴史、魔法の授業、それからダンスが主だった内容である。


 計算についてはすでにできているので、こちらはある程度免除されている。そのためネロの勉強が中心だ。そんなネロは頭が良いので、どんどん知識を吸収している。リーリエもロザリアと一緒に頑張っているそうだ。


「今日はこのくらいにしておきましょう」

「先生、ありがとうございます」

「はい。ユリウス様は大変礼儀正しいので、教えるのが楽しいですよ」


 歴史の先生は他の貴族の家でも家庭教師をしているようだ。その口ぶりからすると、どうやら生徒たちは一筋縄ではいかないようである。子供のしつけは大変だな。

 先生を見送り、ようやく今日の授業が終わった。


「急いで工作室に戻ってミーカお義姉様の万年筆を作らないと。このままだと不愉快な思いをさせてしまうかも知れない」

「さすがにそこまで子供ではないのではないでしょうか」


 ネロが苦笑しているが、ミーカお義姉様はどこか子供っぽいところがあるぞ。特にあの義弟に対して無防備なところ。ダニエラお義姉様は俺のことをペットみたいに思っているのかも知れないが、ミーカお義姉様も同じように思っている可能性は高い。


 そうなると、今度はミーカお義姉様が俺のお風呂に突撃して来るかも知れない。俺はゆっくりとお風呂につかりたいんだよ。

 工作室にはだれもいなかった。どうやらロザリアはまだ勉強中のようである。これは都合が良い。


「よし、急いで作ろう。今なら本気を出して作っても、ロザリアに目をつけられることはないぞ」

「どうしてですか? 別にロザリア様に見られても良いのではないですか」

「ロザリアが俺に対抗意識を持ってくれるなら良いけど、自分には無理だと思って成長をやめることになると困る」

「そんなにですか」


 ネロが驚き戸惑っている。まあ、俺が本当に本気を出すとなれば『ラボラトリー』スキルを使うことになるのだが、さすがにネロの目の前でそこまではできない。

 俺はネロを信じている。ただ、ネロに余計な重荷を背負わせたくないだけである。


 材料を集めてもらうと、『クラフト』スキルをフルパワーにしてゴージャス万年筆を二本作った。もちろんミーカお義姉様とロザリアの万年筆である。仕様はお母様の万年筆とほぼ同じ。ミーカお義姉様の万年筆にはラニエミ子爵家の家紋を追加してあり、ロザリアの万年筆には聖竜ミラを追加した。


「これでよし」

「さ、さすがはユリウス様」


 俺のフルパワーの仕事っぷりを見たネロが完全に引いていた。まあ、そうだろうね。一時間かけて作っていた万年筆を五分足らずで作り上げれば、そりゃ引かれるか。しかも装飾にも手を抜いていないのだ。まさにどこからどう見てもゴージャス万年筆。


 まだ時間がありそうだったのでファビエンヌ嬢のためのガラスペンを作っていると、夕飯の準備ができたとの連絡がきた。どうやら午後からのロザリアはひたすら勉強三昧だったようである。


 ダイニングルームにたどり着くと、カインお兄様とミーカお義姉様の姿があった。いつの間にか帰って来ていたらしい。どうやらずいぶんとデートを楽しんできたようである。二人の距離がますます近くなっているような気がした。うらやましい。

 そんな二人の元へと向かう。


「ミーカお義姉様、約束していた万年筆です」

「もう完成したのね。ありがとう、ユリウスちゃん」


 本当に楽しみにしていたのだろう。満面に笑みを浮かべていた。はい、と万年筆を渡すと、ミーカお義姉様の動きがピタリと止まった。顔の動きも同じようにピタリと止まっている。


 うーん、やっぱりそうなっちゃうのかーと思いながらカインお兄様を見ると、カインお兄様も止まっていた。お前もか!

 二人が石化しているところにお父様とお母様がやってきた。そしてすぐに二人の様子に気がついたようである。


「どうしたんだ、二人とも。まさか」

「どうやらそのまさかみたいね~。これもキレイだわ~」


 お母様がミーカお義姉様の手元をのぞき込んでそう言った。隣でお父様もうなずいている。そしてそのまま自分たちの席へと向かった。

 あ、ちょっと、目を覚まさせなくて良かったんですかね?


 その後、アレックスお兄様とダニエラお義姉様がやって来たところでようやく正気に戻った。ダニエラお義姉様と万年筆を見せ合って、キャッキャ、キャッキャと騒いでいる。本当に好きだよね、こういうの。


 そして最後にロザリアがミラを抱えてやって来た。その様子は真っ白に燃え尽きる寸前だった。どうやら午後からの学習の時間にこってりと絞られたようである。何があったのかちょっと気になる。

 そんなロザリアはヨロヨロとカインお兄様の元へと向かった。


「カインお兄様、約束していた万年筆ですわ」

「あ、ありがとう、ロザリア。とってもうれしいよ。その、大丈夫かい?」

「あまり大丈夫ではありませんわ」


 その弱々しい返答にカインお兄様の口元が引きつっている。一体何が。そんなことを思っていると、お母様が口を開いた。


「ロザリア、物作りばかりしていてはいけませんよ。ちゃんと淑女として、身につけるべきことは身につけなさい」

「お母様、何があったのですか?」


 カインお兄様も気になったのだろう。しょんぼりしたロザリアの頭をなでながらそう言った。お母様が大きなため息をついた。


「たいしたことではありません。マナー講習と、ダンスの復習をしただけです。……どちらもずいぶんと忘れていたようだけど」


 それはマズイわ。俺も物作りをしているけど、マナーとダンスを忘れるようなことはなかったぞ。むしろ逆に、それができなければ、今後、貴族としてやっていけないだろうからと思って必死にやっているのに。


 お母様があきれるのも仕方がないなと思っていたら、その発言を聞いたカインお兄様の顔色が、先ほどよりも明らかに悪くなっていた。……もしかして、カインお兄様も紳士として身につけるべきことを忘れているのかな?

 ミーカお義姉様は……あああっ! ミーカお義姉様の顔も引きつっている。ミーカお義姉様、あなたもですか!

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