第234話 甘い誘惑
俺がどうしようかと考えている間に、ジョバンニ様がヘイデン公爵と挨拶を交わしている。ジョバンニ様……そうだ、ジョバンニ様も『鑑定』スキルを使えるんだった。それとなく誘導すれば、ヘイデン公爵に病状を伝えることができるかも知れない。
俺はジョバンニ様の挨拶が終わるとすぐにその袖を引っ張った。
「ジョバンニ様、ヘイデン公爵の顔色があまり良くないように見えるのですが?」
「ヘイデン公爵の? うむ、確かにそう言われて見ればそうですな」
「どこかお体が悪いのではないでしょうか?」
「そうかも知れませんね」
はよ鑑定せんかい! ああもう。
「ジョバンニ様の鑑定でどうにかならないのですか?」
「鑑定で? まさか鑑定を人に使うのですか!?」
あれ? まずかった? それとももしかして、物にしか使えないと錯覚していた? いつからなのだろう。ひょっとすると余計な知恵を授けてしまったかも知れない。でも、放っておくわけにもいかないし。
俺の熱いまなざしに気がついたのか、ジョバンニ様がうなずいた。
「物は試し。やってみましょう」
そう来なくっちゃ! ジョバンニ様がジッと品定めをするかのようにヘイデン公爵を見た。そして何かに気がついたのか、ハッと口元に手を当てた。
「ユリウス先生! ヘイデン公爵は肺の病を患っておりますぞ」
「本当ですか!? ですがジョバンニ様、心配は要りませんよ。こんなこともあろうかと、肺の病に効く魔法薬を持って来ています。もちろん、初級回復薬も。子供用ですが……」
俺は初めて知ったようなフリをしつつ、持ち込んでいた魔法薬をそっと内ポケットから出した。驚愕するジョバンニ様。なんでそんな神様を見るような目をしているんだ。嫌な予感しかしないぞ。
「まさか、すべて想定内だったのですか!?」
「そんなわけないから。俺が魔法薬を渡しても受け取ってもらえないと思うので、ジョバンニ様が渡して下さい」
「え? それはなりません! ユリウス先生の手柄を取るなど、とんでもない!」
「シッ! 声が大きい!」
何だ何だと周囲が騒がしくなってきた。くそう、どうしてこうなった。俺が王宮魔法薬師団長を注意したからなのか? そうだよね。俺もそう思う。つい、声が大きくなってしまった。
「ユリウス、どうかしたのかい?」
「え? いや、えっと……」
助けを求めるようにジョバンニ様を見た。心得たとばかりにうなずくジョバンニ様。何だろう、すごく悪い予感がする。さっきからこんなんばっか。
「ヘイデン公爵、肺の病を患っているのではありませんかな?」
ジョバンニ様が少し近づいてから小さな声でそう言った。ハッキリとヘイデン公爵の顔色が悪くなった。それが聞こえたのか、アレックスお兄様とダニエラ様の顔が驚きの表情へと変わっていた。
ポケットからハンカチーフを出し、顔の汗をふくヘイデン公爵。ばつが悪そうな顔をしている。
「いやー、それがな、ちょっと悪いような気がするのだよ。ちょっとだけな?」
「ヘイデン公爵、もしかして、魔法薬を飲むのが嫌なのではありませんか?」
「あー、いやー、その、魔法薬を飲むほどのことではないのでな?」
メッチャ汗かいてる! 魔法薬を飲むのが相当嫌なようである。今のところはゲロマズ魔法薬ばかりだもんね。しょうがないよね。
「ヘイデン公爵、魔法薬の味と匂いが苦手なのではありませんか? ですがその心配はご無用です。こちらのユリウス先生が作った魔法薬なら、そのような心配は一切不要です。こちらの魔法薬はどちらも小さな子供でも飲めるように甘くしてあります。魔法薬が苦手なヘイデン公爵でも喜んで飲んでいただけるはずです」
コソコソと話すジョバンニ様。その姿は怪しい薬を売りつける、うさんくさい人物にしか見えなかった。そしてさりげなく俺を売り込むんじゃない。ジョバンニ様も同じ魔法薬を作れるのだから、普通にそう言えば良いのに。
俺の名前を出したせいでヘイデン公爵の目が……ヘイデン公爵の目が希望に満ちた目になっていらっしゃる! もしかして、肺の病がものすごくつらかったのかな? それなら無理してでもゲロマズ魔法薬でも飲みなさい! お子様か!
「本当に?」
すがるような目をするヘイデン公爵。先ほどまでの威厳はどこへやら。あ、横に置いておくことにしたのですね、分かります。
「ヘイデン公爵、間違いありませんわ。私が保証致します。ここだけのお話ですが、ユリウスは国王陛下から直々に魔法薬師の許可を与えられておりますわ。今も飲みやすい魔法薬の開発に励んでおりますわよ」
ダニエラ様が援護射撃を行った。お姫様に援護射撃される俺。身に余る光栄なんだけど、何だか背中に嫌な汗が流れている。なぜかしら。
「そ、そうであったか。それではせっかくなので飲ませていただこうかな? 別室で」
俺たちはそろってうなずきを返した。ヘイデン公爵としては万が一を想定したのだろう。ゲロマズでのたうち回る自分の姿を多くの人にさらすわけにはいかない。
ヘイデン公爵の使用人に導かれて、建物内でも一番豪華な休憩室へと向かった。
テーブルの上にはピンクと緑色の魔法薬が置いてある。緑色の魔法薬は見たことがあるだろうが、それでも色の美しさと透明度から尋常の魔法薬ではないことに気がついたのだろう。うーむとうなっている。
ジョバンニ様は鑑定したのか、「これはすごい、すごすぎる」と一人で興奮していた。これは思ったよりも厄介だな。秘密の魔法薬が作れないじゃないか。
「まずはこちらの魔法薬を飲んで下さい。肺の病に効く魔法薬です。それから続けてこちらの初級回復薬をお飲み下さい」
「なぜ初級回復薬を飲むのかな?」
ハンカチーフで額の汗を拭いながらも笑顔で聞いてきた。ちょっと引きつった笑顔だった。
「肺の病に効く魔法薬は少しだけ肺に悪影響を及ぼすのです。放っておいても自然治癒するのですが、それには二、三ヶ月かかります。しかし初級回復薬を飲めばすぐに元の健康な状態に戻すことができます」
「なるほどなぁ」
そう言いながらしきりに魔法薬を見るヘイデン公爵。はよ飲まんかい。これはよっぽど魔法薬を飲むのが苦手みたいだな。お付きの人たちもハラハラした表情でこちらを見ている。
やがて意を決するかのように魔法薬に手を伸ばした。その目には光がなかった。
「ダニエラ王女様と次期ハイネ辺境伯に乾杯」
そう言ってピンク色の魔法薬をグイッと飲んだ。相当テンパっているようである。もはや自分が何を言っているのかも分かっていないのだろう。お兄様とダニエラ様の肩がプルプルと震えている。どうやら必死に笑いをこらえているようだ。
「甘い! 何だこれ!?」
しっかりと飲み干すと目を大きくして空き瓶を見つめた。その目には光が戻ってきていた。子供用の魔法薬を持って来ておいて良かった。
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