第95話 魔女の弟子ティア(1)

「ふぅ・・・これで任務も終了か。さて、引き継いだら帰って寝るか・・・」


 ティア・ブライト、彼女は『賢者』と呼ばれる二つ名持ちで、エデンのSランクである。

 現在、静岡県にある山中での任務を終えた所だった。

 

「(長の話では、魔女がまた活動を活発化しているという事だった。今度こそこの手で奴を滅ぼす・・・)」

 

 ティアの表情は憎悪に歪み、怒りの為に魔力が身体から漏れている。

 これには訳があった。


 ティアは14歳の時に魔女に出会った。

 今から100年近く前、イギリスのとある田舎に住んでいたティアは、平凡な家庭に育ち、仲の良い両親と友人や幼馴染と日々楽しく過ごしていた。

 農家だった家で、生活は苦しかったものの、生きていくことは出来ていたし、仲の良い幼馴染の男の子とも、将来結婚しようという約束をしていて、全てが上手く回っていた。

 

 そんな時だった。

 女性がふらりとその田舎を訪れた。


 その女性は、とても美しく、田舎の年頃の男達は色めきだった。

 女性の素性はわからなかったが、受け入れられ、そこに滞在していたのだが、ある時ティアは見てしまった。

 女性が魔法のような何かを使っているところを。


 ティアはそれを黙っていたのだが、ある日、女性の方からティアに話しかけてきた。


「ティアちゃん、ちょっと良いかしら?」

「は、はい・・・なんですか?」

「うふふ・・・そんなに警戒しなくても良いのよ?あのね?ティアちゃん・・・見たでしょう?」

「な、な、何をですか・・・?」

「ま、ほ、う」

「・・・」


 女性がニコニコしているのに対し、ティアは責められている気がして口を噤む。

 

「別に責めていないわよ?そうね・・・良かったら教えてあげようか?」

「えっ!?」

「わたくしティアちゃんみたいな可愛い子好きなのよね。それに、魔法を使えると便利よ?狩りも出来るし、作物を成長させることも出来る。水不足で悩むこともなくなるわ。お父さんやお母さんも喜ぶでしょうね。どうかしら?」

「ほ、本当ですか!?だったら教えて下さい!!」

「良いわよ。でも一つだけ約束してね。この事は誰にも話さないって。」

「勿論です!」


 こうして、ティアは女性の弟子となった。

 ティアは時間がある限り女性の所に通い魔法を教えて貰う。

 全ては家族と、将来を共にするであろう幼馴染の為だった。


 こうして、1ヶ月が過ぎた頃だった。

 幼馴染の男の子であるケインが、ティアの所に訪ねて来たのだ。


「どうしたのケイン?」

「あのさティア・・・最近顔を見てなかったから、気になってさ・・・」

「ええ、元気よケイン。ありがとね?」

「ああ。元気なら良いんだ。もし良かったら、この後遊びに行かないか?」

「ごめんなさいケイン。私ちょっとやることがあるの。だから遊びに行けないわ。」

「・・・そうか。ごめんね?」

「いいえ、こちらこそごめんね。」


 ティアはケインの遊びの誘いを断り、女性の所に出かける。

 ティアは頑張っていた。

 両親の為、将来結婚するであろうケインの為、生活を少しでも向上させるためだ。

 辛い修行でも、泣き言なんて言っていられない。


 女性の修行は、その日にあったことを女性に話すことから始まる。

 ケインとの事について話すと、女性は、


「あらそうなの。それにしてもティアちゃんには悪いけど、わたくしはちょっと気に入らないわね。」


 と言った。

 ティアは、何故女性がそんな事を言うのかわからず尋ねる。


「えっ?なんでですか師匠?」

「だって、ティアちゃんはご両親とその子の為に頑張っているのでしょう?なのに、遊びに誘うなんて・・・『不真面目だわ』」

「そう・・・かもしれません。でも、私もケインに何をしているのか話していないので・・・」

「そうね。ごめんなさいね?知らないのにそんな事を言ってしまって。ただ、わたくしは『ティアちゃんが大事』だから、頑張っているティアちゃんが悪く思われるのが『許せない』のよ。でもごめんなさいね?修行中は『遊んでいる暇は無い』の。」


 ティアは嬉しかった。

 師匠がそこまで自分の事を考えてくれているだなんて。

 そこに言霊を乗せられていて、自分が幼馴染よりも魔女を優先させられている事に気がついていなかったのだから。


「師匠・・・ありがとうございます。」

「良いのよ・・・さて、今日も始めましょうか。」


 こうして、更に1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎ、半年を過ぎた頃。

 ティアが用事があり、少し離れた街に買い物に出かけた時だった。


 用件を済ませ、帰ろうとした所、


『むこうを見なさい』


 どこかから声が聞こえた気がして、言われた方向を見たティア。

 少し離れた大通りに、二人の腕を組んでいる男女を見つけた。

 ティアは固まってしまう。


「嘘・・・ケイン・・・?」


 それは、幼馴染のケインだった。

 ケインはデレデレした様子で、垢抜けた女の子と腕を組んでおり、満更でもなさそうだった。

 そして、決定的な所を目撃する事になる。


 女の子がケインの頬に手を添え、キスをせがむ。

 そしてケインは・・・口づけをするのだった。


「(嫌!ケイン!なんで!?)」


 ティアはもう見ていたく無くて、自宅に向かって走り出す。

 そして、買ったものを母親に渡すと、自室に籠もった。


 たしかに、最近ケインは顔も出さなくなった。

 でも、ティアは、将来のケインとの生活を向上させる為に頑張っていたのだ。

 それをこんな形で裏切られた。

 ショックははかりしれなかった。


 食事も取らずに部屋に籠もり、泣き続けるティア。


『来なさい』


 深夜に誰かに呼ばれた気がして、フラフラと歩き出し、家を出る。

 そのまま、女性が居を構える家まで来ると、玄関の前には女性が立っていた。


「し・・・しょう・・・なんで・・・」

「可愛いティアちゃんが泣いているのだもの。慰めてあげようと思ってね。」

「師匠・・・師匠・・・うわああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 女性に抱きつき号泣するティア。

 だから、見ていなかった。

 自分を抱きしめながら見下ろす女性の顔が、口元が弧を描き、目は濁っていた事を。


 だんだんと泣き止んできたティアを見計らって、女性はティアの耳元で話す。


「ティアちゃんを『裏切って』泣かせるなんて、『許せない』わね。ティアちゃん、わたくしはね?魔女なの。ティアちゃんは『魔女の弟子』なのよ。そして、魔女はね『裏切った者を許してはいけない』のよ?だってそうでしょう?ティアちゃんはあんなに頑張ってたんだもの。だから、『ティアちゃんは悪くない』のよ。そんな酷い事をするような男は『人間じゃない』の。『罪人と同じ』よ?悪いことをした罪人はどうするのかしら?」


目が虚ろになっていくティアに語りかける魔女。

その言葉のふしぶしには言霊が乗っている。


そして、ティアは、魔女に返答する。


「罪人は・・・罪人は・・・処刑する・・・」

「そうよ?偉いわねティアちゃん?わたくしはティアちゃんの味方よ?『邪魔するものは全て殺しなさい』」

「はい・・・師匠・・・」


 ティアは歩く。

 その足取りは、先程のようにフラフラとしていない。

 だが、その表情からは感情が抜け落ちていた。


 

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