蛇足その七完 撃滅

 一七隻の空母と八隻の軽巡、それに四八隻の駆逐艦がすべて沈められてしまったことに動揺を隠せない他の将兵らと違い、戦艦部隊指揮官のリー提督は一切の逡巡を見せずに撃沈された空母部隊の将兵の救助を命じるとともに、それが終われば撤退するという方針を早々に打ち出した。


 第五艦隊の第五群は戦艦六隻に軽巡八隻、それに駆逐艦三二隻を擁する大艦隊ではあったが、それでも一八隻もの空母を持つ日本艦隊の敵ではない。

 それに、第五艦隊の第一群から第四群までの空母部隊をまとめて屠った恐ろしい新型艦上機は遠距離からの攻撃のおかげでほとんどの機体がダメージを受けていないようにリー提督には見えた。

 なにせ、機銃や機関砲はもとより、高角砲でさえも命中が期待できる有効射程圏に入らないうちから大威力の噴進弾を撃ちかけてきたのだ。


 その噴進弾は、まるでそれ自体に目がついているかのように異様な命中率をもって空母部隊の各艦艇を撃破していった。

 リー提督は、あれはおそらくはレーダーを応用した兵器なのだろうと考えている。

 そして、連中は午前だけでなく午後にも自分たちに襲いかかってくるはずだ。

 その前に空母部隊の溺者を可能な限り救助し、そして一目散に逃げる。

 逃走の過程で何隻かは沈められてしまうだろうが、それでも戦うよりは生存の可能性が少しは見いだせるはずだった。




 五四〇機あった流星は現在、四六二機にまで減少していた。

 遠めから桜花を放ったことで被害は僅少だったが、それでも高角砲弾のラッキーパンチによって五機が撃墜され、さらに七三機が即時再使用不可の損害を被ったかあるいは発動機不調等の理由で出撃を見合わせていた。


 四六隻の米戦艦部隊に対して四六二機の流星は容赦しなかった。

 三二隻の駆逐艦に対しては一個小隊、巡洋艦には一個中隊で攻撃を仕掛け、そのほとんどを撃沈するかあるいは浮かぶ廃墟に変えてしまう。

 残る二三八機の流星は六隻の米戦艦に対して次々に桜花を発射する。

 六隻の米戦艦はいずれも三〇発近い桜花を浴びて炎上、洋上の松明と化した。




 すべての敵艦を撃沈した古賀長官は舳先を米艦隊が撃滅された海域へと向ける。

 二年半を超える歳月をかけて再建した米主力艦隊はその戦力を完全にすり潰された。

 一七隻の空母をはじめ、一〇〇隻を超える水上打撃艦艇と一〇〇〇機を超える艦上機、そしてようやくのことで錬成を完了した万単位の将兵を失った。

 一方で、こちらで撃沈された艦は一隻もなく、失われた艦上機も五〇機に満たない。


 「終わったな」


 古賀長官は胸中で安堵の言葉を吐く。

 米国は今後も「エセックス」級正規空母をはじめとして軍艦を何隻も完成させることだろう。

 だが、その軍艦という戦闘機械の能力を十全に引き出せる将兵の多くはこの海戦ですでに失われた。

 いくら人材豊富な米国といえども海軍将兵という専門性を必要とする人的資源の再建にはどんなに急いでも最低で二年、下手をすれば三年はかかる。

 いずれにせよ、米国民がそれまで戦争継続を許すとはとても思えない。

 この戦いで米軍は日本を屈服させるための爪と牙を完全に失ったのだ。


 古賀長官は本土で井上次官とともに終戦工作に奔走している山本海軍大臣に思いを馳せる。

 彼はこの戦いで第一機動艦隊が完全勝利をおさめたら、自身もまた米側との交渉で日本にとってのパーフェクトゲームを成し遂げてみせると笑っていた。

 「日本にとって」ということだから、それは米国に対して相当な譲歩を必要とするるはずだ。

 だが、それでも米国との絶望的な戦争を終わらせることが出来るのであれば、甘んじて受け入れるべきだった。

 古賀長官は米艦隊の溺者救助を命令する。

 これもまた、米国との和平を成し遂げるための戦いの一つでもあった。



 太平洋決戦~あり得たかもしれない戦い~



 (完)



 蛇足(駄文)にお付き合いいただきありがとうございました。

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掃滅艦隊 逆襲の三将星 蒼 飛雲 @souhiun

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