第45話 再び王都へ

 王都へ向かうハイネ辺境伯家のメンバーが玄関の前に集まった。今年も昨年と同じように、俺と妹のロザリア以外が王都へと向かうことになっている。

 もちろん、魔法薬の権威であるお婆様も、他の魔法薬師と交流するために王都へ向かう。なんでも、王都に弟子がいるらしいのだ。最近初めて知った。


 家族との別れは名残惜しいが、貴族としての義務でもあるので仕方がない。それぞれ挨拶を交わすと、両親たちは王都へ向かって出発した。


「やったぞ、これで俺は自由だ!」


 思わず歓喜の声を上げてしまった。夏休みシーズンは本当に忙しかった。魔法薬の研究や、新たな魔道具の開発をする暇がほとんどなかったのだ。

 それに今年の社交界シーズンは去年と違うところがある。


 これまで、お婆様が魔法薬を作る特別な部屋はハイネ辺境伯の本館にしかなかった。だが、俺に気を遣ったお父様が、お婆様が普段から住んでいる別館に同じ部屋を用意したのだ。


 それによって、本館の魔法薬を作る部屋はほとんど使われなくなった。もちろん、各種の道具はそのままである。つまり、人が見ていなければ、その部屋を自由に使っていいということだ。


 これで社交界シーズンの間だけは魔法薬の研究をすることができる。ほんの数ヶ月だが、ないよりはずっとマシである。俺が王都行きを拒んだのにはそう言った理由もあった。

 俺は次の日からその部屋にこもろうとした。しかし、ロザリアがそれを許さなかった。


「お兄様、何をコソコソしているのですか?」

「コソコソなんてしてないよ?」

「ウソです」

「ウソじゃないです」


 女の勘により何かを察知したロザリアは俺につきまとった。うーん、これではどうすることもできないぞ。ここはいっそ、妹に暴露して、秘密にしてもらった方が良いのではなかろうか?


 妹がいない隙をついて作業するにしても、いつ妹が襲撃して来るのかにビクビクしながらするのでは、効率が悪すぎる。

 俺はそのことを騎士団長のライオネルに相談した。


「……というわけなんだ。どう思う?」

「そうですな、早かれ遅かれ、ロザリア様にもバレるのなら、言っておいても差し支えないかと思います。ロザリア様ももう六歳になりました。秘密にすることは可能かと」


 ライオネルの意見も俺と同じようだ。それなら教えてもいいかな? 今、一番バレると困るのがお婆様である。お婆様は高位の魔法薬師なので、魔法薬師としての規則については人一倍、厳しいハズである。

 それは俺が小さい頃に言った助言をまるで受け入れなかったことからも分かる。


 ロザリアをサロンに呼び出した。もちろん、使用人たちには出て行ってもらってる。いつもとは違う雰囲気の俺に、ロザリアのかわいらしい顔が固くなった。


「ロザリアに秘密にして欲しい話があるんだ」

「何でしょうか?」


 こうして俺はロザリアに自分が密かに魔法薬を作って騎士団に提供していること、社交界シーズンに魔法薬の研究をしたいと思っていることを伝えた。


「どうかな? 秘密にできるかな?」

「もちろんですわ。でも、一つお願いがあります。お兄様が魔法薬を作っているところを見ていても良いですか?」

「それは構わないよ。面白くないかも知れないけどね」

「そんなことはありませんわ」


 こうしてロザリアとの間で秘密の契約が出来上がった。これでようやく魔法薬を作れるようになるぞ。そこでさっそく、ロザリアを連れて魔法薬の作成に取りかかった。

 魔法薬を作る部屋に保存用容器を持ってくると、準備を始めた。


「これが魔法薬になるのですね」


 不思議そうに保存用容器の中にある素材をロザリアが見ている。どうやら初めて見るみたいだ。そうなると、どうやらお婆様が魔法薬を作っているところを見たことがないらしい。


「そうだよ。これは薬草で、こっちが毒消草、そっちは魔力草だね」

「お兄様は物知りですね!」

「これくらいは植物図鑑に載っているよ。気になるなら書庫に行ってみるといいよ」


 絵本は読むけど、図鑑は読んでいないみたいだな。魔物図鑑とか、魔法図鑑とか、子供でも楽しめる図鑑が結構あるんだけどね。興味がありそうだから、今度持って行ってあげよう。


 話しながらもテキパキと道具の準備をする。まずは乳鉢で素材を粉砕するところからだな。乾燥はすでに済ませてある。さすがにロザリアの前で『乾燥』スキルを使うわけにはいかない。

 どうやってやったのかと聞かれると、非常にまずい。


「お兄様、この葉っぱはどこで見つけてきたのですか?」

「それはね、庭に秘密のお花畑があるんだよ」

「私も行ってみたいです!」

「そっか、それじゃ今度連れて行ってあげるよ。その場所も秘密だからね?」

「はい、秘密です!」


 そう言って小さな口に人差し指を当てた。うん、今日もかわいいな、俺の妹は。

 そんな妹をニヨニヨとした表情で見ながら、乳鉢でゴリゴリに粉にしていく。魔法の方が早いが、手動なら魔力を温存できる。


 素材を粉にしたところで水を持って来る。これはただ井戸からくみ上げた水なので、品質は普通だ。それをアップグレードするために、蒸留装置を組み立てた。


「よしよし、これで大丈夫そうだな」

「お兄様、それは?」

「これはね、水をきれいにする道具だよ」

「水をきれいに?」


 首をちょこんとかしげるかわいい妹。


「そうだよ、見ててごらん」


 そう言って井戸からくみ上げた水を加熱した。熱源は魔道具のバーナーだ。小さいが、火力の高い炎を出すことができる。魔法薬を作るための専用の魔道具であり、一般的には販売されていないはずだ。


 街に行ったときに、魔道具のお店で見たことがないからね。それに、他に使い道がなさそうな気がする。料理をするにも、魔物を攻撃するにも、炎が小さすぎる。


 しばらくすると、水蒸気になった水が再び水となり、隣に用意した容器に少しずつたまっていった。その様子をジッとロザリアが見つめていた。どうやらずいぶんと興味を持ったようである。


「これは魔法とは違うのですか?」

「そうだね、これは物理現象だよ」

「物理現象?」

「ふふふ、ロザリアにはまだ難しい話だよ。大きくなったら教えてあげるよ」


 子供扱いされたと思ったのか、ムッとなるロザリア。その頭をなでてあげる。


「約束ですよ」

「約束する」


 何とか機嫌は元に戻ったようである。ロザリアは飽きることなくその様子を見つめていた。

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