第295話 紳士用万年筆

 久しぶりに思いっきり運動することができたので、何だか心が軽い。自分では気がついていなかったのだが、どうやら少しずつストレスが蓄積していたようだ。

 それが激しい運動でスカッと爽快! そりゃ気持ち良くもなるはずだ。


 そんな心地良い気持ちで屋敷に戻ると、工作室に色ガラスが届いていた。工作室ではすでにロザリアがガラスペンの作製に取りかかっていた。


「おお、なかなか良い色だね。華やかで、かわいらしくて、まるでロザリアみたいだね」

「もう、お兄様ったら」


 照れるロザリア。その姿はさすがはレディー。まだ七歳なのに、しっかりと褒め言葉であると理解しているようである。言ってみるものだな。そしてこの感じからして、まだリーリエにあげた「ブツ」については気がついていないようである。さすがだなリーリエ。


「ユリウス様、注文しておいた水晶が届いていますよ」

「本当だ。これでようやく王家に献上するようの神棚を完成させることができるぞ」


 ネロから渡された水晶をまん丸に加工する。注文通り、大きめの水晶である。完成した水晶は占い師が使うような大きさである。何となく不思議な感じがするな。

 それを神棚の奥に設置して、厳重に封をして完成だ。


「できた。さっそくダニエラお義姉様に報告しないといけないな」


 ダニエラお義姉様に報告すると、とても喜んでくれだ。すぐに王城に送るように手配するとのことだった。これで一つ、肩の荷が下りたな。


「これで自分の作業に手をつけることができるぞ。まずはやはり万年筆からだな。あとからお父様に『まだか』と小言を言われるのが怖い」

「そのようなことはおっしゃらないと思いますけど……準備いたします。昨日と同じ素材でよろしいですか?」

「そこなんだよな~。たぶん、お父様にはもっと実用的なものにした方が良いと思うんだ」


 お母様とダニエラお義姉様に渡したようなゴージャスな仕様でなくても良いのではないかと思っている。基本的に男性はキラキラしたもので着飾ることはないからね。それならば、もっとシックで、ダンディーな万年筆が良いのではないだろうか。


「よし、決めた。材料は木材にするよ。木材に黒い色を塗る。そして部分的に金の装飾を入れる」

「かしこまりました。準備してまいります」


 ネロが素材を取りに行っている間に、黒色を作ろうと思う。塗料を色々と混ぜて黒を作る。ちょっと青みを強くして、真っ黒ではなく、紺色に近い感じで。ツヤ消しはしない。むしろ逆にテカテカにしよう。


 持って来てもらった素材でさっそく作る。これまで三本の万年筆を作っているので慣れたものである。パパッと部品を作り、必要な部分を黒に染めていく。なかなか良い感じの色になった。

 ついでなので、自分の万年筆も同じ色に変更しておく。だって、そっちの方がかっこいいじゃん。


「ユリウスお兄様、アレックスお兄様とカインお兄様の万年筆も、同じ色にしたいのですが」

「そうするかい? それじゃ、一緒に色を塗っていこう」


 ガラスペン作りが一段落したようである。ロザリアも万年筆作りに取りかかった。いや、俺が戻って来るまで待っていたのかも知れない。昨日作り方は教えていたのだが、どうやら一人で作る自信はなかったようである。その辺りはまだまだ子供のようだ。と言うか、子供なんだけどね。

 俺みたいに「失敗しちゃった。てへ」とはいかないようである。別に失敗しても構わないのにね。


「ロザリア、失敗を恐れてはいけないよ。失敗を積み重ねた先に成功があるからね」

「でもお兄様は失敗しませんよね?」

「いやいや、ロザリアが気がついていないだけで、たくさん失敗しているよ」


 思わず苦笑いしてしまった。ロザリアにはそんな風に見えていたのか。失敗だらけなのにね。確かに、完全に失敗する前に「これはまずいな」と思ったらすぐに修正するので、端から見れば失敗していないように見えているのかも知れないな。事前の試験もキッチリと行っているし。


 納得したかどうかは分からなかったが、ロザリアはそれ以上は何も言ってこなかった。

 俺を見本にするんじゃないぞ、ロザリア。そんなことをすれば自分が自分でなくなってしまう。


 アドバイスをしたり、修正をしたりしているうちに、ようやく、二人合わせて三本の万年筆が完成した。あとはミーカお義姉様の万年筆だけだな。こちらはゴージャスなものにしておかないといけないな。


「そうだ、ロザリアにも万年筆を作ってプレゼントしてあげよう。まだロザリアの手には大きすぎて、使いにくいかも知れないけどね」

「ありがとうございます。楽しみにしてますわ!」


 これでハイネ辺境伯家全員に万年筆が行き渡ることになる。これなら不満が出ることもないだろう。出来上がった紳士用万年筆に満足していると、ネロがお昼の時間を告げた。


 昼食を取るためにダイニングルームに向かうと、そこには珍しくお父様の姿があった。カインお兄様たちはまだ帰って来ていないようである。どうやら昼食も外で食べるみたいだな。帰って来るのは遅くなるのかも知れない。


 それにしてもお父様の姿があるとは思っていなかった。たぶん、いや、間違いなく万年筆を待っているんだろうな。午前中に作っておいて良かった。


「お父様、こちらがお父様の万年筆になります」

「おお、すまんな、ユリウス。これは……」


 その見事な黒色のツヤに驚いているようだ。隣に座っていたお母様も気になるのか、お父様の手元をのぞいている。


「あら、良い色ね。マックスにピッタリの色だわ。それにところどころに装飾されている金がとっても素敵ね。素朴な感じだけど、良く見ると気品があるわ」

「そうだな。気に入ったぞ、ユリウス。ありがとう」

「喜んでいただけたようで、私もうれしいです」


 珍しくお父様に頭をなでてもらった。どうやら本当に気に入ったようである。改めてお父様に使い方を教えている間に、アレックスお兄様たちもやって来た。こちらはロザリアがアレックスお兄様に万年筆を渡している。


「これをロザリアが作ったのかい? すごいね。とってもキレイだよ。何だか使うのがもったいないね」

「ちゃんと使って下さい。文具は使ってもらってこそ価値があるとユリウスお兄様が言っておりましたわ」

「あはは、それもそうだね。大事に使わせてもらうよ。ありがとう、ロザリア」

「えへへ」


 ロザリアがうれしそうにアレックスお兄様にナデナデしてもらっている。何だかんだでロザリアは家族全員が好きだからね。カインお兄様が帰って来たら、きっと頭をなでてもらえることだろう。

 何だかんだでカインお兄様もロザリアには甘いからね。

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