第262話 ハイネ辺境伯家印のドライフルーツ

「昨日はずいぶんとにぎやかだったみたいだね?」


 朝食の席でアレックスお兄様がそう言った。その目は批難していると言うよりかは、こちらをからかっている感じだった。

 良いだろう、それなら俺もそれに乗ってやろうではないか。


「アレックスお兄様たちほどでは……冗談です。そんな今にも人を殺しそうな目で見ないで下さい。ほんの冗談ですから」


 危険な感じがしたので二回言った。ダニエラお義姉様が赤い顔をしてうつむいたところを見ると、どうやら冗談ではなかったようである。これは気まずい。

 あ、カインお兄様とミーカお義姉様が目をそらしてる。お前たちもか!


 昨晩は結局、お父様とお母様は帰ってこなかった。だからと言ってやりたい放題していいものか。それで良いのかハイネ辺境伯家。……もしかして、弟か妹が増えたりしないよね? そんなことになればロザリアが喜びそうだけど。お母様の年齢的に可能性があるのが恐ろしい。


「昨日はユリウスお兄様がドライフルーツを作って下さいましたのよ!」

「キュ!」


 ドン! と音がした。どうやら昨日の夜のことを思い出したロザリアが、行儀も悪くダイニングテーブルに両手を勢いよくついたようである。ミラだと「タシ」って音になるはずだからね。


「ドライフルーツ? 名前からして、果物をドライフラワーみたいに乾燥させた物のような感じだけど?」


 さすがはアレックスお兄様。察しが良い。そんな感じである。干物文化がないためか、アレックスお兄様だけでなく、ダニエラお義姉様もカインお兄様もミーカお義姉様も、なんだったら壁際に控えている使用人たちも首をかしげていた。


「そうなのですわ! 果物の甘さがギュッと濃縮されていて、見た目もとても美しくて、まるで宝石みたいでしたわ」


 両手をほほに当てたロザリアが、ウットリするかのように目を細くして顔を崩している。あまり淑女がする顔ではないな。まあ子供だから良いんだろうけど。

 鋭い視線を感じる。ダニエラお義姉様とミーカお義姉様からだ。


「えっと……お義姉様たちも試食してみませんか?」


 俺は空気の読める男。レディーに恥ずかしい思いをさせてはいけない。あとでファビエンヌ嬢にプレゼントする用のドライフルーツも作っておくとしよう。多少は日持ちするので大丈夫なはずだ。


「ええ、もちろんですわ」

「楽しみですわ」

「私も気になるね。一緒にもらっても良いかい?」

「もちろんですよ」

「それじゃ俺も……」


 結局みんなにドライフルーツを試食させることになった。ここまで来たら両親の分も用意しておくべきだろう。俺が毎回作らなくてすむように、作り方を料理長に教えておこう。評判が良かったら魔道具ごと丸投げする。異論は認めない。




 ネロと二人でせっせとドライフルーツを作っているとお父様とお母様が夜会から帰って来た。完全な朝帰りである。子供たちの健やかな成長には良くないな。


「ただいま~。……この甘い匂いは何かしら?」

「甘い匂い? ふむ、確かにそんな香りがするな」

「お父様、お母様、お帰りなさいませ! 今、ユリウスお兄様がみんなの分のドライフルーツを作っているのですわ!」

「ドライ……」

「……フルーツ?」


 困惑の表情を浮かべる二人をロザリアに説明を任せ、ドライフルーツ作りに専念する。こんなことなら自動化しておくべきだった。確認するのが地味に面倒くさい。真剣にメモを取ってくれている料理長には申し訳ないが、改造してから任せることにしよう。


 完成したドライフルーツをサロンへと運ぶ。サロンにはすでに屋敷に戻ってから一息入れた両親が待っていた。楽しそうにお義姉様たちと話している。うんうん、どうやら良好な関係を築くことができているようだ。嫁いびりとか、穏やかじゃないからね。


「お待たせしました。ドライフルーツです」

「キュー!」

「ちょっとミラ! ちゃんとミラの分まであるから! 落ち着いて!」


 ドライフルーツの群れに飛びかかろうとしたミラを押さえ込む。どんだけ気に入ったんだよ。そしてドライフルーツを見たメンバーは一様に固まっていた。

 唯一、固まっていなかったロザリアがヒョイパクと食べる。ついでとばかりにミラの口の中にも放り込んでいた。行儀が悪いぞ、二人とも。


「甘ーい!」

「キュー!」


 その言葉で金縛りが解けたのか、みんながドライフルーツに手を伸ばした。黙ってモグモグしつつも、その顔はみんなほころんでいた。どうやらお気に召してくれたようである。良かった。これで俺の任務も完了だな。


「これがドライフルーツか。うまいな」

「ええ、本当に。果物がさらにおいしくなるとは思ってもみなかったわ~」


 お母様もうれしそうである。もちろんお義姉様たちも。そしてどうやら、お兄様たちにも好評のようだ。


「水分が少なくなっていると言うことは、日持ちするのかな?」

「短期間なら大丈夫だと思いますよ。さすがに年単位だと風味が落ちると思いますけどね」


 うんうんとうなずくアレックスお兄様。何かまた妙なことを考えてないよね? その無言のうなずきが怖い。


「すごいな、ユリウスは。いつの間にこんなことを思いついたんだい?」


 感嘆の声を上げるカインお兄様。その素直な反応が俺にとっては最高の癒やしだ。すごく驚いてもらえたようである。


「昨日の夜ですわ!」


 ロザリアのその一言に、その場が「え?」みたいな空気になった。この時間が止まったような感じ。ドキドキするね。主に嫌な予感のドキドキだが。今すぐにでも逃げ出したいところだが、それはできなさそうである。


「昨日の夜? それじゃ、あの魔道具は?」


 俺とネロが調理場でドライフルーツを作っていたときに、その様子を見に来たアレックスお兄様がつぶやいた。そのときは「面白い魔道具があるんだね」と笑顔で言っていたのだが、今はなぜかその視線が痛い。


「昨日の夜、ユリウスお兄様があっという間に作りましたわ。すごいのですよ。ネロが果物を取りに行っている間に作りあげたのですから!」


 もうやめて、ロザリア! 今日もロザリアの「お兄様推し」が強い! みんなの視線が俺にダイレクトアタックしてるから!


「これ、ハイネ辺境伯領の特産品にできませんか?」


 おっと、アレックスお兄様がとんでもないことを言いだしたぞ。さっきの沈黙はこのことを考えていたのか。でもすぐにまねされると思うんだけど。ネタがバレれば大したことじゃないからね。果物を乾燥させただけだし。まあ、色々とコツはいるけどね。


「うむ、実に良い考えだな。特産品の印として、ハイネ辺境伯家印でも入れておくか」

「あら、良い考えね。品質の保証にもなるし、ハイネ辺境伯家印を許可なく使う人はいないでしょうからね」


 お母様の笑顔が怖い。そんなやつがいたらあっという間に潰されることになるだろう。物理的に。

 その後はお父様とアレックスお兄様が何やら密談をしつつ、女性陣とミラはドライフルーツを堪能しつつ、俺は背中に冷たい汗を流しつつ時間が過ぎていった。

 カインお兄様は良いなあ。何食わぬ顔でお茶を飲んでる。俺もそちら側へ行きたかった。

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