だいすきな音

※『デス・リベンジャーズ』の番外編(うさぎ編)です。


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 まっしろなレインコート。アキちゃんからおたんじょうびにもらった、うさぎのおきにいり。

 それからあひるさんみたいなレインブーツをはいたら、おそとへゴーゴー!


 あめの日はだーいすき! あめの日はおとうさんとおかあさんがおうちにいるから、うさぎはおでかけ。

 きょうはどこにいこうかな?


 ピトン。ピトン。


 家のまえに水たまりはっけん! えーい! ジャンプ!


 バシャバシャ、ピチャピチャ。

 うふふ、たのしいな!


 あ! とおりの向かいの水たまりはもっと大きい! えーい!


 バッシャーン! ジャブジャブ!

 うわぁ! とってもふかい! きっとこれは大物の水たまりだね!


 こんなあめなら、もっとおっきな水たまりもあるかも。よーし、うさぎ、たんけんにしゅっぱーつ!


 ドタドタ、パタパタ。

 あ、はしったらあぶないっていわれてたんだった。


 テクテク、パタパタ。

 ボタッ。ドドッ。

 うふふ、フードにしずくがおちてきた! パタパタ、ドドッ、たのしいな。


 うさぎはね、音がだーいすき! ほんもののうさぎさんも、おみみが大きくて、とってもみみがいいんだって!

 うさぎ、ほんもののうさぎみたいって、おかあさんがほめてくれるの!


 ブランコのまえ、おっきな水たまりはっけん! あめの日のこうえんはだれもいないから、ジャブジャブしてもおこられないね!


 ザブザブ、バシャバシャ!


 すごいすごい! でもうさぎ、もっとすごいの知ってる!

 ブランコにのって、うしろにさがって……それ!


 ザバーン! ピトピトピト!

 ほらね! こいだときに水をけると、すごく大きな音がするの!


 ザバーン! ピトピトピト!

 バシャーン! ピトトト。

 あはは! たのしいな!


 グゲゲゲゲ。グゲゲゲゲ。


 あ! いまのこえはカエルさん! てつぼうのしただ!


 ガチャガチャ。ドタドタ。


『ガマガエルさん、こんにちは! きょうはとってもいいお天気ですね!』


 グゲゲゲゲ。グゲゲゲゲ。


 ガマガエルさんははじめて見たとき、大きくてこわかったんだけど、いまはこわくないよ。

 だってガマガエルさんっていえば、カエルの歌にでてくるカエルさんだもんね。


『かーえーるーのーうーたーがー、きーこーえーてーくーるーよー♪ はい!』

『かーえーるーのーうーたーがー、きーこーえーてーくーるーよー♪』


 こうやって大きな声でうたうとね、ガマカエルさんもうたってくれるんだ。ガマガエルさんのこえは、うさぎにしか聞こえないけど、とってもじょうずなんだよ。


 グゲゲゲゲ。ペトンペトン。


 あれれ? お歌をうたいながらあるいてる。

 わかった、こうしんするんだね! うさぎもいっしょにこうしんするよ!


『かーえーるーのーうーたーがー、きーこーえーてーくーるーよー♪ ぐわっ、ぐわっ、ぐわっ、ぐわっ、げろげろげろぐわっぐわっぐわっ♪』


 ブオオオン! バシャーン!

 あ、くるま!


 あぶないあぶない、こうえんのそとに出ちゃうところだった。

 タイヤからはねた水をかぶって、ガマガエルさんはびっくりしたみたい。ぴょんとはねて、うえきのしたにかくれちゃった。

 あーあ、ざんねん。


「クゥ~ン」


 あれ? ワンちゃんのこえ? どこどこ? どこにいるの?


「クゥ~ン」


 あ! 木のしたのダンボールの中にしろいワンちゃん!

 かわいい~! うさぎさんみたい!


『よしよし! どうしたの? ひとりなの?』


 だっこするとダンボールの中に紙がおちてた。なになに? 『って、さい』……? うーん、どういういみかわかんない! でもたぶん、まいごだね。


『だいじょうぶだよ。うさぎがかいぬしさん、さがしてあげるね!』


 このちかくには、やおやさんがあったはず。あそこできいてみよう!


 テクテク、バシャバシャ、パタパタ。


『ごめんくださーい!』

「おやお嬢ちゃん、犬なんてかかえてどうしたんだい?」

『あのね、この子まいごなの』

「ん? 風邪でも引いているのかい? 可哀想にねぇ」


 あ、そうだった。うさぎのこえはうさぎにしか聞こえないの。

 こういうときは、かいてお話しなさいっていわれてるんだ。メモちょうは、ポケットの中に……。


「キャンキャン!」

『あ!』


 メモちょうをだそうとしたら、ワンちゃんがにげちゃった! たいへん! くるまにひかれちゃう!


『ワンちゃん! ワンちゃん! まって!』


 バシャバシャ、ザーザー。

 パタパタ、ドタドタ。


 ツルン。ドテッ。

 あいたた。すべってころんじゃった。


 はやくワンちゃんをおいかけなきゃ!


 ドタドタ、バシャバシャ。

 ザーザー、ブオオオン。


 あ! ワンちゃん、さっきのこうえんにもどってた! ここにいたいのかな?


「クゥ~ン、クゥ~ン」

『よしよし、うさぎがきたから、もうだいじょうぶだよ。きゅーけいしよっか』


 ぬれないように、ダンボールを木のしたにひっぱって。


 プルプルプル、ピトトトト。

 うわっ! ワンちゃんがプルプルして水がかかった! びっくりした。


「ヘッヘッヘッヘッ」


 あれ? ワンちゃん、ふるえてる。さむいのかな。


「クゥン!」

『おいで。こうすると、あったかいよ』


 ワンちゃんをぎゅっとだきしめてあげる。いつもおかあさんはこうしてくれるんだ。

 そうするとね、あったかくて、こわいのもへいきになるの。

 おとうさんがドンドンやってきても、だいじょうぶなの。


 ブルブルブルブル。


 へんなの、ワンちゃん。もうさむくないはずなのに、まだふるえてる。


 ザーザー、ヒュオオオオ。


 あめの音がこわいの? かぜの音がいやなの? だいじょうぶだよ。こわくない。

 こわくない。


「クゥ~ン。ヘッヘッヘッヘッ」


 おかしいな。どうしてふるえ、とまらないの?


 ザーザー、バチャバチャバチャバチャ。

 ブオオオン、パシャーン。


 ヒョオオオオオ。ガタガタガタ。


 あめ、どんどんひどくなってく。音もどんどん大きくなってくね。


「ヘッヘッヘッヘッ」


 やっぱりへんだよ、ワンちゃん。いえにいるときの、うさぎみたい……。


  ◇


「うさぎ! うさぎ! 目を覚まして!」


 このこえは、おかあさん?

 あれ? なんか、まわりがあかるい?


 おまわりさんがふたりと、おかあさん。

 うさぎ、こうばんにいるんだ。


「うさぎ。本当によかった、うさぎ。ああ、こんなに濡れて。寒かったでしょう?」


 おかあさんがぎゅっとしてくれる。うれしいな。あったかいな。


「本当にすみません。ご迷惑をおかけして」

「いえいえ。とにかくお母様に連絡がついてよかったです」

「あの、それでうさぎはどうして? 公園で寝ていたと聞きましたが」

「どうやら公園に捨て犬がいたようでしてね、その子と遊んでいるうちに眠ってしまったようです。特に事件に巻き込まれたわけではないようですよ。お嬢さんの持っていた手帳に住所と名前が書いてあったので身元もすぐにわかったんですが、さすがにこの嵐の中放置するわけにいきませんでしたから保護したというわけです」

「そうですか。よかった……」


 あれ? ワンちゃんがいない! ワンちゃんはどこ?


『ねぇ、おかあさん』

「うさぎ、お喋りする時は書いてっていつも言ってるでしょ?」


 あ、そうだった。メモちょうは……おまわりさんのまえにあった。


「その子、声が……?」

「ええ、はい……。ちょっとした事故で……」

「事故ですか。なるほど。そうやって誤魔化してきたわけですね」


 おまわりさん、こわいかおしてる。どうして?


「あの、疑っているんですか?」

「白菊さん、今台風が接近しているのはわかっているでしょう? そんな天候の中、どうしてこんな小さな娘さんを一人で外で遊ばせたんですか?」

「そ、それは……勝手に外に出てしまっていて」

「レインコートを脱がせる時も、お嬢さんの体には奇妙な痣が見受けられました。どうされたのですか?」

「転んだんです。ほら、子供って元気いっぱいじゃないですか。痣なんて普通で……」

「白菊さん、我々にはこの手のことはなんとなくわかってしまうんですよ。何度か経験がありますからね」

「わかる……? 何言ってるんですか?」


 おかあさん、こわがってる。ダメだよ。おかあさんは!


『おかあさんをいじめないで! おとうさんみたいにぶったりしないで!』

「白菊さん、もう一度お尋ねしますよ。痣も喉のことも本当に事故だったんですか?」

『おかあさんはなにもわるくない! いつもうさぎをまもってくれた!』

「事故です。事故なんです、全部」

「別に我々は白菊さんを責めているんじゃないんですよ。ただ困っていることがあるなら力になれないかと……」

「お世話になることなどありません。人の家庭事情に踏み入るなんて、失礼ですよ」

『はなれてよ! おかあさん、こわがってる! あっちいって!』

「白菊さん、お嬢さんのことを思うなら……」

「だから事故だって言ってるじゃないですか! それから、うさぎ!」


 え? おかあさん、うさぎにおこってる?


「お話しする時は書いてって、何度も言ってるでしょ?」


 そうだった。うさぎ、いつもわすれちゃう。


 でもね、うさぎ、そんなに字かくの、まだじょうずじゃないよ。たいへんなんだよ。


 キューキュー、シュッシュッ。


 おはなししたいことは、いっぱいあるけど、いまききたいこと、かいた。

 おかあさんとおまわりさんが、メモちょう、のぞいてくる。


「クンさあんけ……? えっと?」

「『ワンちゃんは?』です。一緒にいた捨て犬のことを言っているんじゃないでしょうか?」

「ああ、なるほど。捨て犬もこちらで保護はしているんですが、白菊さんのお宅で飼うなんてことは?」

「無理です。うち、マンションですから」

「そうですか。では保健所に連絡するしかありませんね」


 よくわかんない。でもホゴってきっと、まもるっていみだよね?

 ワンちゃんもぶじなんだね。よかったぁ。


「あの、そろそろ帰ってもいいですか? 晩ご飯の支度がありますから」

「ああ、では最後にこちらの書類に住所とお名前を」


 サッサッ、カッカッカッ。

 おかあさん、はやく字がかけてすごいな。かんじはよめないけど。


「こちらで引き渡し手続きは以上です。ご協力感謝します」

「改めて、ご迷惑をおかけしました」

「白菊さん、本当に何かあったらいつでも相談してください。状況次第ではシェルターの紹介も出来ると思いますから」

「だから、勝手に決めつけないでもらえませんか。うさぎ、いくよ」


 うん、わかったよ。うさぎ、おかあさんといっしょにかえる。


 ザーザー、バシャバシャ。

 ゴロゴロ、ヒュオオオオ。


「うさぎ、お母さんから離れないでね」

『うん』

「雨、ひどくなってきたね」

『うん』

「お母さんもレインコートにしてくればよかったな。傘、風に取られちゃいそうで」


 ヒュオオオオ。ゴウゴウ。


 おかあさんはかさをとじない。うさぎがてをにぎってるから、とじれないみたい。


『ねぇ、おかあさ……あっ!』


 ヒュオオオオ。バババババ。


 かさがこわれちゃった。ひっくりかえってグシャグシャになっちゃった。


「あーあ、やっぱり。安物のビニール傘じゃあ駄目ね」

『だいじょうぶだよ。かえったらおふろ、はいろ。そしたらかぜひかない』

「うん。うん。そうだね、うさぎ。大丈夫だね、傘なんてなくても」


 おかあさんはぎゅってしてくれた。どうしたの? まだここ、おうちじゃないよ?


「ごめんね、うさぎ。お母さん、しっかりするから。お父さんを怒らせないように頑張って、うさぎのことも、ちゃんと守るから」


 おかあさん、ふるえてる。さっきのワンちゃんみたい。


『うさぎもしっかりするよ。おかあさんのこと、まもるよ』

「うさぎ……うさぎ。ああ、どうしてなんて。こんな名前つけなければ、うさぎもこうはならなかったのかな?」


 おかあさん……? どうしてそんなこというの?


『うさぎはおかあさんのつけてくれたなまえ、だいすきだよ。うさぎは、うさぎだからいろんな音がきこえるの』


 ドクドク、ドクドク。

 ほらね、おかあさんのおむねの音がする。

 あめの音も、おかあさんの音も、うさぎ、だいすきなんだよ!


  ◇


 その頃、交番内にて――


「あれは、完全に黒だな。言えないのは旦那に脅迫されているからか」

「そこまでわかってるのに、あのまま返しちゃってよかったんですか?」

「痣だけじゃあ証拠不十分だ。警察は動けないよ」

「世知辛いですね」

「それにしても喉に障害を抱えて、うさぎって名前か。これまた皮肉な」

「え? どういう意味ですか?」

「知らないのか? うさぎは天敵に見つからないようにするために声帯が退化してるんだ」


               〈終わり〉

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『水』をテーマにした短編集 星川蓮 @LenShimotsuki

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