第54話 機動部隊の肝

 三群からなる英空母部隊のうち、中央の部隊を叩くことになった「赤城」と「加賀」、それに「神龍」の一〇八機の一式艦攻はマーシャル沖海戦のときと同様に各空母の第一中隊の奮龍による攻撃で始まった。


 「『加賀』と『神龍』隊は駆逐艦、『赤城』第二小隊と第三小隊は空母を目標とせよ。『赤城』第一小隊一、二番機は左翼の巡洋艦、三、四番機は右翼の巡洋艦を狙え」


 端的に目標を指示し終えた第二次攻撃隊総指揮官の淵田中佐は「加賀」ならびに「神龍」第一中隊の攻撃を見守る。

 二機の一式艦攻がペアとなり一隻の駆逐艦を狙う。

 そして、それらの攻撃が終わり次第「赤城」第一中隊が輪形陣の内側にいる空母と巡洋艦を攻撃する。

 「加賀」第一中隊と「神龍」第一中隊が散開、先に「加賀」隊が攻撃を開始する。

 「加賀」隊の攻撃が終わると同時に今度は「神龍」隊が奮龍を発射する。

 マーシャル沖海戦やインド洋海戦といった修羅場を何度もくぐってきた「加賀」隊と「神龍」隊はいずれも手慣れたものだった。

 両隊に狙われた輪形陣の外郭を守る一二隻の駆逐艦は最低でも一発、多くの艦が二発を被弾して盛大に煙を吐き出している。


 「次は自分たちの番だ」


 淵田中佐の一番機ならびに僚機の二番機は目標とした巡洋艦の側面に回り込む。

 駆逐艦を撃破されたことで艦隊全体としての対空砲火は大幅に衰えたが、それでも無傷の巡洋艦から吐き出される火箭はそれなりに脅威を感じずにはいられない。

 それに敵も学習しているのだろう。

 奮龍を狙わずに母機である一式艦攻にその銃口を向けてくる。

 だが、そのような状況の中でも淵田中佐は落ち着いて奮龍の操縦に専念する。

 米艦の対空砲火に比べれば、英艦のそれはたいしたことはないのだと念じながら。

 そう思う間に、奮龍が敵の巡洋艦に吸い込まれる。

 さらにもう一発。

 一拍置いて二つの爆煙が上がる。

 どうやら二番機も命中させたようだ。


 自身の攻撃が成功すると同時に淵田中佐は戦域全体を俯瞰、搭乗員から指揮官へとその意識を変える。

 その目に、期待していた通りの光景が飛び込んでくる。

 英空母もまた、巡洋艦や駆逐艦と同様、盛大に煙を噴き上げていた。

 巡洋艦や駆逐艦が二機がかりで攻撃されたのに対し、空母は倍の四機から狙われている。

 二隻の空母はそのいずれもが三乃至四発の奮龍を食らったはずだ。

 五〇〇キロの炸薬を持つ一トンの塊を三つも四つも同時に突き込まれては英空母もたまったものではないだろう。

 そう考える淵田中佐の目に海面を這うように飛ぶ友軍機の姿が映る。

 七二機の一式艦攻が突撃を開始したのだ。




 すでに目標の割り振りは終わっていた。

 「赤城」隊が前方の、「加賀」隊が後方の空母を攻撃する。

 そして、「神鶴」第二中隊は左翼の巡洋艦、第三中隊は右翼の巡洋艦を叩く。

 雷撃隊を指揮する村田少佐は自身が直率する「赤城」第二中隊を敵空母の左舷前方へと誘う。

 反対舷からは「赤城」第三中隊の一二機が自分たちと同じように敵空母へ向けて肉薄しているはずだ。

 目標とした空母からの反撃の火箭はほとんど飛んでこない。

 先の奮龍の攻撃によって舷側の対空火器の多くが潰されたのだろう。

 あるいは対空火器は無事だが、人間のほうが爆風や破片によってやられてしまったのかもしれない。


 村田少佐にとって雷撃はマーシャル沖海戦とインド洋海戦に続いて三度目だ。

 いずれも奮龍隊による事前攻撃と一式艦攻が持つ単発機としては類稀な防御力のおかげで魚雷を命中させたうえで生還することが出来ている。

 戦前は防弾装甲を臆病者の装備と言って嘲笑していた者もいたが、今はそのようなことを言う者は誰もいなくなった。

 奮龍を食らって大きく対空砲火を減殺されたのにもかかわらず、雷装一式艦攻のなかで被弾する機体が相次いだからだ。


 一方で、それらの多くは搭乗員を守る防弾装甲、あるいは防漏タンクや自動消火装置などといった防弾装備のおかげで生還することに成功していた。

 搭乗員の中には無理を言って敵弾を食い止めた防弾装甲の一部を切り取ってもらい、それをお守りにしている者さえいると聞く。

 それもこれも航空本部長だった頃の、今では海軍省のトップとなった山本大臣の指導による賜物だ。

 何よりもまずは搭乗員を守ることを優先し、さらに攻撃に際しても可能な限りリスクを減らすための算段に心を砕いた。

 奮龍もまたその一つだ。

 搭乗員の間で急降下爆撃や肉薄雷撃こそ男の誉、男の花道と言われていたときに敢然とそれを否定し、腰の引けた兵器と揶揄されながらも奮龍の開発を促進した。

 そして、その効果の大きさはマーシャル沖海戦やインド洋海戦で実証されている。


 戦闘機にしてもそうだ。

 日本の空母は「赤城」と「加賀」を除き、そのいずれもが攻撃機よりも戦闘機のほうが搭載機数が多い。

 「翔鶴」型に至っては一式艦攻が三六機なのに対して零戦は六〇機もある。

 村田少佐は最初にこのことを知った時、攻撃機と戦闘機の数を逆にすべきではないかと思った。

 あまりにも戦闘機偏重がすぎる。


 だが、そうではなかった。

 マーシャル沖海戦では大量の零戦があったからこそ、事前の戦闘機掃討と手厚い護衛のおかげで自分たちは米戦闘機からの襲撃を一切気にすること無く敵艦攻撃に専念できた。

 また、母艦側も多数の直掩機を用意していたからこそ二〇〇機をゆうに超えたという米攻撃隊を撃退することが出来た。

 もし、零戦を減らして一式艦攻を増やしていれば、逆に米攻撃隊から母艦を完全に守ることはかなわず何隻かは沈められていたことだろう。

 山本大臣ははじめから分かっていたのだ。

 空母機動部隊の肝は攻撃機ではなくむしろ戦闘機であることを。


 そして、自分は彼の知見によってここまで無事に生き延びることが出来ている。

 まるで空母同士の戦いがどういったものであるのかをあらかじめ知っているかのような山本大臣の先見の明によって。

 その山本大臣の恩に報いる方法はただ一つだけだ。

 村田少佐は真っ直ぐに前方の空母を見据えた。

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