第236話 社交界シーズンの終わり
タウンハウスに戻って来た俺たちは着替えてお風呂に入ると、すぐに泥のように眠った。どうやら思った以上に緊張していたようである。夢の中でファビエンヌ嬢に「浮気者」となじられたのは誤算だったが。どうかファビエンヌ嬢に変なウワサが流れませんように。
ぐっすりと眠った翌日、いつもと同じ時間に起きてきた俺たちは洗面台に向かった。俺の支度はネロが手伝ってくれた。昨日の夜会で疲れただろうにすまないね。
「これで俺たちの役目も終わったな。ようやくいつもの日常が戻って来るぞ」
「そうだね。色々と大変だったけど、楽しかったかな?」
「ありがとう、アクセル、イジドル。二人のおかげで俺も楽しく過ごすことができたよ。マナー講習は地獄だったけどね」
「そうだな……」
「だよねぇ……」
二人が遠い目をしていた。地獄の特訓の成果は確実にあったのだが、それにしても地獄だった。やはりマナーと言うものは日頃から少しずつ鍛えておくものだな。
「二人とも、覚えたマナーを忘れないでね? さもないと、また地獄のマナー講習を受けることになるよ?」
「わ、分かってるって。家に帰っても時々、思い出すことにするよ」
「そうそう」
「時々ね……これはまた地獄のマナー講習を受けることになりそうだな」
「ユリウス様、タオルをどうぞ」
「ありがとう、ネロ」
二人の顔が引きつっている。食堂に到着すると、すぐに朝食が目の前に運ばれてきた。今日は目玉焼きにパン、サラダ、ハムである。よくある朝食だ。
すでに食堂に来ていたアレックスお兄様に朝の挨拶をしてから朝食を食べ始める。
「アクセルとイジドルと一緒に食べる朝食も今日までだね。これまでありがとう。本当に助かったよ。ユリウスだけだったら逃げ出していただろうからね」
「いえ、もったいないお言葉です。お世話になったのはこちらの方です」
アクセルとイジドルが頭を下げた。本当に二人には世話になったな。逃げ出していたかどうかは分からなかったが、マナー講習がはかどることはなかったな。
「あと何回か社交界に参加することになるんだけど、もし二人の都合が合えば、またユリウスと一緒に参加してもらえないかな?」
「もちろんですよ」
「私たちで良ければ」
二人が一人前の紳士らしく答えている。こんなに成長して……お父さん、うれしいよ。ネロがそっとハンカチーフを渡してきた。あ、いつの間にか泣いてました、俺?
俺だけ何だか湿っぽくなった話は終わり、アクセルとイジドルのために用意した服は、もちろんそのままプレゼントされた。たぶんものすごくお高い服だと思う。いくらなのかは知らないけど。
「俺からも二人にお礼をしたいんだけど、何が良いかな?」
「お礼? うーん、ユリウスからはたくさんもらっているからなー」
「そうだよね。今さらお礼なんて言われても困るよね。ボクらとしては、ようやく少しは恩を返せたかなってところだよね」
「そっか。そんなもんかな?」
通常モードに戻った二人。ちゃんと切り替えて使いこなしてもらえるとありがたい。それにしても、すでに二人に与えていたとは……剣術や魔法の訓練のことかな? 確かに一緒に訓練したけど、それって俺じゃなくてもできるよね? ちょっと複雑な気分だ。
「まあ、いいや。二人とも、困ったことがあったら何でも言って欲しい。できる限り協力するからさ」
「分かったよ」
「ユリウスもボクたちに何かお願いがあったら何でも言ってよね」
こうして二人はハイネ辺境伯家のタウンハウスから去って行った。ちょっと寂しいが、今はネロもリーリエもいることだし大丈夫だろう。俺は登城し、調合室に行くべく準備を始めた。
その後は二人と一緒にいくつかの社交界に参加したり、王宮魔法薬師たちに魔法薬を甘くする方法を教えたり、新しく王城内に設置される氷室の状況を確認したりして過ごした。
その間にタウンハウスでネロと剣術の練習をしたりしたのだが、やっぱりネロは強かった。試しに魔法を教えてみたら、それもすぐに使いこなせるようになった。万能執事じゃん!
調子に乗って暗殺術を教えようとしていたらお兄様に止められた。どこでそんなことを覚えたのかと言われたので「昔読んだ本に載ってました」とウソをついたら、「そんな有害な本は読まないように」と怒られた。暗殺術の使える有能な執事、お約束だと思ったんだけどな。
そんな日々を過ごしている間に社交界シーズンの終わりを迎えた。参加した社交界で何度かキャロリーナ嬢と出会うことがあったが、クロエ様のことや、政治的な考え方が頭をよぎり、以前のように、親しく話すことはできなかった。ちょっと寂しいけど仕方ないよね。腐っても俺たちは貴族の子供なのだから。結局は親の駒でしかないのだ。
その代わりにアクセルが頑張っていたように思う。たぶんキャロリーナ嬢のことが好きなんだろうな。うれしそうに話していたもんね。マナー講習を頑張って良かったね、アクセル。キャロリーナ嬢のお尻がどんな具合なのかは分からないが、きっとアクセルセンサーには何か引っかかっているのだろう。胸はつつましやかだもんね。
「どうしたんだい、ユリウス? 王都を離れるのが寂しいのかい」
「それはまあ……仲良くなったみんなと離れるのは寂しいですね」
「フフフ、ユリウスがそんなことを言うとは思わなかったよ。てっきりもう王都には行かないって言い出すかと思っていたのに」
そう言って笑うアレックスお兄様。たぶんこうなることを予想して俺を王都に呼んだんだろうな。お父様もこれを見越して俺を王都に行かせたのだと思う。そのもくろみは見事に成功したというわけだ。
だが、得るものも多かった。ネロとリーリエは計画通りに俺と一緒に領都に帰るのだ。自分専属の執事と使用人が付くのはありがたい。リーリエはまだ見習い中だけどね。
これで領地に戻ったらこれまで以上に自由に動き回ることができるぞ。夜更かししても、屋敷の書庫に閉じこもっても、調合室にこもっても、注意させることがなくなるぞ。
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