第69話 観光

「それじゃ、私はこっちの部屋だから、後は適当に過ごしてね。一応明日の朝食は食堂だから、そこで顔を合わせましょう。じゃあね。あ〜休暇!休暇よ!やっとのんびりできる!!」


 そう行って隣の部屋に入って行くレーア。

 その表情は輝いていた。

 

 Aランクというのは忙しいようだ・・・もしくはエデンがブラックなのか。


「んじゃ、とりあえず荷物置いて、俺たちものんびりするか。あ、俺出かけるから。飯には戻るよ。」


 いそいそと部屋に入り荷物を置き、出かけようとする健流。

 両親と仲が悪い・・・というか、問題のある両親だった為、彼にはこういった旅行の経験は殆ど無い。

 内心、今回の休暇はとても楽しみにしていたのだ。


 今は、こっそりフロントで聞いた釣り場に行って、貸出の竿で釣りに繰り出そうとしていたのだ。

 だが・・・


「ちょい待ち。」

「待ちなさい。」


 唖然とそれを見ていた光とは違い、残りの二人はストレートに健流の襟首をつかみ、歩みを止めさせる。


「ぐえっ!?何しやがる!!」


 首が締まり文句を言う健流に、二人はジト目を向けた。


「あんた、何勝手に一人でどこかに行こうとしてるわけ?」

「そうです。せっかくの旅行ですから、親睦を深めようという気は無いのですか?」


 結構な剣幕で詰め寄った健流であったが、二人の圧力にすぐに顔を引きつらせた。


「い、いや・・・そのだな?女の子三人で遊ぶ方が、俺に気を使わなくて良いかなと思ったんだが・・・」


 そんな健流の言い訳に、二人は揃ってため息を吐く。

 

「あのね・・・折角だったらみんなで一緒に遊びたいって思うでしょうが普通!!」

「灯里の言う通りです。みんなで楽しく過ごしてこその旅行でしょう?それをなんですか一人で過ごそうだなんて・・・どこまでボッチ気質なんですか。ボッチ根性が染み付いてますよ?名前がボッチなんですか?」

「ぐっ・・・いやボッチだからってわけじゃなくてだな?一応俺も気を使ったつもりだったんだが・・・」

「じゃあ、私達が一緒に遊びたいといったら、一緒に遊んでくれるんだよね?」


 灯里が健流に被せるようにそう言うと、健流は言いよどむ。


「・・・怪しいですね。」


 すると、姫乃が目を光らせてそう言った。


「っ!!な、何がだ!?」


 健流は狼狽する。

 そして姫乃は追求の手を止めない。


「どうも健流は一人になろうとしている気がします。・・・まさかナンパしようとか考えていませんよね?開放的な気分でアバンチュールしたい!とか考えていませんよね?」

「するか!!」


 すると、灯里が半眼になって健流を見る。


「じゃあ何故一人になろうとするのよ。」

「べ、別にそういうつもりは・・・」

「「怪しい。」」


 健流の言い訳に声を揃える姫乃と灯里。

 健流には事情があった。

 実は、健流は昔から釣りが好きだった。

 今回の旅行で、山の中に行くことが決まっていたため、密かに釣りが出来ないかと考えていたのだ。


 景色の良い自然の中で釣りが出来るなんて最高だ!と叫んでいたのは三人には内緒なのだ。

 そして、どうせ釣りをするなら、静かにのんびり一人で釣りたかったのだ。


「そうだ!光はどうなんだ!?女の子だけで遊びたいとかないのか!?」


 このままでは、計画が潰れてしまう!なんとかしなければ!っと、

 健流は一縷望みをかけて光に話をふる。

 しかし・・・


「・・・私も、健流と過ごしたいんだけど・・・ダメ?」

「うっ・・・」


 光からの回答も健流を絶望に落とすだけであった。

 上目遣いでおずおずとそう言う光。

 健流になすすべは無かった。


「・・・わかったよ。どこへでも付き合うよ。」


 がっくし肩を落とす健流と、目を輝かせる光、腕を組んで頷く姫乃と灯里。

 こうして、四人は、宿の送迎の車で宿場街に繰り出すのだった。



 宿場町で買い食いをしながら過ごす四人。

 当初、釣りが出来なくて落ち込んでいた健流だったが、三人の楽しそうな顔を見ていると、自然と笑顔になっていた。


「ねぇ!健流!あれも美味しそうだよ!!」

「・・・光。お前さっきもみたらし食ったばっかじゃねぇか。そんなんで夕飯食えるのか?」

「大丈夫!おやつは別腹だもん!ちょっと買ってくるね!」

「やれやれ・・・」


 光が楽しそうにしている様を苦笑いで見ている健流。

 すると、くいくいと袖を引かれる感覚があった。


「ん?」


 そちらを見ると、灯里が工芸品の店先にいて、


「これ似合うかな?」


 と、ブローチを合わせていた。


「おお、似合うんじゃねーか?」


 そのブローチは赤色で、灯里にはよく似合っていた。


「ホント!?じゃあ買っちゃおうっと!!」


 ニコニコ顔でレジに向かう灯里。

 それを微笑ましげに見ている健流に、姫乃が近づいてきた。


「こういうのも良いわね。正直エデンに入ってから初めてかもしれないわ。」

「ああ、俺もガキの頃から旅行なんて無縁だったからな。楽しいもんだなこういうのも。」

「・・・ごめんね健流。」


 突然顔を伏せて呟く姫乃。

 健流は首を傾げる。


「なんの事だ?」

「私の為にエデンに入ってくれたでしょう?本当はあんな殺伐とした世界に。健流に来て欲しくなかった。だからずっと謝りたかったの。」


 しょんぼりとしている姫乃。

 健流は、微笑んで姫乃の頭に手を乗せる。


「・・・健流?」


 健流を見る姫乃に、健流は笑顔で、


「まぁ気にすんな。俺がしたくてしてるんだ。お前のせいじゃない。だから、そんな顔すんなよ。」


 そう答えると、姫乃は目を閉じ、心地良さそうにした。


「・・・うん。」


 そんな二人は、どこからどう見ても恋人同士のようにしか見えなかった。




 一方その頃、光は会計で並んでいた。


「(ああ、楽しいなぁ!こうやってみんなで出かけるのは良いなぁ。それに健流もいるし!)」


 そして、会計を終え、健流達の所に戻ろうとした時だった。


 ドンッ

 光は、前から来ていた人にぶつかってしまった。


「あっ!!す、すみません!!」

「あら・・・良いのよ?可愛らしいお嬢さん?」


 光がぶつかった者は女性だったようだ。

 すぐに謝罪の為に顔を見る。


「(・・・何この人・・・凄く綺麗・・・寒気がするくらい・・・)」


 その女性は、腰まである長いストレートな黒髪に、とても整った顔と切れ長の瞳、黒色の襟付きの長袖のブラウスに、グレーのロングスカートからはすらりとした足を出している。

 ほっそりとした身体にも関わらず、出るところは出ており、女性として完璧に見えた。

 

 しかし、あまりにも怜悧な美貌は、作り物のようにも見え、寒々しさを感じる。


「ごめんなさいね?ぶつかってしまって。」

「い、いえ!こちらこそすみません!しっかりと前を見ていなくて!」


 女性の言葉に見惚れていた意識を戻し、謝る光。

 すると、女性は突然光に顔を寄せた。


「(な、何!?)」

「・・・ふ〜ん・・・あなた良いもの持ってるわね・・・これは使えるかもしれないわ・・・」

「(・・・な、なんの事?)」


 女性が光を興味深そうにマジマジと見る。

 しかし、何故か光は寒気を覚えた。

 女性の目の奥、その黒い瞳に何か恐ろしいものを見たのだ。


「・・・ごめんなさいね突然。あなたお名前は?」

「えっ・・・黒瀬光と言います・・・けど・・・」

「光ちゃん、ね。また会いましょう?」


 そう言って立ち去る女性。

 光は狐につままれたような気分になった。

 

 そして、この出遭いが・・・後に大きく事態を動かすことになる。

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