第261話 余計な一言

 夕食が終わり、部屋で一息入れているとロザリアが枕を持ってやって来た。もちろんミラも一緒である。その後ろには枕を持ったリーリエの姿があるけど、まさか俺と一緒に寝るつもりじゃないよね?


「お兄様、リーリエもネロと一緒のベッドで寝たいみたいですわ」

「別に良いんじゃないかな? そうだよね、ネロ?」

「もちろん構いませんよ」

 

 ネロが笑顔で了承してくれた。すまないネロ。君まで巻き込んでしまって。リーリエはうれしそうにネロの部屋へと向かった。

 さてどうしたものか。さすがにこの部屋で液体洗剤は作れないしな。早いけどもう寝るか? でも全然眠たくないんだよね。


「お兄様、あの除湿の魔道具はどうするのですか? あのままでも何かの役に立ちそうな気がするのですが」


 う、良く見ているな。しれっと組み込んだからバレないと思っていたのだが、さすがは魔道具師の卵。見透かされていたようである。


「そうだね、何かに使えたら良いんだけどね」

「洗濯機では洗えないものもありますわ。それを洗ったときの乾燥に使ってもらえば良いのではないですか?」

「うーん、そんな場面あるかな?」

「ユリウス様、食器を洗ったあとの乾燥に使うのはどうですか?」

「なるほど、それは良い考えだぞ、ネロ。食器洗い乾燥機だな」


 良いぞ、ネロ。実にイイ。これなら俺が発案者にならなくてすむはずだ。これでロザリアが食器洗い乾燥機の魔道具を開発すれば、今度こそ、ロザリアの手柄になるはずだ。

 食器洗いも大変な仕事だ。貴族の屋敷や、飲食店なんかでは重宝するはずだぞ。


「お兄様、さっそく設計図を作りましょう!」


 ロザリアがベッドからテーブルへと移動する。すぐにネロが紙とペンを用意する。そうこうしているうちにリーリエが戻って来てお茶の準備をしてくれていた。ロザリアと同じ年齢なのに良く気が利く子だな。

 ミラは何かが起こっていることを察したのか、うれしそうに飛び回っている。


「干物を作るのも良いかもな」

「干物?」


 クルリとロザリアがこちらに振り向いた。ロザリアだけじゃない。ネロもリーリエもこちらを向いている。ミラは首をかしげていた。

 まずい、そう言えばこの世界には干物の文化がなかったな。ゲームの中にもさすがに干物はなかった。どうしよう。


「えっと……そうだ! 果物を乾燥させてドライフルーツを作ってみたらどうかと思ってさ」

「果物を乾燥させるのですか?」


 なぜそんなことを思いついたのかとでも言いたそうな顔のロザリア。ほほに拳を当てた顔がかなり傾いている。ネロとリーリエも首をかしげていた。ミラは首をかしげすぎてひっくり返っていた。何やってるんだか。かわいいけど。


「そうだよ。果物の中の余分な水分を減らすことで甘みがギュッと濃縮されておいしくなるんだよ。たぶん」

「たぶん……」

「キュ……」

「や、やってみないと分からないよ!」


 何だかロザリアとミラの目が冷たいぞ。まさかこんな目を向けられるだなんて。もしかして「果物にそんなことをするだなんてけしからん」とか思っているのかな? ロザリアは果物が大好きだもんね。ミラもだけど。

 ここはあれだ。すぐに実践して疑いの芽を摘んでおかないと。そうでなければロザリアとミラに嫌われてしまう。


「ネロ、何か果物をもらって来てよ」

「かしこまりました。直ちに」


 ネロがスッと部屋の外へと出て行った。その間に、自室にある素材をかき集めてドライフルーツを作る魔道具を完成させた。

 何のことはない。密閉できる金属の箱に「除湿の魔法陣」を組み込んだだけである。見た目もただの箱である。見栄えもへったくれもない。


「ゆ、ユリウス様はすごいのですね」

「リーリエ?」

 

 完成した魔道具を見てリーリエの目が飛び出しそうになっていた。そう言えば、リーリエの前で魔道具を作ったり、魔法薬を作ったりしたことはなかったな。初めてその光景を見たのなら、驚くかも知れない。


「さすがお兄様ですわ」

「ロザリア?」

「キュ」

「ミラまで……どうしたの?」


 そんなに驚くことはないと思うんだけどな。箱に魔法陣を組み込んだだけだし。ロザリアでも簡単に作ることができるはず。やっちまった、と言うほどのことでもないと思う。


「ユリウス様、いただいて来ましたよ」

「良くやったぞ、ネロ。それじゃさっそく……」

「え?」

「お兄ちゃん、これがユリウス様があっという間に作った魔道具よ」

「は?」


 ネロの動きがピタリと止まった。うーん、どうやらやっちまったようである。まあ、やっちゃったものは仕方がないね。俺はネロがもらってきてくれたグランベリーやブドウ、オレンジを無造作に魔道具の中へと放り込んだ。

 どのくらいの時間で完成するのかが分からないので、そこは毎回フタを開けて確かめることにする。


「これでドライフルーツが完成するのですか?」

「そうだよ。どのくらいの時間がかかるのかはやってみないと分からないけどね。その辺りを調節できるようになれば、立派な魔道具になるかもね」


 するつもりはないけどね。ドライフルーツを広めるつもりはないし、広めさせないぞ。これはロザリアとミラからの信頼を取り戻すための負けられない戦いだ。それ以上でも、それ以下でもない。


 ロザリアが描く「食器洗い乾燥機」の魔道具の設計を手伝っている間にドライフルーツは完成した。三十分くらいかな? この量ならこのくらいの時間がかかるのか。フムフム。

 魔道具の中に入れた果物の重量が一定の割合まで下がったら、音が鳴って自動で止まるように設計すれば、放置した状態でドライフルーツを作ることができそうだな、って、何を考えているんだ俺は。作らないからね?


「できたぞ」

「これがドライフルーツ……美しいですわ!」

「まぶしいです」

「すごい……」

「キュ……!」


 濃縮された甘い匂いにつられたのか、ミラがヨダレを垂らしている。そんなミラのヨダレを拭きながら一つ口に放り込んであげた。


「キュー!」


 ミラが飛び上がった。両手でほっぺたを押さえている。ほっぺたが落ちそうだということなのかな? ちょっと大げさなんじゃないですかね。


「あの、お兄様、私もいただいても?」

「もちろんだよ。ネロもリーリエも試食してみてよ」

「それでは」

「いただきます」


 ドライフルーツを口に入れた三人が歓喜の声を上げたのは言うまでもなかった。

 ふっ、また一つ、つまらぬ物を作ってしまった。

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