第288話 気合いを入れて作ります

 胴体部分は金メッキのみで作製し、持ったときに不快感がないようにする。持ち手が滑らないように、少しでこぼこをつけてある。


 続いてキャップ。これは金メッキと銀メッキを使い、凝った装飾を施した。スペンサー王国の国旗を小さく彫り込み、空いたスペースに繁栄をもたらす蔓草と、平和の象徴である鳥をダイナミックに配置した。

 自分で言うのも何だが、かなりの自信作である。


 次はお母様の分だな。今日中にこの二本は気合いを入れて作らなければならない。そしてダニエラお義姉様の物よりも、ほんの少しだけグレードを下げなければならない。これが難しい。


 国旗をハイネ辺境伯家の家紋に変えよう。持ち手の滑り止めには銀メッキにする。キャップにはお母様の誕生花であるユリの花を添えることにした。よろこんでくれると良いな。

 やらかしたとはいえ、物作りはいつも本気でやるのだ。


 ガンガンと板金している様子をミラが見ている。退屈させてしまったかな? ネロとリーリエにミラのことを頼むと二人はそれに笑顔で答えてくれた。

 何とかお母様の万年筆を完成させたころ、ロザリアの魔石バーナーも完成した。さすがはロザリア。試運転してみたが、何の問題もなく機能した。


「これで一緒にガラスペンが作れるね。追加の魔石バーナーはまた今度にしよう」

「ユリウスお兄様、私も万年筆を作ってみたいですわ」

「分かったよ。精密さが求められるから、覚悟しておいてよ」

「もちろんですわ!」


 ロザリアがエヘンと請け負ってくれた。その後はロザリアと一緒に万年筆のペン先を作っているところで夕食の時間になった。途中でミラと一緒に散歩に出かけたので、少し進み具合が遅れてしまった。でも毎日の運動は大事だからね。ポッチャリは嫌だ。ロザリアも気をつけないと。

 ロザリアのおなかを確認してみたが、まだ大丈夫そうだ。ロザリアは不思議そうな顔をしていたけどね。




 ハイネ辺境伯家の夕食はできる限りみんなで食べるのが習わしだ。それはお父様も例外ではない。昼食は執務室で食べたとしても、必ずダイニングルームへやって来るのだ。

 俺とロザリアたちが到着したときにはアレックスお兄様とダニエラお義姉様の姿しかなかった。これはちょうど良い。


「ダニエラお義姉様、万年筆が完成しましたよ」

「もう完成したのね。ありが……」


 万年筆を見たダニエラお義姉様の動きが止まった。ちょっとゴージャスすぎたかな? アレックスお兄様も絶賛絶句中である。


「アレックスお兄様、私も万年筆を作っておりますのよ。完成したら、アレックスお兄様に差し上げますわ」

「本当かい、ロザリア。楽しみだなー」


 アレックスお兄様が正気に戻り、笑顔を浮かべた。工作室でロザリアに「アレックスお兄様のために万年筆を作るように」と言っておいて良かった。

 そして硬直しているダニエラお義姉様が怖い。


「あの、ダニエラお義姉様? 気に入らなかったなら作り直しますけど……」

「そんなことはないわ! すごすぎて声が出なかったのよ。こんな細かい装飾が施せるだなんて。こんなの、初めて見たわ」


 うわそれはまずいわ。どうやら気合いを入れすぎたようである。王家が初めて見るレベルの装飾って、どんだけ!? アレックスお兄様をチラ見するとゆっくりとうなずいた。やりすぎたんだ。どうしよう、お母様の万年筆……渡すと大変なことになりそう。


「ちなみにユリウス、他に作った万年筆はあるのかな?」

「はい、あの、お母様のために作った万年筆が……」


 見せないわけにもいかず披露する。やはり二人は絶句した。ロザリアは「とっても素敵ですわ、お兄様!」しか言わなかったのに。


「これは……」

「すごいな。これなら王族に進呈してもよろこばれるはずだよ」

「や、やっぱりお母様には渡さない方が良いですかね?」


 引き起こされる結果が怖くなった俺は腰が砕けた。アレックスお兄様とダニエラお義姉が「ノー」と言ってくれれば、すぐにでも全軍撤退するつもりだ。


「あら~? 私がどうしたのかしら~?」


 ものすごくまずいタイミングでお母様がやって来た。その隣にはお父様が! せめてお父様にはまだ内緒にしておきたかった。絶対に小言を言われる。

 お母様と目が合った。

 すべてを察したかのような表情をしたお母様がまっすぐにこちらへとやって来る。


「追加の万年筆が完成したのね。もしかして私の分があるのかしら?」


 お母様の豊かな胸が迫ってきた。その圧に負けて俺は万年筆を差し出した。


「こちらがお母様の万年筆になります。もちろん、ダニエラお義姉にも万年筆を渡しておりますよ」


 万年筆を受け取ったお母様が絶句した。異変に気がついたお父様が「万年筆?」と首をかしげながら近づいてくる。どうやらまだお父様には内緒にしていたようである。いや、内緒にしておきたかったのかも知れない。


「えっと、ダニエラ様の万年筆を見せていただいてもよろしいかしら?」

「はい、こちらに……」


 ゴージャスな二本の万年筆がお母様の手に渡る。キャップにはそれぞれの家紋があしらわれているので、間違えることはないだろう。


「な……これは一体、何なんだー!」


 お母様の手元をのぞき込んだお父様が絶叫した。ああもう、むちゃくちゃだよ。お父様に報告していなかった手前、みんなが目をさまよわせている。俺は知らないぞ。だってお父様に秘密にしておくって話、聞いてないからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る