第19話 お土産話

 家族が王都から帰って来るまでの間、お婆様の作業場を借りて魔法薬を作るという案はあった。しかし、これ以上、作業場の道具を動かすとお婆様に怪しまれるかも知れない。

 これまで使った道具は寸分違わず同じ場所に戻しているつもりだ。だが、少しずつずれてきている可能性は大いにあった。


 そのためこれ以上ここで作業をするのは危険だと判断し、ゴブリン討伐作戦が終わってからは一切、立ち入ることはなかった。もちろん、後ろ髪を引かれる思いだ。俺にもう一部屋あれば良かったのだが。いや待てよ。

 俺は最近良く訪れる騎士団の宿舎へと向かった。


「お、ライオネル、ちょっと相談なのだが、宿舎の片隅に俺の工房を作れないかな?」

「ユリウス様、その話は我々の間で議論したことがあります。結論としては無理だろうということになりました」

「なんで?」

「騎士団に魔法薬師がいないからです。魔法薬師がいなければ、必要な道具をそろえることができません。そうなると、部屋も確保することができません」

「そう言われればそうか。資格を持っていないと、道具は買えないか」

「はい」


 残念。どうやら学校を卒業するまでは自分の工房は持てないようである。仕方がないので、これまでどおり『ラボラトリー』スキルで何とかするしかなさそうである。


「そうだった。新しい魔法薬を持ってきたんだ」


 ライオネルに「虫除けのお香」と「かゆみ止め軟膏」を手渡した。効用と使い方を教えると喜んでくれた。


「これは大変助かりますぞ。みんな困っていましたからね。さっそく次の遠征のときに使ってもらいましょう。……ユリウス様、これも内緒なのですか?」

「そうだね。それともお婆様が同じ物を作ってたことがある?」

「……ないですな」

「じゃ、そういうことで」

「御意に」


 ライオネルがすごく悲しそうな顔をしている。もしかすると、俺の功績が表に出ないことを不満に思っているのかも知れない。そんなこと、全然気にしないのに。

 無事に学校を卒業して、高位の魔法薬師になったら遠慮しないからさ。


 渡した魔法薬はすぐに使ってくれたようであり、「最高だった」「追加が欲しい」と早くも要望があった。

 ここのところ、毎日限界まで魔力を絞り出していたためか、魔力が増えたような気がする。以前よりも明らかに『ラボラトリー』スキルを維持できる時間が延びたので、少しは数が作れるようになっていた。とは言っても、一個が二、三個になっただけなんだけどね。




 そんな感じで魔法薬を作り続けていると、王都から家族が帰って来るという知らせがあった。

 その前には、ゴブリン討伐に対するお父様からの手紙が来ていた。そこにはただ一言、「良くやった」とだけ書かれていた。……なんか怖いんですけど。


 ドキドキしながら玄関で待っていると、王都に出発したときと、何ら変わることのない家族の姿があった。


「ユリウス、ロザリア、変わりはなさそうだな」

「お帰りなさいませ」

「お帰りなさいませ!」


 お父様に挨拶すると、お母様大好きなロザリアが、お母様のもとへと飛んで行った。やれやれ、これでようやく俺の役目も終わった。毎晩、ロザリアと一緒に寝る日も終わったのだ。今日からはゆっくりと眠ることができそうだ。


「そうだ、良い子にしていた二人にはお土産があるぞ」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 何やらあとから使用人たちがたくさんの箱を屋敷の中へと運んでいた。これはしばらくの間、王都の話で持ちきりになるな。

 そう思っていたときが、正直俺にもありました。俺は今、お父様の執務室に呼ばれている。隣にはライオネルが控えていた。

 これはあれか、お父様の秘蔵のお酒を飲ませてしまったことに対するお叱りか。


「ユリウス、そこに座るように。それからライオネル以外の人は出て行け」


 おっと、お人払いだ。これは本格的にお父様を怒らせたかも知れないぞ。今までお父様に怒られたことはないけど、どんな感じになるのかな? ちょっとワクワクしてきたぞ。


「ユリウス、話はある程度、ライオネルから聞いた。だが詳しい話はお前からするように。ライオネルからはお前が魔法薬を作っている話を聞いている」


 ゲー! 裏切ったな、ライオネル! ライオネルは申し訳なさそうに目を伏せた。


「ユリウス、ライオネルを責めるな。ハイネ辺境伯として私はすべてを知っておく必要がある。そうでなければ、何かあったときにお前をかばうことができないだろう?」

「……怒らないのですか?」

「そうだな、怒りたい気持ちはある。だが、ユリウスが魔法薬を提供しなかったら、被害が大きくなっていたことは確かだ。それは認めなくてはならない」

「お父様の秘蔵のお酒を飲んだことは?」

「……私がユリウスに全権を与えたのだ。もちろん、不問だ」


 苦虫をかみつぶしたような顔をして言った。どうやら大分応えているようである。

 バレてしまったものは仕方がないか。お父様が後ろ盾になってくれるのなら、遠慮なく頼った方がいいだろう。俺を信頼して全権を委ねてくれたくらいだ。俺もその信頼に報いるべきだろう。

 俺はこれまでのことをお父様とライオネルに話した。


「正直に言って、信じられん。だが実際に現物があるのだ。信じるしかないだろう」

「ユリウス様、誓ってこのことをだれにも口外することはありません」


 でもなぁライオネル、すでに口外してるんだよなぁキミ。ライオネルも俺とハイネ辺境伯家のことを思って行動したんだろうけどね。そこは認める。でもひとこと、相談があってもいいんじゃないかなぁ。こちらにも心の準備ってやつがあるんだよ。

 お父様は深いため息をついた。


「ユリウス、私の母上がこのことを受け入れると思うか?」

「お婆様がですか? ……難しいと思います。以前、新しい魔法薬を作らないのかと聞いたときに、『家を潰したくない』と言っていました」

「なるほど。あのときはかなりの家が粛清されたからな……」


 何があったのかは分からないが、お婆様が若い頃に何か魔法薬に関する重大な出来事があったようだ。あとでこっそりと調べておこう。


「ユリウス、しばらくはお前のやり方で魔法薬を騎士団に提供するように。売値はお前の希望の金額で構わない」

「それじゃ無料で。何せ私は人体実験をしている身ですからね」

「なるほど、うまい言い訳だ。……まったく、欲がないヤツだ。思った以上に厄介だな」

「それはもちろんですよ。だってお父様の子供ですからね」


 お父様は再び深いため息をつき、ライオネルが苦笑した。

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