第98話 やり過ぎたんだ

 水虫対策のことをライオネルにレクチャーすると、すぐに対策を採ってくれることになった。呼び出された騎士にもう一度、水虫対策について説明すると、慌ただしく執務室から出て行った。


「これで騎士団から水虫を撲滅することができますぞ。ありがとうございます、ユリウス様。水虫の悩みを抱えているものが少なくはなかったのですよ」

「そ、そうだったんだね。もっと早く水虫薬を作ってあげれば良かったね」


 これは世の中に水虫で悩む人は多そうだな。この魔法薬を広げれば多くの人が喜びそうだし、ずいぶんとお金を稼ぐことができそうな気がするんだけど……俺が作っているのがバレると良くないんだよね。それに魔法薬のレシピを魔法薬ギルドに売るわけにはいかない。


 過去に何があったか分からないけど、やけに魔法薬については規制が強いんだよね。そのため、魔法薬のレシピを公開するにはいくつもの許可を得なければならないのだ。そしてそのためには、最低限、高位の魔法薬師にならなければいけない。先は長いな。


「ユリウス様、このご恩は一生忘れませんぞ」


 そんなに!? 闇ルートでも作って、ひそかに売りに出そうかな? うん、いいかも知れないぞ。


「あ、そうだ、ライオネル。植物栄養剤が完成したから、明日で良いんでだれか取りにこさせてよ。それからまたクレール山に行くから準備しておいてくれないか?」

「もう完成したのですか!? わ、分かりました。直ちに準備に取りかかります」


 ライオネルの目が大きく見開かれ、ほほは引きつっている。あ、これはさすがにやり過ぎたかも知れない。魔法薬の作成は明日にすれば良かったかな? でも急ぎの案件だったしな。放ってはおけない。


「よろしく頼むよ」


 引きつりそうな顔を押さえながら、俺は執務室を後にした。帰り道、ワアッと言う歓声と共に「ユリウス様バンザーイ!」と言う声が聞こえてきた。

 俺は逃げるようにその場を去った。




 屋敷に戻ると、夕食の準備ができたと告げられた。ダイニングルームに行くと、そこにはすでにロザリアとミラの姿があった。


「遅くなったかな?」

「私たちも今来たところですわ。お兄様、どこかに行っていたのですか?」

「ちょっと騎士団の宿舎に魔法薬を届けに行って来たんだよ」

「そうだったのですね。ミラがしきりに窓の外を見ていたからどうしたのかと思っていたのですが、きっとお兄様を探していたのですね」

「キュ」


 ミラがそうですと言っているかのように声を発した。もしかして、ミラに心配をかけてしまったかな? 俺はミラを安心させるようにその頭をなでた。


「心配をかけてごめんね、ミラ。次からは、出かけるときは声をかけるようにするよ」

「キュ!」


 どうやらお許しをもらえたようである。ミラが手に頭をこすりつけてきた。俺とミラがじゃれ合っている間に食事が運ばれてきた。いつものように祈りを捧げてから食べ始める。まずは気になる話題からだな。


「ロザリア、魔道具作りは順調に進んでるかな?」

「水が出る魔法陣は完成してますわ。でも、魔道具の形がまだ決まりませんわ。遠くまで水を飛ばすのがうまく行かなくて、色々と試しているところですわ」


 それなりに順調に進んでいるようである。ロザリアが楽しそうに笑いながら話しているのが印象的だった。失敗しても楽しめる。それが物作りには大事だからね。


「お兄様の方はどうだったのですか?」

「問題ないよ。魔法薬も作り終えたし、近いうちにまた出かけることになりそうだ」

「さすがはお兄様ですわ!」


 ロザリアが手放しで喜んでくれた。まあ、前世の知識というか、ゲーム内知識のお陰なんですけどね。なんだかむず痒い。おっと、そうだ、そうだ。


「ロザリアにも魔道具を作るための工作室が必要だと思うんだ」

「工作室ですか?」

「そうだ。自分の部屋やサロンで作るには限界があるからね。今回のように、水を使う場合は試運転ができなくて困るでしょ? だから魔道具を作る専門の部屋があった方が良いんじゃないかと思ってね」


 魔道具を専門に作るつもりはなかったので必要ないと思っていたんだけど、ロザリアが魔道具を作るようになるのなら必要だろう。部屋を汚したりしたら大変だ。もう手遅れになっているかも知れないけど。使用人に聞くのが怖い。


「そのような部屋があったらうれしいですけど、お父様に用意してもらえるでしょうか?」

「大丈夫なんじゃないかな? 部屋は余っているだろうし、これからお客様を迎えるときは、別館も使えるようになるからね」

「そうですわね。お父様にお願いしてみますわ」


 ロザリアが笑顔でそう言った。まあ、娘に甘いお父様ならたぶん大丈夫だろう。俺も一緒に使うと言って説得すれば大丈夫なはずだ。

 ロザリアが今のように、自由に、好き勝手にできる時間はそれほど多くはないだろう。将来はどこかの貴族のところに嫁ぐことになる。それまでの間くらいは、せめて好きなことをさせてあげたい。


 俺の場合はお婆様と同じように、ハイネ辺境伯家のお抱え魔法薬師になって魔法薬を作り続けることになるはずだ。後ろ盾も十分だし、自然豊かな辺境の地で品質の高い素材を取り扱うことができる。


 ロザリアが平民の子だったら、一流の女性魔道具師として羽ばたくことができたかも知れないのに、とても残念だ。だが、どこかの貴族の夫人になれば、地位もお金も確保することができる。悪いことばかりではないはずだ。


「キュー?」

「ん? どうしたんだい、ミラ? 食べさせて欲しいのかな?」


 どうやら顔に憂いが出ていたようである。ミラが目尻を下げて俺の顔をのぞき込んだ。安心させるように笑いかけてから、ミカンをミラの口に入れてあげる。ミラはそれをうれしそうに食べていた。

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