第217話 ダニエラお義姉様
何とか窒息死から免れた俺は、カインお兄様とミーカお義姉様が乗った馬車が見えなくなるまで手を振って見送った。帰り際にお義姉様は「次こそは一本を」と息巻いていた。これは次に遊びに来たときもやらされるな。なるべく留守にしておかないと。
「話には聞いていたけど、本当だったんだね」
「何がですか?」
「ライオネルがユリウスに膝を屈したと言う話さ」
「屈してないですからね!? だれですか、そんな無責任なウワサをした人は!」
冗談ではない。互角に戦ったことはあるが、勝利を収めたことはなかったはずだぞ。さすがにそこまで目立つようなことはしない。そんなことをすれば「辺境の剣聖」とか、言われかねない。
「さっきの戦いを見たら、だれもが本当だと思うよ。ユリウスは剣聖になるつもりなのかな?」
「だれに聞いたんですか、その話! なりませんからね、そんなもの。あの使用人ですか!?」
バッと振り向いたが、そこにはだれもいなかった。何という逃げ足の速さ。忍者かな? 逆に怖いわ。あまりの理不尽さに盛大なため息をつくと、アレックスお兄様が頭をなでてくれた。
「兄としては頼もしい限りだよ」
「本当ですかぁ?」
「もちろんだよ。ダニエラ様もきっと喜ぶよ」
やけにダニエラ様を押してくるな。俺がダニエラ様を嫌っていると思っているのかな? そんなことは全然ないぞ。お姫様なので遠慮しているだけだからね。
アレックスお兄様は何とも思っていないようだったが、そうなるとカインお兄様がどう思っているのかが気になるな。
俺のことをライバル視するのかな? 邪魔な弟だと思うようになるのかな。兄より優れた弟などいないと思うのかな。何だか良くない気がする。それにミーカお義姉様との距離が近いものまずいだろう。
「お兄様、カインお兄様は私のことをどう思いましたかね?」
「ユリウスはハイネ辺境伯の騎士団に入るわけじゃないんだろう? それに王都の学園にも入学するつもりはない」
「そうですね」
「それなら大丈夫だよ。ユリウスはカインにとってのライバルにならない。ミーカ嬢は昔から弟が欲しかったみたいでね。今はその思いが爆発してるんだと思うよ。それに、ユリウスは命の恩人だからね。問題ないよ」
そう言うと、再び俺の頭をなでてくれた。しかしその顔は、少し憂いを帯びていた。
次期当主のお兄様にとっても頭の痛い問題なのかも知れないな。俺は俺で、なるべく波風を立てないようにしないといけない。
頑張っているつもりなんだけど、なかなかうまくいかないな。周囲が俺のことを放っておいてはくれない、なんちゃって。
部屋に戻るとすぐに、カインお兄様に向けたフォローの手紙を書いた。お似合いのカップルでうらやましい。俺も素敵なお義姉様ができてうれしいと書いておいた。これで俺がミーカお義姉様のことは義姉と見ており、一人の女性として見ていないことを分かってくれるだろう。
翌日、昨日と同じように氷室の改良を終えて、日々の日課になっているアクセルとイジドルとの「三時のお茶会」をしているところにアレックスお兄様がやって来た。
何だか悪い予感がする。気のせいか?
「アクセル、イジドル、いつも弟がお世話になってるね」
「そんなことはありません。お世話になってるのは私たちの方です」
「アクセルの言う通りです。いつもお世話になっております」
シャンと背筋を伸ばして二人がそう言った。お兄様が来るといつも空気が硬くなるんだよね。もうちょっとリラックスしても良いと思うんだけど、さすがに難しいか。
「どうしたんですか、お兄様。何かありましたか?」
「うん。ダニエラ様がユリウスとお話したいそうだよ」
「そうですか。分かりました。案内して下さい。ごめんね、アクセル、イジドル。今日はここでお別れだ」
「おう……じゃなかった、それではまた明日、お目にかかりましょう」
「ごきげんよう、ユリウス様」
カチカチになりながら二人がそう言った。これはもう少し日頃から慣れていた方がいいな。貴族モードで語り合う時間でも作って、会話の練習をした方が良いかも知れない。明日から早速そうしよう。
「あの、良いのですか? またこんなところに来て」
「良いんだよ。ダニエラ様から許可をもらっているからね」
俺たちはまたしても王族のプライベートスペースに足を踏み入れていた。何だが禁断の地に足を踏み入れたかのような空気になるので、あまり好きじゃないんだけど。
そうこうしているうちに、見慣れた扉の前に到着した。お姫様の部屋の扉を見慣れるようになるとか、どんだけ。
「ダニエラ様、アレックスです」
「お待ちしておりましたわ」
すぐに扉が開いて、ダニエラ様が迎えてくれた。お姫様が直々に扉を開けるって、どうなのよ。ダニエラ様はすぐに隣にいた俺を見つけたようである。
「いらっしゃい、ユリウスちゃん」
「お、おじゃまします。ダニエラお義姉様」
俺がそう言うと、ダニエラ様がニッコリとほほ笑んだ。どうやら合格のようである。
いつもはしない「ちゃん」付けで呼ばれたのだ。きっと昨日のミーカお義姉様と俺とのやり取りを聞いているのだろう。こちらも「お義姉様」呼びしておいて良かった。
部屋の中に入ると、すでにテーブルの上にはお菓子が用意されていた。席に座るとダニエラ様が話を切り出してきた。
「ユリウスちゃんをここへ呼んだのは他でもありません。今度の社交界にアレクと一緒に参加してもらいたいと思っているからですわ」
「アレク!?」
初めて聞く呼び方に思わずお兄様の方を見た。ニッコリとこちらを見ているが、その目は「これ以上、何も言うな」と如実に語っていた。慌てて両手で口を塞ぐ。これはタブーだ。
「分かりました。それだけ重要だと言うことですよね?」
「そうですわ。北の公爵家が主催する社交界ですからね。そのため、北部の貴族の多くが参加することになります」
「北の辺境に位置するハイネ辺境伯家も例外ではないと言うことですね」
「そういうことです」
なるほど。大体分かった。北の公爵様に王女殿下と結婚をすることを報告するみたいだな。そのときに、俺も引き合わせようということなのだろう。でも、どんな人物なのかな?
「あの、北の公爵様とハイネ辺境伯家の仲は?」
「可もなく不可もなくって感じだね。公爵としては北部にダニエラ様の力がおよぶことになるから、喜んでいると思うよ」
「安心しました。それなら問題はなさそうですね」
関係がこじれていないなら問題ないな。ここに俺が呼ばれたのは、きっと俺が何かやらかさないように釘を刺すためなのだろう。俺だって、問題を起こそうとして起こしているわけじゃないからね。
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