第63話 逆襲の三将星
「ソ連ですな」
古賀連合艦隊司令長官の端的な言葉に山本大臣が小さくうなずく。
前世では瀕死の日本を土壇場で裏切り、その背中を刺した許されざる国。
その国の指導者という名の独裁者であるスターリン書記長はチャーチル首相と結託して米国と日本を戦争に追い込んだ張本人の一人でもある。
すでにルーズベルト大統領は失意の底に沈み、チャーチル首相は文字通り大西洋の海の底に沈んだ。
残るはスターリンただ一人。
日本を地獄に叩き込んだ三人の首魁のうちの最後の男。
「ソ連についてはドイツとも話がついています。
日本が日ソ中立条約を破棄し、準備が整い次第ソ連を攻撃するとね。
ドイツ大使によると、ヒトラー総統はこのことについて非常に喜んでいるそうです」
条約を破棄することに、たいして悪びれた様子もなく、むしろ嬉しそうに山本大臣は言葉を続ける。
「それと、ソ連を撃滅した後は我が大日本帝国は平和国家として邁進するために三国同盟をはじめとした戦争にかかわる一切の条約を破棄するということもドイツに伝えています。
これが、ソ連を叩く前ならドイツもいい顔をしなかったでしょうが、ソ連を潰した後の話であればむしろ彼らにとっても好都合だったのでしょう。これも快諾してもらえました。
欧州から遠く離れた極東の地とはいえ、征服欲を隠そうともしない覇権国家が現れるのはドイツとしてもあまり嬉しくはないでしょうから」
山本大臣の説明に古賀長官が短く相槌を打つ。
「第二次世界大戦後の予防線ですな」
古賀長官の言葉に山本大臣は大きくうなずき、先を続ける。
「古賀さんの言う通りです。
この第二次世界大戦は英国の脱落、そして米国の途中退場に続きソ連の滅亡ですべての戦いを終えます。だが、世界大戦はこれが最後ではない」
「まだ、続きますか」
あまりに衝撃の大きい内容に、古賀長官にしては珍しく話の途中で口を差し挟んでしまう。
「続きます。米国は遅くともあと二年半以内に広島と長崎を破滅へと追いやった新型爆弾、科学者連中が言うところの原子爆弾の開発を完了させるでしょう。残念ながら、今の我が国の技術力と産業規模では同じものを製造することは出来ない。可能なのは米国を除けばあとはドイツくらいのものでしょう。
そして、米国はそのことを何よりも恐れている。
いずれにせよ、米国はどのような手段をとるのかは分かりませんが、必ずドイツに喧嘩をふっかける。米国は独裁国家が大量破壊兵器を保持することを決してよしとはしないからです。
そのことで、何も知らないドイツはその喧嘩を買うことになるでしょう。ドイツは紛れもない覇権国家ですが、米国もまた自由主義を標榜する覇権国家なのです。
彼らが相容れることはありません。日本が三国同盟を破棄するのもこれが理由です。ドイツと米国の世界最終戦争に日本が巻き込まれるわけにはいきませんから」
古賀長官にはどのような手段を用いて米国がドイツを挑発するのか理解できなかったが、それでも政治センスだけは抜群の山本大臣が言うからには、残念ながら真実なのだろう。
あるいは、米国の経済界に大きな影響力を持つユダヤ系米国人が自分の知らないところで何か画策しており、そのことについて山本大臣は何か掴んでいるのかもしれない。
だが、それを古賀長官は問いただすつもりはない。
政治音痴の自分が知ったところで何の役にも立たないことを自覚しているからだ。
この手の話は軍政に長けた目の前の山本大臣かあるいは井上海軍次官あたりに任せておくべきだった。
いささか、空気が重くなりかけたところで、だがしかし宇垣次長が気を利かせて対ソ戦のほうに話題を旋回させる。
「ソ連戦については来年のドイツの春季攻勢に連動して帝国海軍も陸軍とともに仕掛けます。
それまでは、陸軍のほうは英国から続々と送り込まれてくる陸戦兵器の慣熟とともに航空戦力の整備にも力を入れるそうです。特に英国製の四発重爆とさらにモスキートと呼ばれる高速爆撃機がいたく気に入ったようで、こちらも可能な限り数を揃える意向のようです」
一呼吸置き、宇垣次長はこれからが本番ですとばかりに言葉に力を入れる。
「我が帝国陸海軍は本土防衛に残す一部の航空隊を除き、可能な限りの機体を対ソ戦に投入します。その数は、海軍機だけでも約三〇〇〇機。
実際にはもっと多くの機体を用意できるのですが、当面の飛行場の収容能力からこの数となりました。それと、すでに米英からの補給を絶たれ、気息奄々のソ連ではありますが、それでも陸上兵力はいまだ強大です。
ですので、我々は陸の王者であるソ連軍を陸軍航空隊とともに空から叩きます。新しく戦力に加わった英国製の四発重爆に加え、武装と発動機を強化した零戦五二型、それに同じく発動機の強化によって速力と防御力を増した一式艦攻や一式陸攻の新型も投入します。これら航空戦力によって一気にソ連軍を地上ごと焼き払います」
年甲斐もなく、まるで決意表明でもする若手士官かのごとき宇垣次長に山本大臣と古賀長官が苦笑をこぼす。
だが、宇垣次長の気持ちは分かる。
前世における戦争で英国とともに奸計を駆使して日本と米国を戦争に追いやった憎むべき敵国とその指導者。
そして、その戦争の土壇場において、瀕死の日本を裏切りその背中を刺した男を討ち取る機会がついに巡ってきたのだ。
男の名はスターリン。
ルーズベルト、そしてチャーチルとともに決して許してはならない最後の敵。
その仇敵を日本は来年の春にドイツとともに徹底的に叩く。
彼には日本を戦争に巻き込み、そして裏切ったツケを必ず払わせる。
互いの心中にある決意を読み取ったのだろう。
山本大臣が、宇垣次長が、そして古賀長官がうなずきあう。
米国との戦争という敗北必至の運命に逆らい、時代に反逆した三人の将星。
その彼らが最後の敵を討ち取るまで、あとわずかと迫っていた。
(終)
最後までお読みいただきありがとうございました。
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