第182話 欲しい

 孤児院内の部屋を回り、風邪薬を飲ませて回った。全部で九人。その中でリーリエだけが肺の病を患っていた。他の子供たちに広がっていなくて良かった。これも「何だかおかしい」と思ったネロがリーリエを個室に隔離していたお陰だろう。


「ユリウス様、何とお礼を言えば良いのか」

「気にしないでよ。ネロが先手を打っておいてくれたお陰で、病人が少なくて済んだよ。風邪薬ならすぐに作ることができるけど、肺の病に効く薬はちょっと素材が特殊で、たくさんは作れなかったからね」


 元気を取り戻した子供たちは食堂に集まり、大きなテーブルの上に載せられたお菓子をおいしそうに食べていた。そんな中、ネロだけはそれに手を付けずに俺にお礼を言ってきた。


 さすがは孤児院の子供を取りまとめているだけあって、しっかりしているな。これならこの孤児院を出ても、問題なく働く場所を見つけることができるだろう。ネロの安定感のある雰囲気からして、家令なんかが似合いそうな気がするんだけどな。


 動きも速いし、護衛役もこなしながらサポートすることもできそうだ。うん、ネロが欲しくなってきたぞ。アレックスお兄様に相談してみよう。そのときはもちろん妹のリーリエも一緒に連れて行こう。それなら安心してくれるはずだ。


「ユリウス様、今日は追いかけっこしないの?」


 キュルンと瞳を輝かせて五歳くらいの男の子が聞いてきた。どうやら前回、俺とネロが追いかけっこしたのを見ていたようである。もしかしてまた見たいのかな? でも今日は子供たちの風邪の症状を見たり、風邪薬を配ったりしたので残り時間があんまりないんだよね。


 それに外は段々と冬に向かって寒くなっている。風邪を引く子供たちの数を少なくするためにも、なるべく室内にいた方が良いと思う。そんなわけで、次なるとっておきのアイテムを取り出した。双六とカルタである。

 我が領地の名産品は王都でもひそかに流行りつつあった。


「かけっこの代わりに、部屋の中で遊ぶことができる物を持って来たぞ。これだ!」


 テーブルの上にそれらを並べる。さすがにこれが何なのか分からなかったようで、首をかしげている子供たちがほとんどである。そんな中、ネロだけは違った。


「これはもしかして、双六とカルタですか? 確か、どこかの辺境伯領で大人気のおもちゃだと言う話を聞いたことがあります。王都にも入ってきて、とても人気だと聞いたことがありますが……もしかしてその辺境伯って」

「そうだ。何を隠そう、俺の実家があるハイネ辺境伯なのだよ」


 おもちゃと聞いて、ワアア! と子供たちが歓声を上げた。この娯楽品は文字を覚えたりするのにも大変便利な学習装置なのだ。遊んで学べる。まさに一石二鳥とはこのことよ。


「ちなみにこれは俺の手作りの特別仕様だよ。ここにしかない一品物だぞ」


 またしてもワアア! と歓声が上がった。なかなかノリが良いな、子供たち。悪くないぞ。ケンカにならないようにそれなりの数を作って来た。やり方を教えさえすれば、すぐにでもみんなで遊ぶことができるぞ。


 こうして俺は双六とカルタの遊び方を子供たちに教えながら自分も遊んだ。やっぱりボードゲームは大人数でやった方が盛り上がるな。

 散々負けたところで帰る時間になった。か、勘違いしないでよね。盛り上げるためにわざと負けてあげただけなんだからね。


「ユリウス様、本日は本当にありがとうございました」

「ありがとうございましたー!」


 子供たちが玄関の前で声をそろえてそう言った。本当にここの孤児院には良い子がそろっているな。また時間を見つけて遊びに来ないとな。今度は魔道具でも持って来ようかな。


「魔法薬が足らなくなったら遠慮なく言って欲しい。他にも必要な魔法薬があれば、何とかなるかも知れない。石けんもちゃんと使うように指導しておいてよ。風邪予防になるからね」

「分かりました。お任せ下さい。そのときはよろしくお願いします」


 最後は笑顔で子供たちと分かれた。帰りの馬車はとても静かに感じた。




 タウンハウスに戻ると、カインお兄様の姿があった。珍しいな。学園が始まってから、一度も帰って来たことがなかったのに。何かあったのかな。


「ただいま戻りました」

「お帰り、ユリウス。何も問題は起こさなかったかい?」

「もちろんですよ。あ、肺の病を患っている子がいたので、肺の病に効く魔法薬を飲ませてあげました。その効果もあって、すっかり良くなりましたよ」


 どうせ使用人から何があったのかが伝わるのだ。それならこの場で言った方が……あれ? アレックスお兄様とカインお兄様が険しい表情でこちらを見ているぞ。そしてそのまま無言で二人が距離を詰めてきた。


「その話、詳しく」

「え、は、はい」


 何だかよく分からないが、肺の病に効く魔法薬と、その魔法薬による副作用のリスクを回避するために、初級回復薬を飲ませたことを伝えた。

 それを聞いてあごに手を当てるアレックスお兄様。その一方でカインお兄様は……。


「ユリウス、その魔法薬を俺にくれないか? お金ならいくらでも出すから!」


 カインお兄様が俺の両肩をつかんで前後にガクガクと振った。やめて、胃から何かが出て来そうだから。


「い、いえ、お金は要りませんよ。王宮魔法薬師団の素材置き場から、タダでいただいた素材で作ったものですから。ですが、一つ問題がありまして……今、手持ちに無いんですよ。全部、孤児院に寄付してきたので」

「あああ」


 頭を抱えながら崩れ落ちるカインお兄様。なるほど、大体分かった。アレックスお兄様の方を見ると、良い笑顔をしたお兄様と目が合った。何か怖いぞ。


「ユリウスは気がついているかも知れないけど、ラニエミ子爵令嬢がどうやら肺の病を患っているみたいなんだよ。それを治すための魔法薬を探していたんだけど、もうあるみたいだね」

「ラニエミ子爵令嬢を診断してみないと分かりませんが、風邪のような症状から始まって肺の病になったのなら、私が作った魔法薬で効果があるかも知れません。必要なら手紙を書きますので、孤児院で受け取って下さい。一応、魔法薬の飲む順番を書いた紙も準備しておきます」

「ありがとうユリウス」


 すべての音に濁点が付いたような声でそう言うと、カインお兄様が俺に抱きついてきた。俺の服はお兄様の顔から出た液体でベチョベチョになった。オーマイガ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る