角砂糖はとけきった

かさいちよ

恋とは紅茶に落とした角砂糖のようなもので

 幼い頃、紅茶を飲む時に、溶けかけの角砂糖をスプーンですくって口に入れるのが好きだった。あごの骨がツンとするような甘さとざらついた感触は、宝石箱の中身を舌の上でひらいているようで、うっとりしながら味わったものだ。

 今のわたしはお行儀よく角砂糖を溶かし、ほんのり全体が甘くなった紅茶を飲むことしかできない。ティーカップを空にするまでに味わっている砂糖の量は同じはずなのに、何かが決定的に違っていて、わたしはその違いにいつも落胆している。


 紅茶にいれた角砂糖が溶けていくように、わたしの中ではいつの間にか、恋の輪郭がなくなっていた。あの濃密な気持ちは溶け出して、いまではもう、そのほかの好意と見分けがつかない。

 これはこれで、別に悪くはない。甘さと一緒にはしる刺激は、どこか不快感があった。角砂糖を舐めきってしまったあとに飲む紅茶は味気なかったし、そんな不都合な感覚は、恋もおなじだったから。溶けた角砂糖と混ざりあった紅茶は、はじめから終わりまで同じだけ甘い。恋の輪郭がなくなってからのわたしは、そうじゃなかった気持ちに感じる愛おしさが、まんべんなく少しだけ密度を増した気がしている。


 それでもわたしは、舌の上にひろがる痺れるような甘さを経験してしまっていたし、その感覚を忘れることができない。角砂糖が一瞬で溶けてしまうようになったのか、それとも角砂糖を見つけられなくなってしまったのか、理由はなんなのかわからないが、掬いもできない角砂糖を一生懸命探してしまう日がある。

 周りが角砂糖の甘さを語るとき、まるで今でもそれを味わえるかのように振る舞うことがある。嘘つき、と頭の中で声がする。ストレートの紅茶を語る人たちの前では、曖昧に頷くことしかできない。お前の居場所はここでもない、と声がする。


 わたしが心からティータイムを楽しめるときは、まだやってきそうにない。

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