第56話 餞

 「第一次攻撃隊は迎撃してきた一二〇機程度と思われる敵戦闘機のうちの約八割を撃墜、生き残った機体も母艦を失ったことで海上への不時着水を余儀なくされたものと考えられます。

 次に、第二次攻撃隊のほうは正規空母二隻、護衛空母と思われる小型のものを四隻撃沈。さらに『ネルソン』級戦艦と巡洋艦をそれぞれ二隻ずつ撃沈、駆逐艦三六隻を撃破しました。

 また、零戦で編成された第三次攻撃隊と第四次攻撃隊は合わせて駆逐艦一隻を撃沈、三七隻を撃破しております。それと、撃破した七三隻の駆逐艦のうち少なくないものが大火災、あるいは航行不能に陥っており、これらのうちの何隻かは沈没確実と思われます」


 第一次と第二次、それに第三次と第四次攻撃隊が挙げた戦果を一気呵成に話し終えた航空参謀は息をひとつぎし、さらに報告を進める。


 「敵艦隊攻撃に参加した機体のうち、未帰還は零戦が一七機、一式艦攻が二八機となっております。

 このうち零戦の方は半数以上が敵の対空砲火によるもので、空戦で墜とされたものはさほど多くありません。一式艦攻についてはマーシャル沖海戦の時と違って奮龍隊の被害が大きく、被弾損傷する機体が多数に上っております。

 それと、即時稼働状態にある機体ですが、現在のところ零戦が二八八機、一式艦攻が一三七機となっております」


 航空参謀の報告を受けて古賀連合艦隊司令長官は脳裏で簡単な計算とその分析を開始する。

 攻撃隊の損害がこれまでのマーシャル沖海戦やインド洋海戦よりも大きかったのは、英艦隊がこの二つの戦いを教訓として、その対応策を考えていたからだろう。

 マーシャル沖海戦の時は太平洋艦隊は奮龍の撃墜に躍起になり、母機である一式艦攻にはほとんど目もくれなかった。

 逆にインド洋海戦では東洋艦隊は奮龍にはまったく手を出さず、もっぱら後方にある一式艦攻めがけてその対空砲火を浴びせてきた。

 奮龍を操縦中の一式艦攻は基本的に定速定高度で移動するから、その未来位置めがけて火箭を集中してきたのだ。

 それでもなお、被害が少なくて済んだのは当時の東洋艦隊には旧式艦が多く、そのことで正確で濃密な対空火網を形成できなかったことが大きな要因だった。


 だが今回、英艦隊は優秀な射撃指揮装置と多数の対空火器を用意し、そして奮龍ではなく一式艦攻を狙い撃った。

 このため、一式艦攻は一割以上を失い、即時稼働機は半数以下にまで激減してしまったのだ。

 それと、仕方が無いこととはいえ零戦を爆撃機として使用して少なくない空戦の達人を失ったことも痛かった。

 もちろん、一〇機足らずの零戦の損害と引き換えに英駆逐艦を三八隻も撃沈破したのだから収支に見合った大戦果と言って差し支えない。

 単純な将兵のキルレシオで言えば圧倒的だろう。

 それでも戦闘機による爆撃については今後に向けて一考を要する。

 だが、今はそのようなことよりも眼前で展開する現実に対処するほうが先だった。


 「英残存艦隊の戦力とその動きは分かるか」


 「英艦隊は三つあった戦艦部隊を一つにまとめ、こちらに向けて進撃を開始したとのことです。

 前衛に七隻の駆逐艦が横並びに展開、左右に駆逐艦と巡洋艦がそれぞれ六隻、中央には戦艦三隻と巡洋艦六隻の合わせて三つの単縦陣を形成しているとのことです。

 これは複数の一式艦偵からの報告ですので、まず間違いないでしょう」


 古賀長官の質問に航空参謀が淀みなく答える。

 残存艦隊とは言っているが、戦艦が三隻に巡洋艦が一八隻、それに駆逐艦が一九隻の合わせて四〇隻。

 大戦力だ。

 万一、この英艦隊に捕捉されるようなことがあれば、いかに強力な水上打撃艦艇を持つ第一機動艦隊といえども無事では済まない。


 一方で古賀長官は思う。

 彼我の状況が手にとるように分かることがこれほどまでに心に余裕をもたらしてくれるものなのかと。

 敵がいないと思い込んで油断することも、またいないはずの敵に怯えることも無い。

 前世の帝国海軍は情報と索敵を軽視し、そのことで大きく判断を誤ることを繰り返してきた。

 ミッドウェー海戦などはその典型だ。

 そのことで失われた艦艇や将兵の命は数え切れない。

 現在でも一機艦の一式艦偵は多すぎるから、そのうちの半数を一式艦攻に切り替えて攻撃力を増やすべきだと言ってくる参謀もいるがとんでもない。

 敵を知り己を知れば百戦殆うからずという言葉は完全な真実では無いにしても限りなく真理には近いのだ。

 そして、貴重な情報をもたらしてくれる一式艦偵もまた、これまでの戦いで少なくない犠牲を出している。

 自分が得た情報は実のところは将兵が流した血の代価のようなものだ。

 だからこそ、わずかであっても無駄には出来ない。


 「ただちに稼働全機をもって英残存艦隊を攻撃する。

 一式艦攻はすべて奮龍を装備、目標は巡洋艦ならびに駆逐艦だ。戦艦への攻撃は厳禁とする。

 零戦は各空母ともに直掩に一個小隊を残し、あとは残らず攻撃に出す。すべての機体に二五番を装備させろ。こちらは一式艦攻の攻撃終了後に小隊単位で緩降下爆撃を行う。奮龍を食らって動きの鈍った巡洋艦や駆逐艦にとどめを刺せ。

 それと、要修理機は損傷が軽いものから手をつけろ。損害の大きい機体は放置しておいて構わん」


 命令を復唱し、持ち場に戻る航空参謀の背を見やりつつ古賀長官は作戦参謀に向き直る。


 「『大和』と『武蔵』、それに『信濃』を英残存艦隊攻撃に向かわせる。一航艦からは『熊野』と『鈴谷』とそれに一個駆逐隊、二航艦からは一個駆逐隊を抽出してそれら三隻の護衛にあたらせろ。

 伝統ある王室海軍最後の戦いは戦艦同士の殴り合いで終わらせてやりたい。恋愛と戦争では手段を選ばないと言われる英国人を相手に甘いと言われるかもしれんがな。

 まあ、これも弟子からの師匠に対するせめてもの餞だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る