第101話 散水器

 手紙や依頼書を書き終わった。時刻はちょうど三時のおやつの時間に差し掛かろうとしていた。ロザリアはまだサロンで魔道具を作っているのだろうか? 俺は書き終わった書類を懐の内ポケットに入れると部屋を出た。


 通りかかった使用人にお茶の準備を頼むと、そのままサロンへと向かった。そこにはやはりロザリアの姿があった。何やら腕を組んで、眉間にシワを寄せていた。どうやら思い通りに進んでいないようだ。


「どうしたの、ロザリア? そんな難しい顔をして。かわいい顔が台無しだよ」

「お兄様!」

「キュ!」


 ミラが鋭いタックルを繰り出してきた。思わず「ぐえ」と言う声が出そうになるのを何とかこらえる。これぞ紳士の嗜み。


「お茶の準備を頼んでおいたから、一休みしよう。そうすれば何か良い考えが浮かぶかも知れないからね」

「そうだと良いんですけど」

「キュ~」


 どうやらミラも一緒に考えてくれていたようである。偉いぞミラ。とりあえずミラをナデナデしておいた。実にうれしそうである。それにしてもロザリアはだいぶ参っているようである。

 すぐに使用人がお茶セットを準備してくれた。今日は領都で有名なお店のクッキーのようである。中央を飾る赤いジャムがみずみずしい光を放っていた。


 クッキーを食べながらロザリアに尋ねた。もちろん、ミラにも食べさせている。実においしそうだ。


「ロザリア、何か問題があったのかな?」

「持ち運びができるシャワーのようにしたいのですが、どうしても大きくて、重くなってしまうのです」


 なるほど。ロザリアは魔道具の小型化に苦戦しているようである。そう言えば一部の魔道具、例えばランプの魔道具などは小型化がされているが、多くの魔道具は大型のものばかりだったな。


 その理由が、魔法陣の大きさによって、引き起こされる効果が増減するからである。つまり、一度に多くの水を出したかったら、魔法陣を大型化するしかないのだ。そしてその分、魔道具は大きくなる。


「そんなに大きな魔法陣にしなくてもいいんじゃないの?」

「それだと水が勢いよく出ないのですわ。それじゃ、遠くまで水が飛ばせません」


 あー、なるほど。俺が楽しようと思って「あまり動かずに、遠くまで水やりをしたい」と言ったのを真剣に捉えてくれたようである。何だか悪いことをしてしまったな。深い意味はなかったなんて、今さら言えそうにない雰囲気だ。これは何とかしないといけないな。


「それなら、管を細くすると良いよ」

「細く、ですか? お兄様、あとでもっと良く教えて下さい」


 さすがにお茶の時間にテーブル上に魔道具を出すのは良くないと思ったのか、自重しているようである。偉いぞ、ロザリア。俺だったらたぶん、テーブルの上に出してお母様に怒られていたな。


「分かったよ。それじゃこの時間が終わったら一緒にやってみようか」

「はい!」


 お茶の時間をしている間に、使用人に先ほど書いた書類をお父様のところと、冒険者ギルドに送るように頼んでおいた。どちらも次の動きがあるまでにはしばらくかかることだろう。その間に、ハイネ辺境伯家で開催するお茶会の準備をしておくことにしよう。


 今回のお茶会は俺が何もかも、セッティングしなければならない。お母様が準備しているのをそれなりに観察していたので、何とかなると思うけど……まあ、使用人もいることだし、最悪、丸投げすればいいか。こんなことを言ったら「主体性がない」って怒られそうだけど。


 お茶の時間が終わると、さっそく魔道具作りを始めた。できればロザリアに全部任せたかったのだけど、さすがに六歳児には無理だったようである。でもまあ、良い経験にはなったと思う。次の魔道具に期待だな。


「この管をもっと細くするんだよ。そうすると、水の勢いが大きくなるよ」

「それなら大きな魔法陣じゃなくても遠くまで水を飛ばすことができそうですわね。もっと管を細く……なかなか難しいですわ」


 ロザリアがぐぬぬみたいな顔をしながら金属を加工している。『クラフト』スキルを持っているので何とかなっているのがすごいな。つなぎ目の部分をキレイに一体化すると完成だ。俺はその間に先端につけるヘッドを小型化していた。


「これを取り付けて様子を見てみよう。次は魔法陣の小型化だな。どのくらいの大きさがちょうどいいのか分からないので、何種類か作っておこう。ロザリアはこの大きさの魔法陣をお願いね」

「分かりましたわ」


 ロザリアには比較的大きな魔法陣を頼んだ。その間に俺が小さな魔法陣を描いてゆく。たぶんこの方が早いと思う。魔法陣は小さくなればなるほど、当然描くのが困難になる。その分、神経も時間もかかるのだ。


 五パターンくらいの魔法陣を作成すると、それに合わせた収納箱を作成する。これは金属の板を曲げて作るだけなので簡単だ。あっという間に試験用の装置が完成した。


「よし、それじゃ、試験をしよう。まずは庭に水をまいてみようか」

「分かりましたわ」


 完成した試作機を使用人に持って来てもらった。さすがに試作機の数が多いし、それなりに重い。俺たちの力で一度に全部を運ぶのは無理だった。

 水が出る部分は共通なので、作ったのは一つだけだ。これで良さそうなら量産する。ダメそうなら改良してから量産する。どちらに転んでもよし。


 ズラリと五台の試作機が並ぶ。なかなか良い面構えをしていると思う。ロザリアが先端のノズルを一番小さな装置につなぐ。しっかりとつながっていることを確認できたのか、こちらを向いて大きくうなずいた。よし、やるぞ。念のため、ロザリアには下がってもらう。ロザリアを水浸しにしたらゲンコツでは済まないだろう。


「ではゆくぞ。試作一号機、スイッチ、オン!」


 ペショペショ。弱々しい水がノズルの先端から滴り落ちた。魔法陣が小さすぎたんだ。メッチャ頑張って描いたのに。

 その水をミラがおいしそうに飲んでいた。あーあ、顔がビショビショになってる。ロザリアにミラを捕まえておくように言っておくべきだったな。失敗した。


 その後も試運転は続き、下から三番目の大きさの魔法陣を組み込んだ「試作三号機」がちょうど良い勢いと大きさを兼ね備えていた。これで確定して良いと思う。ミラはもう、全身がビチョビチョになっていた。屋敷に入れる前にタオルで良く拭いておかないと。


 四号機は水の勢いにノズルが耐えられずに吹き飛んだ。結果は分かってはいるが、五号機も試した。当然、先ほどよりも勢いよく先端が吹き飛んだ。ミラがものすごく喜んでいた。どうやらお気に召したようである。飛んで行った先端を口に咥えて俺のところに持って来た。尻尾をブンブン振っている。


 これはあれかな、投げた棒を犬が拾ってくる感じなのかな? ドラゴンも同じ遊びをするみたいである。あとでマルスさんに教えておこう。

 そして俺は、五号機の先端が吹き飛んだ拍子に吹き出した水でビショビショになっていた。


 良かった。ロザリアに試験をやらせなくて本当に良かった。ミラが拾ってきたノズルを遠くに投げながらそう思った。

 俺たちはこの新しい魔道具に「散水器」という名前をつけた。名前は制作者が自由につけることができるのだ。「ゴールデンシャワー」とか、ネタに走った方が良かったかな?

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