第63話 仇

 健流と灯里が部屋に飛び込むと、今にも壁際に追い詰められそうな灯里を見つけた。


「灯里!?てめぇ!!」


 健流はベンジャミンに向かって走り出す。

 既に強化は発動済みだ。

 しかし、その身体に先程の様な赤いオーラは無い。


「小僧か!!くっまずい!」


 ベンジャミンが健流に向き直る。

 そこに、


「おらぁぁぁぁあぁ!!」


 健流が体重を乗せてパンチを放った。

 両腕でガードするベンジャミン。

 その身体が数メートル後退する。

 

 しかし、ベンジャミンは首を傾げた。


「・・・貴様・・・先程の動きとはかなり違うな。この程度であれば、油断は出来んがなんとかなりそうだ。」


 ベンジャミンに大きなダメージは無い。

 これでも、健流の強化は既に二段階めになっている。

 それでもダメージは与えられない。

 ベンジャミンの『硬化』はそれほど強力なものだった。


「アルテミスが異能を使えたらまずかったが、小僧に先程の力が無いのであれば、この場で殲滅できそうだ。」


 ベンジャミンがニヤリと笑う。

 健流はその笑みを見て、状況は悪いと判断した。


「・・・灯里、姫乃の護衛を頼む。あいつは今、異能が使えねぇ。」

「わかった・・・健流、負けないでよ!」

「健流・・・私も戦う!」

「姫乃・・・駄目だ。今はお前は戦えない。」

「・・・」


 姫乃が顔を伏せる。

 そこに仇がいるのだ。

 その心境は筆舌に尽くし難い。


「ヒメノ・・・今はあたしに守られてて。健流は頑張って!」

「ああ!任せとけ!!」


 そうして、一歩前に出る健流。

 

「よくも色々やってくれやがったな・・・落とし前、つけさせてもらうぜ!」

「ふん!粋がったガキが。この『硬化』のベンジャミンを甘く見るな!!」

「『硬化』だぁ?俺の『強化』で砕いてやるぜ!」

「抜かせ!!」


 二人が走り出し衝突する。

 そこからは二人共ノーガードで殴り合う。

 

 一見喧嘩のようにも見える二人だが、その一撃一撃は凄まじい。

 健流の強化は通常時の10倍近い。

 現在は既に、10倍を越えているかもしれない。

 それを真っ向から迎え撃っているのだ。


「おおおおおお!!」

「ぬぅうぅぅぅ!!」


 お互いノーガードで殴り合う。

 健流の鼻から鼻血が出て、唇は切れ、アザが出来ていく。

 ベンジャミンも同様だ。

 出血こそ無いものの、流石にノーダメージとは行かないようで、アザは目に見えてわかった。


 当初互角と思われた二人。

 だが、


「はぁっ!」

「がはっ!!」


 ベンジャミンの蹴りが健流の鳩尾に入る。

 段々と、ベンジャミンの手数の方が増えていった。


 もともと戦闘訓練を積んおり、戦場を生き残ってきたベンジャミンと、修羅場をくぐって来たとはいえ、喧嘩の範疇に収まっていた健流。

 戦闘経験の差は歴然であった。

 

 その上、ベンジャミンの『硬化』は、二段階目の『強化』の破壊力すらも受けきってみせたのだ。


「はぁ・・・はぁ・・・がはっ・・・」

「強化にしてはとんでもない上昇率ではあるが・・・それだけでは俺には勝てん。どうやら、先程の力も出せないようだしな。止めを刺してやる。」


 吐血している健流。

 ベンジャミンが近寄っていく。


「健流!!」

「頑張れ!健流!」


 姫乃と灯里が叫ぶ。


 ベンジャミンのストレートが健流の顔面に入り、健流は5メートル位吹き飛ばされた。

 そして地面に倒れた健流は起き上がってこない。


「くっ!!健流!」


 姫乃がベンジャミンに飛びかかろうとする。


「ヒメノ!駄目よ!」


 灯里がそんな姫乃を止めた。

 姫乃が灯里に食って掛かる。


「なんでよ!邪魔しないで!健流が殺されちゃう!」

「駄目よ!あたしは健流にヒメノのガードを頼まれたんだ!それに、健流はまだ負けて無い!!」

「離して!あいつは・・・あいつはお父さんとお母さんの仇の一人なの!!健流まで殺されたら私!私!!」


 その言葉に、地面に倒れ伏す健流の身体がピクリと動いた。

 しかし、ベンジャミンは、そんな健流に気づかず、姫乃を見てニヤリと笑った。


「ああ、そうだったな。お前の母親の死に顔は見えなかったが・・・父親の方は滑稽だったぞ?腕をちぎられ、足を消し飛ばされても、戦うことを止めず、撤退のタイミングすら見誤った愚か者、それがお前の父だ。」

「違う!パパ・・・お父さんは私とお母さんを守る為に戦ったんだ!命がけで戦ったんだ!お前達みたいに、大勢で一人と戦うような卑怯者が、パパを馬鹿にするなぁ!!」


 ベンジャミンの言葉に、姫乃は涙を流しながら睨みつけ叫ぶ。

 

「・・・ヒメノ・・・」


 あまりの壮絶な姫乃の父親の最期に、灯里は言葉を失う。


「フハハハハハ!!何を言うか!この世界は死んだものが愚か者なのだ!お前の父のようになぁ!!」


 ベンジャミンは哄笑した。

 その行いは・・・再度獣を目覚めさせるに充分だった。

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